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序章②

「ただいま帰りました。」


 その声が聞こえるや否や、ものすごいき勢いで父が飛んできた。まるで放たれた弓のようである。直撃してしまえば怪我は免れないだろうが、リュカにいさまがひょいと私を抱き寄せたおかげで難を逃れることができた。気を落ち着けるために、ふう、と一息ついてから父に改めて向き合う。


「ご心配をおかけいたしました。」

「本当に本当に!心配したんだぞ!どこに出かけていたんだい。父様に教えておくれ。」

「なんか木の上にいる猫を助けようとしたんだってサ。降りられなくなっちまったらしくて、俺がお助けいたしました。」

「ああ、リュカくん!ありがとう!君は娘の恩人だ…!賢者様のご家族はやはり清らかな心をお持ちなのだね…!」

「…賢者、は、関係ないと思いますケド。見つかってよかったです。ユーゴも心配していたので。」


 ユーゴ、というのはリュカにいさまの弟のことである。病弱なユーゴは、あまり表には出てこない。私と同じ、深窓のなんとやらだ。どうやら今回の不在についてもお話が伝わっていたらしい。


「ユーゴにも、心配かけてしまったわね…。」

「平気平気。ちゃんと俺が見つけたって言っとくからサ。それより、この気温でずっと木の上にいたんだ。疲れてるだろうし、今日はちゃんと休めな。」

「はい、もちろんです。」


 最後にもう一度くしゃりと髪をかき混ぜて、そのまま外へと歩を向ける。ふと気になって袖を掴むと、彼はひどく驚いたようにこちらを見つめ返した。


「アンジュ?」

「あ、あの、ええと。」


 私の言いたいことがわからないのだろう。目線を合わせるように彼がしゃがみこむ。くるりと光るエメラルドに導かれて頬に触れた。


「リュカおにいさまも、私を探すのに、きっと冷えてしまったでしょうから。その、ゆっくり、お休み、くださいね。」


 ぱちぱち。翡翠の色が瞬いて、次の瞬間にはどろりと溶けた。ハチミツみたいに甘くて崩れそうな笑み。言葉よりもずっと雄弁に喜びを語る表情に、とくりと胸が跳ね上がる。嗚呼、これが。これが、何年か先、女性に囲まれて軽薄を装う彼が無意識に扱う魅了の力か。ぶわりと頬が熱をもった気がして、そのままぱっと手を離す。


「また、また明日、明日こそは、リュカにいさまに勝ちにいきますので。だから、えっと、」

「はいはい。ちゃんとか温かくして寝ますって。アンジュも、毛布蹴飛ばさずに寝るんだぞ。」

「蹴飛ばしません!そんな子供じゃないですもの!」

「どうだかなァ。…また明日な、アンジュ。」


 ひらりと手を振って、今度こそ彼は帰って行った。

 明日、明日!毎日彼に会えることに喜んでいるのは、自分なのだろうか。それとも前世の彼女だろうか。きっとそんなことはどうだってよくて、とにかく、私たちは彼が大好きだ。必要なのは、きっとそれだけなのだろう。彼が死んでしまうのが嫌なのは、どちらの自分も同じこと。なんとかしてあげたいけれど、経験もサイズも何一つ足りない現在の自分にはどうしようもない。とにかく今は、ゆっくり休んで、明日また彼に会うのに備えよう。そんなことを考えながら、抱きつく父を引き剥がすのだ。








 まあ、そんな明日なんてもの、来やしないんだけど。

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