女装
翌週の文化祭に向けて、学内はなんとなく浮き足だっている。
奈緒は文化祭に向けて管弦楽サークルも練習やら移動やらで忙しい。
出店を出していいエリアになっている中庭を通りかかったとき、見たことのある賑やかな一団がいた。
「おかえりなさいませ、ご主人様ぁ〜」
「っぽい!可愛い!!」
「きゃははは!!似合うー!!」
メイド服を着た1人がノリノリで、メイド喫茶らしいセリフとハートを作ったポーズなどを取っては、笑いが起きている。
楽しそうだなと思って通り過ぎようとしたら、そのメイドさんと目が合った。
メイド服で、金髪のウィッグを被っている。けど。
あれ、どこかで。
「うわっ」
目が合った瞬間、そのメイドさんはクルッと後ろを向いてしまった。
「茅くん!?」
「あー奈緒、おつかれー」
奈緒が思わず名前を呼ぶと、輪の中にいた雅美が奈緒に気づいた。
「今、茅がメイドのカッコしてんのー。」
後ろを向いた茅の肩をガッチリ掴んで、奈緒の方へ向き直らせる。
「うちらでバッチリメイクしてみたんだー。どうどう?可愛くない?」
楽しそうな雅美と正反対な、すごく嫌そうな顔をしている茅。
相変わらず仲良しだ。
「ねぇねぇ、メイドさん、さっきまで超ノリノリだったのにどうしたのかなー?」
「はっ!?おま、後で覚えてろよ!?」
ほっぺをツンツンとつつく雅美の腕を、茅は思いっきり突っぱねる。
「あわわ、ご、ごめん部外者が声かけて…」
「ああ!待って奈緒ちゃん!違うから!奈緒ちゃんは悪くないから!!」
元々短くはないまつ毛がさらに長くなっていて、目はよりクリクリに、頬はほんのり赤く、唇はぽってり愛らしい。
「か、かわいい…」
近付いてきた茅を見上げていたら、思わず感想がこぼれてしまった。
「ああああ!ほらぁ!」
ガバッとしゃがみ込んで、頭を抱える茅。
近くにいるサークルのメンバーたちは、止めるどころかどこか楽しそうに眺めている。
「あわわ、大丈夫だよ!メイドさん顔負けで本当に可愛いもん。女の子みたい!」
奈緒は慌ててフォローした。フォローになっているのかはわからないが。
「…それ、全然大丈夫じゃねぇ…」
「え?なに?」
しばらくしゃがみ込んでいた茅は、ゆっくり息を吐き出すと、立ち上がって奈緒に聞いた。
「……褒めて、る?それ」
「褒めてる!褒めてるよ!」
「……なら、いい……」
凹んでいても、やはり女の子顔負けで可愛い。
そうか、男の子に可愛いは褒め言葉じゃないのか。何処かで聞いたことがある。
「何やるの?メイドさんだから、喫茶店とか?」
「ただの屋台だよ。焼きそばとわたあめ。これは代々引き継がれてる呼び込み用の衣装」
「そうなんだ、買いにくるね。」
奈緒が言うと、茅は複雑そうに頷いた。
「奈緒ちゃんのサークルは?」
「わたし?」
「発表か何かやる?」
「うん、管弦楽サークルでステージ発表するよ。」
「行きたいから、時間、教えて。店番の時間ズラしてもらうから」
「来てくれるの?」
「約束、したじゃん」
「覚えててくれたの!?」
「もちろん覚えてるよ。奈緒ちゃんが話してくれたことはなんでも」
「え?」
「茅ごめーん!こっちなんだけどさあ」
茅がサークルのメンバーに呼ばれて、振り返る。
学祭の準備、やることはたくさんあるのだろう。
「ごめんね、声かけちゃって」
「いや…奈緒ちゃん、また明日、授業で。」
「うん、また明日ね」
ひらひら手を振って、背を向ける茅。
明日は一緒に授業を受ける水曜日だ。
茅は約束の通り、管弦楽サークルの発表を見にきてくれたし、奈緒もメイド姿で客引きをしていた茅からわたあめと焼きそばを買った。
おまけにメイドさんと一緒に写真も撮らせてくれた。
後から雅美が、茅がしばらく落ち込んでいたことを教えてくれた。
可愛かったのに。