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名前

クラスのまとめ役をやっている雅美はもちろんクラス会も取り仕切っている訳で、つまり奈緒の意思に関係なく強制参加なのだ。


お酒が得意ではない上、独特の陽気な雰囲気も普段話さない人との会話も苦手。憂鬱以外の何物でもない。


「なおなおー。飲んでる?」


こんな風に声をかけられることもある。

お手洗いに立った友達の席に、和也がドンと座った。

背が高くて筋肉質な和也は座っていても笑っていても凄い威圧感。無造作にとかしてある少し長めの髪も、さりげなく散りばめられているアクセサリーも気崩した服装も、おしゃれに見えるのだろうけど、奈緒の警戒心を煽る。


「な、なおなお…?」

「かわいーあだ名だと思ったんだけど気に入らなかった?」

「いえ…」


問題なのはあだ名ではなく呼んでいる人なのだがそれを口にできるはずもなく、奈緒は苦笑いを返して氷しか入っていないグラスを両手で包むように握った。


「もうグラス空じゃん」


はい、とメニューを見せられる。

目の前の男から逃げたいと思ったところで雅美は遠くの席にいるし、先ほどまで一緒だった友達もどこか別の輪に加わってしまったようで、席を立つには少々不自然なタイミングだ。


「何飲む?」

「…オレンジジュース、かな」

「飲まないの?」

「あの、雅美、連れて帰らなきゃいけない、し」


雅美は輪の中心で楽しそうに飲んでいる。そんなに強くないのにあれだけ飲んでいたら、帰る頃にはフラフラだろう。

雅美の方を見ている和也の横顔をチラリと見上げる。それでも、いいから飲め、とでも言われるのだろうか。そしたら逆らわずに頼んで飲むフリをしよう。もしそれでも飲めと言われたら、


「すみません。オレンジジュースお願いします。あとハイボール」


と、そこまで考えたところで、和也はさっさと店員に注文していた。


「あれ、オレンジでいいんだよね?やっぱり酒飲みたくなった?」


驚きが顔にでてしまったらしい。和也が気遣ってくれて奈緒は慌てて首を振った。


「そう?他の飲みたくなったら追加で頼んで。飲み放題だし」

「う、うん…」

「雅美、あれだけ飲んでたら潰れるだろうな。サークルでもいつもああだよ。懲りない奴」


クスリと笑った和也を見て、雅美と茅と共にスポーツサークルに入っていたことを思い出した。

雅美ともよく話しているし、そういえば茅ともよくつるんでいる。

…ということは、そんなに悪い人じゃあない筈だ。そう自分に言い聞かせて、奈緒は逃げるタイミングを見つけられるまでの少しの間和也と話をする決心をした。


「えっと、サークルって、雅美とも一緒の、だよね?」

「そうそう。茅も一緒」

「八島くんと、仲良しなんだね」

「そぉ、結構気は合うね。たまたま最初に喋っただけだったんだけどたまたまスポーツサークル見学に行ったらそこでも会って」

「そうなんだ」

「アイツ運動神経いいし盛り上げ役なんだよね。面白いしいい奴だよ」


盛り上げ役、のイメージはあんまりなかった。

いつもゆっくり話聞いてくれているから。

言われてみれば、今も輪の中心でいじられている。


奈緒は運ばれて来たオレンジジュースを一口飲んだ。


「その茅がさぁ、なおなおの話ばっかりするからちょっと喋ってみたくて」

「えっ、八島くん、なんて!?」

「オレが言ったって内緒な?」

「うん!」

「可愛くてめちゃくちゃいい子って褒めまくってる」

「ななな!?」


想定外のことに頬が赤くなって頬を押さえる。

まさか、茅にそんな褒めてもらえるとは夢にも思わなかった。


「…あーあ、タイムリミットかな」


終始楽しそうだった和也は、残念そうに呟いた。


「和也くん?」

「オイコラ奈緒ちゃん」


和也に質問しようとしたのを頭上から遮られた。


「おれは未だに苗字なのに、コイツはいきなり名前呼びなの?」


振り返ると、奈緒の隣の席に不機嫌そうな茅が座るところだった。


「やだぁオトコの嫉妬は醜いわよ茅クン」

「気持ち悪い声出すな」


和也がすかさず裏声で茶化すのを、茅が睨み付ける。

2人に挟まれた奈緒は止められもせず、どうしていいかわからずにあわあわした。


「奈緒ちゃん、コイツ女たらしだからマジで気をつけてね!」

「ハイハイ。邪魔者は退散しますよー。なおなおが1人さみしそうにしてたから話しに来ただけだって。好奇心はあれども下心はありませーん」


邪険に扱った自分を反省した。

みんな楽しく飲んでる中1人ぽつんとしていたら気になってしまうというものだ。


でも、好奇心?なんの?奈緒に?


からかうような口ぶりなのに、それは奈緒に対してではなく、茅に対してのようだ。


「なおなおって何だよ」

「あだ名。かわいーだろ。お前も真似していいぜ」


立ち上がりながらニヤリと楽し気に笑った和也に、茅は苦虫を噛み潰したような顔をした。

それに満足したのか、和也はグラスを持って立ち上がる。


「なおなお、茅に何かされたらいつでも言えよー?相談乗るからな」

「あ、和也くん…!」


そう言い残してまた輪の中に戻って行った。

隣でいつになく不機嫌顔の茅の様子を伺いつつ、ワガママなのは百も承知で、今度はこのタイミングでいなくなった和也を恨んだ。

何と声をかければいいのだろう。それとも茅の気が済むまで黙っていた方がいいのだろうか。

もしかしたら、茅は怒り上戸なのかもしれない。お酒を飲んだときだけ性格変わる人もいると聞くし。


「……奈緒ちゃん」

「なっなんでしょうか!!」


声が裏返ったが茅は気にせず続ける。


「何で和也は名前なの」

「え、や、あの、…みんなそう呼ぶから、です…」


雅美も茅も和也のことを和也と呼んでいるため、特に何の疑問も持たずに呼んだだけだった。

咄嗟に名字が出てこなかった、というのもある。


「おれも名前で呼ばれてるけど?」


隣で腕を組んで怒りを抑えるかのようにゆっくり息を吐き出す茅は、気のせいだろうか、少し拗ねているようにも見える。


「……茅、くん、って呼んでも…いいですか…?」


これで機嫌が直るとも思えなかったが、それ以外何も思いつかなかった。


「ん…じゃあそれで許す。」


予想に反して、茅はそれで満足そうに頬を緩めた。


頬が少し赤いのは、お酒のせい?


「あ、言っとくけど、来週になったら戻るとかナシな?」

「う、うん…」


先ほどとは打って変わって上機嫌になった茅に戸惑いながらも、名前で呼ぶことを許してもらえたことに、奈緒も胸のあたりが温かくなった。




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