友達
そうこうしているうちに、茅とは頻繁に話をするようになった。
水曜日の授業の前後も、それ以外の授業で顔を合わせたときでも。
茅と話すのは楽しかった。
水曜日の授業が少し、楽しみになるくらい。
奈緒が勝手に苦手意識を持っていただけで、女友達とそんなに変わらないのかもしれない。
◇◆◇
水曜日の授業の後、奈緒は曲がり角で前で足を止める。
「あの、わたし、ドーナツ屋さん寄って帰るから」
「ドーナツ?」
「ポイント貯めてもらえるお弁当箱が欲しくて」
「お弁当箱かぁ。久しぶりにドーナツ食べたくなってきた。おれも行っていい?」
「う、うん」
という経緯で、いつもは買って帰って雅美と夕食後のデザートにするのだが、今回は持ち帰る分の他にイートインスペースで食べる分も頼んだ。
「ドーナツ屋さんでドーナツ食べないんだね、奈緒ちゃん」
そう言う茅も、トレイにはドーナツと紅茶と奈緒が勧めたゼリーが乗っている。
ポイントは全部くれた。
「美味しいんだよ、ゼリーも」
「好きなの?ゼリー」
「うん。ゼリーもだけど、桃が好き。たまに桃の缶詰買って食べてるの」
「そのまま食べるの?」
「そのこともあるし、ゼリーにしたりヨーグルトに入れたり、ジャムにしても美味しいよ」
「へぇ桃ジャムかぁ。食べたことないな。あ、ゼリー美味い」
もぐもぐと奈緒とお揃いの桃ゼリーを食べた。
授業や一緒に帰るときは横並びだから、こうやって真っ正面から見るのは珍しい気がした。
少し明るめに染めた茶髪は柔らかそうで、ピアスもいくつか空いている。
目が大きめだから、かっこいいより可愛い印象がある。
観察していたら、ぱちっと茅と目が合った。
「どうしたの?なんかついてる?」
「わわわ、あと少しでお弁当箱もらえるんだ。色どれも可愛いから迷ってるんだ」
「そうなんだ、どういうのもらえるの?」
「ええっとね、こういうの」
「可愛いね。何色で迷ってるの?」
スマホで景品の一覧を見せると、何色が可愛いかという話になった。
いろいろ話していると、店内に入ってきた男の人が声をかけてきた。
「茅じゃん。」
「おー、お疲れ」
「彼女いないって言ってなかった?」
「彼女じゃないよ、残念ながら」
見ず知らずの男の人に興味深そうに向けられる視線が気まずくて奈緒は俯いた。
雅美なら、にっこりと笑って挨拶をするかどころかさらっと友達になってしまうと思うと、奈穂の中の劣等感が膨らむ。
「同じクラスの友達。」
友達、という単語に驚いて顔を上げる。茅はいつもと変わらない。
少し喋って去って行くその人に手を振り、向き直った茅と目が合う。
「どうかした?」
あまりにじっくり見つめていたらしく、どうかしたのと困ったように問いかけられて慌てて、奈緒は何も取り繕わずに答えてしまった。
「わたし、男友達ってできたの初めて」
茅は鳩が豆鉄砲食らったような複雑そうな表情をした。
「……今まで、おれのこと友達だと思ってくれてなかったの?」
そして、項垂れてそう、言葉を絞り出した。
「…脈なしじゃねぇか…」
「え?なんて?」
「いや…」
はあ、とゆーっくり息を吐き出して、顔を上げた茅は言う。
「おれも。奈緒ちゃんとこんな仲良くなれると思わなかったから、嬉しい」
言葉に反して、茅が少し寂しそうに目を細めたその意味は。
「う、うん」
改めて言葉にすると照れる。奈緒は頬が赤くなるのを感じた。
茅と一緒にいるのは心地よかった。
雅美の友達だから仲良くしてくれているんだとしても。
胸の辺りに感じた違和感には、気付かないふりをした。