義理
「んんん!?」
チョコが口の中にあって、奈緒は口を押さえた。
味わえもせずに、お茶でチョコを飲み込む。
「ちょ、大丈夫?」
駆け寄って背中を撫でてくれる茅に、奈緒はコクコクと頷いた。
「奈緒ちゃん。どうしたの、こんなところで」
「……茅くんこそ」
「おれはサークル終わりで。…誰か待ち?」
ストンと隣に座った。
「いや…」
待っているといえば待っているが、茅にあげるつもりだったチョコはラッピングも開けて、2つ食べてしまった。残り1つ。
あと3分早ければ!と思ったところで、覆水盆に返らずだ。
「えええっと。…チョコ、食べる?」
苦肉の策で口から出たのはそれだった。
「いいの!?」
「あっ」
「いただきます」
茅はヒョイと最後の1つをつまんで、チョコを口に放り込んだ。
ゆっくり噛んで飲み込むまで、ヒヤヒヤしながら茅の横顔を見つめた。
「美味しい」
にこりと、満面の笑みを向けてくれて、ほっと胸を撫で下ろした。
「これ、手作り?」
「う、うん」
「奈緒ちゃんが作ったの?」
「うん」
「ありがとう、めちゃくちゃ美味しい」
この、とろけるような優しい顔を見たのは、すごく久しぶりかもしれない。
その笑顔がを見るだけで、胸の辺りが温かくなる。
伝えたいなと、思った。
茅が、奈緒をどう思っていても。
「あの、これ…」
のに。
「あはは、義理だって言うんでしょ。ずっと友達でいて欲しいんでしょ。わかってるよー」
からっと笑って、茅は立ち上がって、奈緒を見下ろした。
「帰ろっか」
どうでも、いいんだろうか。
そんなふうに笑って、義理でしょって言えるくらい。
「…奈緒ちゃん?」
不思議そうに屈んで、奈緒の顔を覗き込む茅。
嫌だった。
もう、何となくよそよそしいのも、茅が誰かといるのを見てヤキモキするのも。
「茅くん」
茅のコートの袖を、きゅっと握った。
「え」
ビクリと震えて、でも、拒否はされなかった。
ゆっくり息を吸って。
「チョコ、ほんめい、だから」
「………へ?」
奈緒が絞り出すように言うと、間の抜けた声が落ちてきた。
顔を上げると、呆然と奈緒を見る瞳と目が合った。
「ぎ、ギリ、じゃなくて…あの」
「………は!?」
ぱっと奈緒が袖を掴んでいた方の手を引いて、顔を真っ赤にした茅は奈緒に背を向けてしゃがみ込んだ。
「…え?待って!は?…なんて?夢?」
顔を両手で覆って、ブツブツ言っている。耳まで赤い。
こんなこと、前にもあったなと、奈緒な茅の後ろ姿を見て思った。
前は、メイドさんのカッコだったっけ。
「ゆ、夢だったら困る」
奈緒は、茅の前に回ってしゃがむ。
見上げた茅は、真っ赤な顔を少し上げて、困ったような顔をした。
「茅くんが好きだよ」
奈緒がそう言うと、
「え?だって、待って…え?」
うるっと瞳が少し潤んだ。
「茅くん、あの…」
「み、みないで…カッコわる…」
茅は右手で奈緒の目を隠す。
それがおかしくて、奈緒は思わずふふふと笑ってしまった。
そういうところも、愛おしい。