電話
持ってきてしまった。
透明の袋に入れて、ピンクのリボンで可愛くラッピングした、それを。
休み時間には、そこかしこで友達とお菓子の交換会が開催されていた。
ちなみに、雅美は「ホワイトデーにお返しするわー」と、チョコはもらう側に徹していた。
それでもたくさんもらっていた。
男友達からももらったりしていて、もしかしたらどれかは本命のがあったりしてーと、観察する。
気を紛らわせるために。
勢いでラッピングしたものの、いつ渡そうか、ずっとそわそわしているのである。
声をかけにいく?
メッセージ送って授業終わったあとに時間もらう?
ぐるぐる考え込んでいる間に、時間はどんどん進んでいく。
◇◆◇
「ど、どうしよ…」
雅美にどうするのと突かれて、悩んでいるうちに、授業が終わった管弦楽サークルの子たちが奈緒のクラスにいる友達のところにきて、チョコ交換して、そのまま管弦楽サークルの活動に引っ張られて行くことになり。
管弦楽サークルでもひとしきりバレンタインを楽しんだところでサークル活動が始まり。
声をかけにいくどころか、メッセージも送れず、サークル活動が終わってとっぷりくれた空にため息を吐いた。
「はあぁ…」
校舎脇にあるベンチに座って、奈緒はため息を吐いた。
昔からそうだ。
思ったことを口に出さないから、こういうことになる。
チャラランとスマホが鳴って、奈緒は慌てて電話に出た。
「もしもーし!奈緒ー」
「は、隼人くん?」
電話越しに聞こえた声に、奈緒は安堵した。
「うん。チョコ届いたよ、ありがとう。兄貴にも渡した」
「それでわざわざ電話くれたの?ありがとう。」
隼人が電話くれるのなんて、珍しいから驚いた。
気分が紛れてありがたい。
「来年は近くにいるんだし、手作りのちょうだいね。」
「あはは、そうだねぇ」
隼人と、隼人の兄、奈緒の父親には、チョコを送った。宅急便なので、手作りではなく既製品を選んで。
「でー?茅さんにはチョコあげたの?」
「えええ」
前言撤回。
気分が紛れるどころか、渡してない事実を思い出しただけになった。
「な、なんで、茅くん…」
「本命チョコかなと思って」
「ほほほ、ほん…」
「違った?」
「まっ、また雅美に聞いたの!?」
「ははは、いい反応」
慌てふためく奈緒の声を聞いて、隼人はカラカラ笑う。
その余裕が恨めしい。
「今回は僕の勘、かな。」
「なんで…」
「奈緒見てたらわかるって。何年の付き合いだと思ってるの」
はあーーと電話越しに聞こえるくらい、隼人は大袈裟にため息を吐く。
「…初詣、ちょっと意地悪しすぎたかなって」
「え?」
「家に帰ってから、奈緒沈んでたからさ」
初詣の帰り、茅とそれ以上話すことはなく、感情がぐちゃぐちゃなまま、隼人と雅美と一緒に帰った。
2人のやりとりを聞きながら、いつも以上に口数少なに、部屋の前で別れた。
「邪魔したかったけど、あんな顔させたかったわけじゃなかったのにって、1ヶ月ずっと考えてた。」
「邪魔…って?何が?なんで?」
「……今はそれはいいんだよ」
隼人のこの言い方は、これ以上聞いても話してはくれないだろう。
「その感じだと、まだ渡してないね?用意はしてるんでしょう?」
「ううう…」
「もう、さっさと渡しにいきなよ」
「でもだって、今さら…」
「えーバレンタインはまだ終わってないよ。時間あるじゃん」
ぐっと押し黙る奈緒。
隼人が、少し笑った。
「…ねぇ奈緒。僕さぁ、寂しいけどちょっと安心したんだよ」
ぽつりと、呟く。
あまり聞かない、小さい声で。
「奈緒が、ちゃんと恋愛してそうで」
隼人は、どんな顔をしているんだろう。
ここ最近は、しっかりして奈緒とどちらが年上かわからないくらいだったのに。
「じゃあね、奈緒。頑張って。」
何故か電話越しに、泣きそうになりながら奈緒の後をついてきた小さい隼人が思い浮かんだ。
通話の切れたスマホを見る。
ピンクのリボンをかけた、トリュフを見る。
そして、茅の連絡先を開く。
そうは言っても。
「……残ってるから、気になるんだよね。」
今日は諦めよう。
あげるつもりだったチョコは、食べて、なかったことにして、忘れてしまおう。
ガサガサとラッピングをあける。
一番綺麗にできたのを入れてきたのに、渡してあげられなくてごめんねと心の中で謝って、ゆっくり口の中で溶けていくチョコを味わう。
うーん、美味しくできたと思うんだけど。
ぱくっと2粒目を口に入れたところで、
「あっ」
思い浮かべていた人物と目が合った。