牽制
屋台を練り歩き、みんなで買ったものを分けながら食べた。
雅美に一言伝えてお手洗いに行き、そこを出たところで、紺野が立っていた。
とても気まずい。
待っていたのか、紺野は奈緒を見ると、奈緒の方に歩いてきた。
「あの」
紺野は奈緒の前で立ち止まる。
「どういうつもり、なんですか」
「どう…って…?」
この前と、同じ言葉。
猫のような瞳が奈緒を見下ろす。
「茅さんの気持ち知ってるんですよね?応えも振りもしないで…」
ひゅっと、胸のあたりが冷たくなった。
それは、奈緒も思っていたことだったから。
「それに今日だって、雅美さんの弟くんとわざわざ茅さんの前で仲を見せつけることないじゃないですか…」
「へ」
「茅さんが、どんな顔していたと思って」
そんなつもりは全くなかったのだが、隼人との関係性を知らない人からするとそう見えるのか。
「私が言える立場じゃないの、わかってるけど」
つり目がちな目が、揺らぐ。
「ずるいです…」
言葉とともに、ポロリと一粒涙が落ちた。
とても悔しそうに。
奈緒は、何も言えなかった。
「…こんなことっ、あなたに言ってても仕方ないの、わかってるのよ」
ハンカチでその涙を拭きながら、紺野は顔を上げた。
「茅さんに告白します。ちゃんと」
猫の目が奈緒を見据える。
どきりと、心臓が嫌な音を立てた。
「私、いつも、捨て身で笑い取りに行くようなお調子者な茅さんが好きなんです。」
お調子者。
奈緒といるときの茅はそんなの見る影もないのに。
「クリスマス会も、今日も、あなたの隣ではそういう感じじゃなかったでしょうけど」
そうだ、メイドさんのカッコをしていたときの茅は、とてもノリノリでみんなの輪の真ん中にいた。
一緒に歩く帰り道、茅はいつも穏やかに笑っている。
見上げると、照れたように微笑んで、
動物を手なづけるみたいに、ゆっくり奈緒のペースで。
「邪魔は、しないでくださいね」
言いたいことだけ言って、紺野は奈緒に背を向けて去っていった。
ざわざわと人が行き来する。どれくらいそうしていたのだろう。
奈緒のことを好きだと言った茅は、奈緒のペースに合わせて茅らしくなかった?
「いた!奈緒ちゃん!」
茅は少し息が上がっている。走って探してくれたのだろうか。
そんなに待たせてしまっただろうか。
「迷子になった?体調悪い?」
「う、ううん」
目の前に立つ茅は、あわあわと心配してくれている。
奈緒といるこういう茅は“らしくない”のだろうか。
いつも、無理をさせていた?
困った顔で、奈緒の顔を覗き込むように少し屈む茅。
「みんなのところに戻ろう?」
ーーーわたしといると、茅くんは、
「…奈緒ちゃん?」
茅がそっと奈緒の手に触れ、
「ぃや…!」
咄嗟に、その手をはじいてしまった。
「…あ…」
びっくりした、顔。
悲しそうな色の、瞳。
「…ごめん。みんな待ってるよ。行こう」
くるりと奈緒に背を向ける茅。
違う、と言いかけて、何をどう弁明するつもりなのかわからなくなった。
ゆっくり歩く茅の後ろ姿を追いかけながら、目を逸らしたときの、表情が消えない。
茅が少しだけ触れた指を、反対の手で握る。
触れられたところが熱い。
男の人が怖いから、じゃない。
触られるのが、嫌だからじゃない。
特別だったから、なのに。