帰宅
あれから、茅とは話していなかった。
奈緒が避けていたのもあるし、茅もいつものように声をかけてこなかったのもある。
今まで、茅が意識して奈緒に声をかけにきてくれていたのかもしれない。
雅美が隣にいるときならまだよかったが、茅と2人で授業を受けるのはハードルが高かった。
「あれ、奈緒帰るの?」
「え…っとぉ」
「午後授業あるでしょ」
「ううう」
水曜の午後、茅と授業を受ける勇気がなくて、雅美と一緒に校門に向かっていると、雅美に気づかれた。
「奈緒ちゃん、授業サボるつもり?」
「!!」
「ちょっと話がある」
今一番聞きたくなかった声が聞こえて、びくりと震えて、振り向けずに固まった。
「え、ちょ」
雅美は先帰るよと、奈緒を茅の方に向かせて背中を押した。
他の生徒たちが行き交う喧騒の中、茅と奈緒の間には沈黙が降りている。
奈緒は顔も上げられず、だからといって逃げられもせず、逃げ出したい気持ちのまま、カバンを持ち直す。
「あのさ」
先に口を開いたのは茅だ。
咄嗟に一歩後ずさった。
「…奈緒ちゃん。あんまりあからさまに避けないで。」
チラッと伺うように見上げた茅は、切なそうな顔をしていた。
こちらまで、切なくなりそうなくらい。
指先が、かじかむ。
「おれのこと、恋愛対象として見てないのも想定内だし」
柔らかそうな茶髪が、ふんわりと風に揺れた。
「仲良かった友達に避けられたら悲しいな」
「そ、そっか…」
茅はそう笑ってたけど、それはきっと本心で、冗談で告白するような軽い人じゃないのもわかっているし、きっと奈緒が気にしないように敢えてそう言ってくれてるんだろうこともわかった。
「茅くんのことは…友達として好きだけど…」
そこまで想ってくれてるのに、そこまで想ってくれているのなら、中途半端なまま返事なんかできなかった。
「も…今までみたいには…」
奈緒が俯いて、声を絞り出す。
じんわりと涙が滲みそうになる。
これからもずっと、大切にしていきたい人だったのに。
友達はムリだ。
今までみたいに話せる気がない。
のに。
「あああーー、よかった!!!」
「ひぇ!?」
茅は急に両手で顔を押さえてうずくまった。
奈緒は何事かと身構える。
「おれさ、奈緒ちゃんが友達として好いてくれてるならそれでいいや」
顔を上げて奈緒を見上げて、茅はにっこりと笑った。
「ええっと…」
何も返せない奈緒に、立ち上がって目線を合わせる茅。
「あ、もしかして好きな人がいる!?」
「う、ううん」
「おれのこと男として見れない?」
「……茅くんは、男の子…だ、よ…」
ふいっと、目線を逸らす奈緒。顔が赤くなるのがわかった。
だから、困っているというのに、それを聞いた茅が笑ったのが、空気でわかった。
「奈緒ちゃんは今まで通りいてよ」
「え?」
そんな都合いいこと、と、言えなかった。
口元を緩めていたから。
「おれのこと、男として見てくれるなら嬉しい」
いつも向けてくれていた、満面の笑顔。
「今は可能性がゼロじゃないだけで十分」
冷えるから中に戻ろうと、奈緒を促す。
奈緒が隣に並ぶと、茅は眩しそうに目を細めた。
なんで、気付かなかったんだろう。
頬を染めて、とろけそうなくらい、嬉しそうな顔をしているのに。
今も、今までも、きっと。