閑話 〜side 雅美〜
「…茅…あのさぁ」
ジャージに着替えもせず、体育館の床に突っ伏している茅。
呆れて隣に立つ雅美。
「なに…友達になれてよかったって…」
奈緒と一緒に帰るために、水曜日のサークルは、一度家に帰って学校に戻ってくる。
戻ってきて、これだ。
後から来たサークルのメンバーにツンツン突かれたりいじられるも、動こうとしない。
「…完全に恋愛対象外じゃん、おれ…」
「あーはいはい、落ち着いて」
雅美のついでに見せかけての挨拶から始めて、自然に挨拶が返ってくるくらいになったら、少しずつ会話をするようにして。
なかなか涙ぐましい努力だと思うが、いかんせん相手が悪い。恋愛経験値ゼロの奈緒なのだ。
「…泣く…」
友達だと言えば感動され、女装すれば女の子みたいに可愛いと褒められ、そして今日の友達宣言ときた。
最初でこそ奈緒の外見に寄ってきた虫と思っていたが、一途さと不器用さで、今では少し応援している。奈緒を傷付けない限りは、少しだけ。
「なに…ずっと友達でいてほしいって、ほんとなに…」
たぶん、いや確実に、奈緒は深い意味もなくそう言っただろう。
男友達できた!嬉しい!みたいなノリで。
そう言ったところで、茅には届かないのだけど。
「ねぇ、なにそのアメ」
雅美は、一足早く同じところのアメをもらったので知っていたが、一応訊くことにした。
しゃがんで、アメの袋をつつく。
「奈緒ちゃんにもらった。」
「ちょーだい」
「ダメ。家宝にする」
「いや食えよ!!」
手に持っていたアメの袋を指摘されると、茅はイモムシのように丸まってアメを隠した。
「おれさぁ、自分で言うのもなんだけど、結構頑張ってると思うんだよ」
「そうね」
「まだ足りないかあ…」
「うーん」
「好みじゃないか」
「どうだろ」
奈緒の芸能人の好みで言うと、爽やかイケメンより、ジャニーズ系の甘い顔立ちの方が好きな気がする。
ただ渋い大人の男みたいな雰囲気の俳優も好きだったりとよくわからない。
好みの人を好きになるとも、限らないし。
「諦める?」
「…できるならとっくに諦めてんだよ…」
「だよねぇ。」
「…なんであんな可愛いの…」
「そうね。…あっ」
「イテッ」
飛んできたバスケットボールが茅の背中に当たった。
サークルのメンバーが謝りながらボールを取りに来た。雅美はその子にボールを投げ返した。
「こんなとこで寝てるのが悪い」
「…ハイ」
モゾモゾと起き上がって雅美の隣で胡座をかく茅。
「告白しないの?」
「今ァ!?」
「もう十分待ったでしょ。言わなきゃ伝わなんないよあの鈍感には。」
「や、でも、せっかく仲良くなったのに」
「だから告白するんじゃーん」
「和也!」
頭上からそんな言葉が降ってきて見上げると、和也が立っていた。
「めずらしっ。サークル来るの。女にかまけて幽霊部員になったのかと思った。」
「まさかー」
「振られた?」
「はっ、まっさかー」
「デートドタキャンされた?」
「んーまあそんなこと。またしばらくはちゃんと来ると思うよ」
相変わらず何を考えているかわからない軽薄な笑みを浮かべて、梅雨頃からサークル休止状態だった和也は再開宣言をした。
「そんでそんで?今度はなに?」
「奈緒にずっと友達でいてって言われたんだと」
「ははっ、いいじゃん。告白もせずずーっと友達でいたら?」
「う…」
「なおなお可愛いし、友達のポジションに甘んじてるうちに彼氏できたりしてねー」
「…くっ…」
言うだけ言って、和也は更衣室に去って行った。
「あー…まあさ。奈緒にそんな簡単に彼氏とかできないとは思うけどさ。」
「や、わかってる」
パンパンと埃を払いながら茅は立ち上がる。
アメの袋は大事そうに抱えて。
「いつかは言うよ」
「うん」
「タイミングは、今じゃないと思うけど」
「そか」
更衣室に向かう茅の後ろ姿を見送り、雅美は大きくため息を吐いた。