帰宅
男の子を部屋に上げるのには抵抗があったが、
「そんな状態の友達放っておけないし雅美を呼ぶよりいいんでしょ」
と言われてしまえばそれ以上何も言えず、そもそも抵抗する気力もなかった。
迷惑をかけたくない気持ちはあるが、茅を信頼はしているのだ。強く拒絶はできなかった。
茅は病院に付き添って、家まで送ってくれた。
奈緒の分まで荷物を持って、体を支えながら歩いて。
こんなにお世話になってしまってやっぱり帰って来た雅美には怒られるだろう。
茅は午後にも授業があったかもしれない。サークルの活動日だったかもしれない。
ちゃんとお礼言わなきゃ。
◇◆◇
意識が浮上したのは話し声がしたからだった。
「…緒に………て…いでしょうね」
「……ちゃん起きるから。んな趣味ねーよ」
「役得とか思ってんでしょ」
「ソ、ソンナコトナイヨ」
茅と、雅美の声だ。
「…はぁ。奈緒も奈緒よ」
「あんま怒んなよ。お前のためだったんだからさ」
「……ほんっとにバカなんだから」
「嬉しい癖に」
「羨ましいんでしょ」
「……クッソ。おれは帰るよ。雅美来たなら安心だし。冷蔵庫に冷却シートとゼリーとかあるからあと食わせて」
「わかった。ありがとう」
「じゃ」
パタンと玄関のドアが閉まった音がした。その音で目を開けた奈緒のところに雅美が近づいて来た。
「起きちゃったか。どう?少しよくなった?」
「ん…茅くんは…?」
「あたしが来たから帰ったよ」
時刻は既に9時を回っていた。茅はこんな時間になるまでずっとついててくれていたらしい。
「何か食べれそう?食べれるならお粥でも作るけど。ゼリーもある」
雅美がゼリーを冷蔵庫から出して見せてくれた。
「ゼリー、食べる」
「あと熱計って。それも替えるから」
奈緒は体を起こして渡された体温計を脇に挟み、雅美にされるままにおでこに貼られた冷却シートをはがされ新しいものに取り替えられた。
ピピッと鳴った体温計は微熱を示していた。
「茅が買って来てくれたって」
「もも…」
ゼリーをプラスチックのスプーンですくって、一口食べた。甘い桃の香りが口の中に広がる。
桃のゼリーは、奈緒の好物だ。前、桃のゼリーが好きだと言ったのを覚えてくれていたのだろうか。…いや、たまたまだろう。コンビニに行けば桃のゼリーは置いてる。
奈緒がゼリーを食べ終わると雅美はカップを受け取って捨てて、薬と水を差し出した。
「あんたねぇ、具合悪いなら早く言いなさいよ。」
「うん、ごめん」
「茅からメールもらったから」
「茅くん、なんて」
「夕方に、暇なとき連絡くれって感じで。まんまと騙されて家着いてから返信したのよ。まさか奈緒の部屋にいるなんて思わないし」
どうやら茅はちゃんと奈緒の意思を尊重してくれたらしい。
「ねぇ奈緒。友達とはいえ、茅は男なんだからね。確かにゴツい男よりいいでしょって言ったけどさ。危機感は持ってね」
雅美はまるで母親みたいに奈緒を諭した。
「まだまだ言いたいことあるんだけど、治ったらね。明日は学校休んで。また後でくるから」
「ありがと」
雅美は奈緒を寝かせると電気を消して、鍵を閉めて出て行った。