勇者よ 世界の覇者たれ
広い世界の中から、たった一人。
勇者に選ばれた男は、さっそく魔王討伐に送り出された。
旅の仲間はナビゲーターただ一人。
案内され、指定された魔物を倒す。
はい、さっくり。
えらく簡単。
しかし、これで終わったと帰ろうとすれば、ナビゲーターは言う。
「次は○△□地点で魔物を倒します」
「え? 魔物って? 魔王じゃないのか?」
「目的は魔王討伐ですけれど、貴方が倒すのは魔物です。
しかも、何匹も何匹もです。
一回で終わらないから、タフな貴方が選ばれました。
勇者は武力、体力、持久力。そして適当に阿呆でなければなりません。
昨日のことは忘れて、今日の敵に立ち向かうくらいでないとやってられない。
繊細さは捨ててください。
飽きたらダメ。悩んでもダメ。
さあ、どんどん行きますよ!」
そう言えば、勇者に決まったと対魔王会議から告げられた時、魔王に対する説明がほとんどなかったなぁ、と今更ながら思い出す。
道々、ナビゲーターが説明してくれた。
長年の研究によれば、魔物の各種族の王がある時、異界から現れる核に引き寄せられ、一つに集まる。
そうして生まれるのが、強大な力を持つ魔王。
「つまり、各種族の王を討伐すれば、強大な魔王が生まれるまでの時間が引き延ばせるというわけです。
あるいは、適当に間引いておけば、例え核が魔王を作ったとしても、強さが軽減するんです」
「しかし、種族の王を討伐すると、混乱して問題が起こるのでは?」
「いえ、王がいなくなれば、新しい王が立つので大丈夫。そして新しい王は強くなるまでに時間がかかります」
虫みたいな感じだろうか。
「まあ、順番に倒していけば人類の平和が守られるわけです」
「種族の王を倒すだけなら、勇者はいらないのでは?」
「勇者を一人だけ選んで、一人で出来るペース配分で倒すのが、一番世界を混乱させないという対魔王会議の検討結果でして」
魔物の生態系を壊さず、かつ人類にとって不都合な結果に導かない。
エコかつ省エネ。これ以上の作戦は無かった。
犠牲者はたった一人。
勇者の一人負け、というわけだ。
しかし、死ぬ覚悟の戦いに赴くのとは違う。
この作戦に必要な能力のある者として選ばれている。
ホワイトでクリーンな仕事と言うべきだろう。
追加説明によると、勇者の任期は三年。
だいたい三年で種族を一回りするらしい。
その後は、若い身空にもかかわらず年金暮らしも可能だ。
種族の王を倒すと、ナビゲーターはそれを解体して、対魔王会議に送る部位や希少部位、魔石などを取り出す。
「お前は有能だな」
「正直、勇者よりナビゲーターになるほうが難しいんです。
一級冒険者の資格が必要ですし、対魔王会議の課す試験がえぐいのなんのって」
「……もしかして、お前も三年後には年金受給者?」
「はい。年金は勇者の三倍です!」
「………」
三年後、無事に任務を終えた元勇者は、年金をもらいつつ働いていた。
冒険者ギルドから、高位魔物を倒すための実践訓練の指導員を頼まれたのだ。
仕事は週に二日ほどなので、さして忙しくはない。
家に帰れば、新婚の可愛い妻が「おかえりなさいアナタ、ご飯にする? お風呂にする? それともア・タ・シ?」なんぞということも無く。
「おかえり、夕飯のお弁当買ってきてくれた?」
「ああ、今日はお前の好きな魔チキンの油淋鶏弁当だ」
「ありがと! 大好き、油淋鶏!」
そこは、大好きアナタじゃないんかと突っ込みたいが止めておく。
言い合って勝てる相手じゃない。
新婚妻は魔物の研究者だ。
三年の旅で、魔物の王を一通り捌きまくり、部位を集めまくった。
旅が終わってからは論文を書きまくっているので、家事一切をする暇がない。
家事は元勇者の仕事だ。
彼女は勇者を導いたナビゲーター、その人。
三年も一緒に旅すれば、あんなことやこんなことがあるわけで。
それが溜まり溜まって結婚に至った。
「あんなこと……」
元勇者は思い出していた。
討伐の旅は、それなりに余裕があった。
金銭的にも日程的にも。
しかし、それは勇者の話。
討伐と討伐の間は身体を休め、鍛錬し、武具を手入れする。
それだけで良かった。
だが、ナビゲーターは種族の王から取ったサンプルをまとめたり、論文のためのメモを書き溜めたり、対魔王会議とやり取りしたりと非常に忙しかった。
「こんなこと……」
あまりに忙しいナビゲーターを見かねて、勇者は片づけを手伝ったり、おやつを買い出しに行ったり、時には肩を揉んでやったりしたのだ。
ようやく旅を終えて、対魔王会議に報告し、年金の手続きもして、これでお別れ、という時だ。
「お疲れさまでした! 今後のご活躍をお祈りしております、では!」
と元気よく別れを告げたナビゲーターの顔色が悪い。
「おい! 昨夜ちゃんと寝たのか?」
「いや、論文の準備を始めちゃったんで、ははは」
言葉は元気だが、今にも倒れそうだ。……と思ってる側から倒れた。
勇者は素早く彼女を抱き留め、自分の宿に連れ帰った。
彼女は三日三晩眠り続けた。
「うわあ! これ、どういう状況です?」
デカいベッドの真ん中で目覚めた彼女は、キョロキョロ部屋を見回した。
「倒れて眠ってしまったから、やむなく俺の宿に泊めた」
ちゃんと医者も呼んで診察してもらった。診断結果は単なる疲労の蓄積だったが、魔王の退治方法を勇者にレクチャーしていた奴が、こんなんでいいのだろうか?
「誓って何もしてないから」
「……いえ、疑ってはいません。三年の旅の間、あなたは紳士でしたから」
「……お前、家はあるのか?」
「研究資料があるので借りっぱなしの小さな家があります。
アパートは資料が重すぎると追い出されたんですよね」
ははは、と笑いながら説明してくれた。
研究素材のためにも、家を借りるためにも、頑張ってナビゲーターになったと。
「俺を、お前の家にしばらく泊めてもらえるかな?」
「え、構いませんけど、どうして?」
「これから論文にかかりきるんだろう?
生活の面倒を見るやつがいないと、お前は死ぬぞ」
「確かに」
「どうする?」
「ええと、いいんですか?」
「今後の事を考える間、丁度いいだろう」
「脳筋なんて思ってて済みません。
貴方は、私よりずっと常識人で頼れて……素敵な人です。
何なら結婚してもいい」
「じゃあ、結婚するか?」
「いいんですか?」
「男女が二人だけで同居は外聞も悪かろうし、お前がいいなら」
「では、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
そうして二人は同居を始めた。
「うまい~油淋鶏~」
幸せそうに弁当を食べる彼女は可愛い。
論文に夢中で、朝結んでやったはずの髪がクシャクシャになっているのも、ご愛嬌だ。
「ごちそうさまでした。えーと、あのねー」
「ん?」
彼女が言った。
「赤ちゃん出来た。……お茶淹れて来る」
勢いよく立ち上がったせいで、椅子が倒れる。
「え? あれ?」
元勇者は、腕の中に妻を抱き留めていた。
「気を付けてくれ。お前も、お前の中のもう一つの命も、俺の宝物なんだから」
「えへ。うん、大好きアナタ、なんちゃって」
なんちゃってかい! と突っ込みたいが止めておく。
腕の中の妻が、頬を染めて、ほんとにほんとに可愛かったから。