第八章[約束]
「そうか。母さんから聞いたか。」
夕食時、帰宅した父さんも加えて3人で改めて彼女のことを話していた。
「本当、ごめんなさいね。もっとちゃんとした形で話そうと思ってたんだけど。」
母さんが申し訳なさそうに言う。
「いや、全然!むしろ俺が聞きたがったんだし、なんかごめん。」
さすがに混乱も収まり、穏やかに会話が進むのを感じてホッとする。
「母さんの言う通り、郁人と俺たちは血のつながりはない。
でも正直、そんなこと忘れてしまうくらい大切に思ってきた。もちろん、これからもだ。」
父さんの隣で、母さんも頷く。
「お前も二十歳になることだし、1つの区切りとして伝えたけれど、これまでと何も変わらない。
ただこれからは、俺たち2人だけでなく本当の両親のことも覚えておいて欲しいと思う。
お前は彼ら2人が生きた証で、俺たちの大切な息子だ。」
「うん、ありがとう。」
俺たちはみんなで少しだけ泣いて笑った。
そして俺はその日、久しぶりに彼女の夢を見た。
チラチラと雪が舞う中、俺は、幼い頃の俺が一生懸命に雪だるまを作っているのを見ている。
そして完成と同時に現れる、彼女の姿。
元気に挨拶をされて少し驚いた彼女が挨拶を返し、2人の会話が始まる。
「ボクね、ゆきとっていうの。あっちにいるのがおかあたんだよ。」
「そっか、優しそうだね。」
「うん!ボク、おかあたんだいすき!」
「いいなー。」
「おねえちゃんは?だれのおかあたんなの?」
彼女は寂しそうに笑う。
「お姉ちゃんはね、誰のおかあさんでもないの。」
「ひとりぼっち?」
「そう、ひとりぼっち。」
「そっかぁ。」
幼い俺はちょっとだけ考え込んで彼女にパッと笑顔を向ける。
「じゃあさ、ボクのママになればいいよ!」
「え…?」
「ボクにはおかあたんはいるけどママはいないもん。
そしたらおねえちゃんもさみしくないよね?」
「ゆきとー、おやつだよー!」
彼女が返事を迷っているところへ母さんの声がかかる。
「あ、ボクいかなきゃ。ね、つぎはいつあえる?」
手についた雪を払いながら俺は聞く。
「ゆきとくんがまた雪だるまを作ってくれたら会えるよ。」
「ゆきだるま?」
「うん。お姉ちゃんはね、雪だるまが作れる時だけ出てこられるの。」
「そっか、わすれないようにしないと。」
「ゆきとくん、本当に私のこと、“ママ“ってよんでくれるの?」
「うん!」
「じゃあ、雪だるまの時のママ、“雪だるまママ“って覚えててよ。」
「わかった!ゆきだるママ!」
「違う、違う。“雪だるまマ・マ”」
「ゆ・き・だ・る・マ・マ!」
「アハハ、うん、それでいいよ。“雪だるママ“」
「うん!またね、ゆきだるママ!」
「またね!」
嬉しそうに家へと戻る俺を見送る彼女。
いつもと違って夢はプツリと終わることなく、俺は朝まで2人の思い出をいくつも見ることができた。
俺が思い出そうとしていたあの約束まで、しっかりと…。