第三章[雪だるまの後ろから]
母との電話後、しばらくは例の夢を見なかった。
「思い出さなければ」という焦りは薄れたものの、ホッとするより寂しさを感じてしまった自分に少し戸惑っていた。
「おーっす、郁人ー!“ママ“の謎は解けたかー?」
軽く手を振る棗の隣から、陽太朗が明るく声を掛けてくる。
「いや、それが、母さんに聞いてもわからなかった。」
「え?マジで?」
「うん。知らなかった。」
「じゃなくて、マジで聞いたの?夢の話を?」
「え?」
「いや、だって、“俺の夢に出てきた女の話なんだけどさー”って?」
だんだんと笑いがこみ上げてくる様子の陽太朗にちょっとだけイラッとするが、自分も考えたことなのでそこは我慢して言い返す。
「そんなこと言ってもさ、思い出さないといけない気がしたんだよ。
大袈裟だけどどんな手を使ってもって感じで。
だいたい、お前らも親に聞けって言ったろ?」
「はいはい、悪かったよ。でも結局、わからなかったのかー。なんか残念だな。」
「ん?」
「つい茶化しちまったけど、実は俺も結構気になってたんだよなー。」
頭を掻きながら陽太朗は続ける。
「だっていつも同じ女なんだろ?
仮に好みのタイプだったとしても、全く同じ子が出続けるなんて何かメッセージがあるとしか…。」
「でも“ママ”だしな。」
棗も口を挟む。
「そう!それなんだよ。未来の彼女だとしたら“ママ“って変な感じだし、ちゃんと母ちゃんはいるんだしなー。」
ん?いつの間にか、陽太朗の方が夢中になってないか?
おかしくなってつい吹き出してしまう。
「なんだよ、人が真剣に考えてるのに!」
じゃれあってくる陽太朗をよそに、棗はスマホの天気図を見ている。
「棗、お前もなんとか言えよ!って、また天気図かよ。」
「うん。今日、昼から雪だって。」
「えっ?マジ?!積もりそう?」
俺から手を離した陽太朗はウキウキと棗の方に向き直る。
「あー、なんかワクワクするなー。
今日は俺たち午後の講義とってないしー、夕方にはサークルのみんなも呼んで雪合戦しようぜ!雪だるまも作れるかなー。」
雪だるま…。
陽太朗の言葉を聞きながら母との電話を思い出す。
『郁人もテンションが上がるのか、雪だるまを作った時だけは私のこと“ママ!ママ!”って呼んで。』
違う。俺は母さんのことはずっと“母さん”って呼んでたんだ。
あ、いや、小さい頃は“かぁたん”だった…ってそんなことじゃなくて。
雪だるまを作った時、だけ?
「いたんだ、あそこに…。」
「ん?何か言ったか?」
振り向く陽太朗を無視する形で俺は考える。
思い出せ。
夢の中に何があった?
彼女に初めての挨拶をした時も、頭を撫でられた時も…。
「雪だるまだ…。」
「お、おう、お前も雪だるま作ろうぜ。」
「ごめん、陽太朗。俺、今夜は1人で雪だるま作るから。」
「は?」
「棗もごめん、今夜のバイト代わってくれないか?」
「俺は別にいいけど。」
「あと、ごめん、俺、今日は帰るわ。
また連絡する!」
「おー、またなー。」
「いや、おい、1人で雪だるまって、え?ま、またなー!!」
不思議そうに顔を見合わせる2人を残して、俺は走り出していた。
部屋に帰った俺は石や木の枝を集めながらソワソワと待った。
雪が少しずつ積もっていく。
もう少し…もう少し…。
そしてアスファルトが見えなくなった頃、俺は震える手で雪玉を作り始める。
多分これは、寒くて震えているわけではない。
出来た2つの雪玉を上下に重ね、上の玉に顔を作る。
最後の石を押し込んだ俺は、思い切って顔を上げた。
「やっと思い出したか!」
視線の先、雪だるまの後ろで、夢の中の彼女が笑っていた。