第一章[夢の中の少女]
庭一面に雪が積もっている。
幼い俺は一生懸命に雪玉を転がし、雪だるまを作り始める。
出来上がった雪だるまを見て喜ぶ俺と、そんな俺を見て嬉しそうに笑う若い母。
そしてその雪だるまの隣には、静かに微笑む高校生くらいの少女。
「こんにちは!」
俺の声を聞いた彼女は少し驚いて、何かを呟き、また微笑んだ。
そんな彼女の笑顔をかき消すようにアラームが鳴り、幼かった俺は一気に現在の俺へと引き戻される。
「また彼女の夢か…。」
起き上がり、軽くため息をつく。
このところ頻繁に夢に出てくる少女なのだが、俺は彼女が誰なのか全くわからない。
多分、高校生くらいだろうか。
せめて制服でも着ていれば手掛かりになると思うが、残念ながら彼女が着ているのはいつも真っ白なコートだ。
でも何故か、俺は彼女に会ったことがあるような気がしている。
誰だかわからないのに懐かしい。
不思議な感覚だがなんとなくそう思うのだ。
だからなのか、このよくわからない夢を見ても寝覚めが悪いということはない。
ただ、目覚めた時に強く残る、「彼女のことを思い出さなければならない」という気持ちが、俺を悩ませていた。
「なぁなぁ、マジで全然覚えがないの?
元カノとかさぁ。」
キャンパスを歩きながら陽太朗が茶化すように尋ねる。
「それか、知らないところで泣かせたんじゃねーのー?
ほれ、思い出せ!」
「でも夢の中のユキはちっちゃいんだろ?さすがに幼稚園児と高校生は…。」
陽太朗の話を聞いた棗が冷静に意見する。
「えー、それ、お前が言う?
マキ姉ちゃん、いくつ上だよ?」
「あのな、いくら幼くたって好きになった人は覚えてるだろ。
夢にまで出てきてくれる彼女を全く思い出せない時点で、彼女どころか初恋でもないと思うぜ?
俺はちゃんと姉ちゃんのこと覚えてたし、姉ちゃんだって俺のこと覚えててくれたんだ。」
「はいはい、よかったっすねー。」
「お前、棒読みじゃねーか。」
笑い合いながら歩く2人に挟まれて、ホッと気持ちが緩む。
「でもマジでどうだろうなぁ。
棗が姉ちゃんと離れたのって何歳だっけ?」
「んー、確か、9歳。」
「で?夢の中のユキは?」
「5歳くらい?」
俺たちの答えを聞いて陽太朗は「んー」と考え込む。
「やっぱり忘れてんじゃね?てかさ、親に聞いてみればいいじゃん。」
「そうだよ、庭で雪だるま作ってんだろ?
近所に住んでた子とか。」
まぁ、普通に考えればそうだろう。
その意見はもっともだ。
でも…。
「いや、俺さ、その子のこと、“ママ”って呼ぶ時もあるんだよ。」
2人はほぼ同時に「は?」という顔をする。
「え?じゃ、ママじゃね?」
「うん。お母さんじゃん。」
「いやいや、だから、母ちゃんは別にいるんだよ。
母ちゃんがいて、俺が雪だるま作って、んで、“ママ“って呼ばれる女の子がいる。」
自分でもよくわからない状況に、もちろん2人は無言になってしまう。
「まぁ、なんだ、あれだ。」
「そうだな、それしかない。」
2人は『親に聞け』というありがたい結論を俺にくれた。