この動画、どこかが変化します。気づきましたでしょうか?
ほほがちょっと痛い。
酔うといつもこうなる。
また香澄に言われちゃったなー。
そんなんだから彼氏できないんだよって。
先週末会ったタクマは、高身長で私の基準としては顔はまぁ普通。イケメンかと言わればちょっと違う、そんな人だった。
一緒懸命探したのだろうお洒落なカフェはランチタイムの混雑もあってか、目玉のパンケーキが出てくるまで会話を続けるのがちょっとしんどかった。
どんな相手に対しても無意識で口角を上げて対応できるのは、学生時代のアルバイトの賜物だ。
春一番が吹いたその日はコートを羽織るには暑く、店内はちょっと涼し過ぎる、特に冷え性の私にはなんとも言えない空間だった。
タクマはスラスラと、まるで練習でもしていたかのように私に質問を投げかけてきた。
「恵美さんって出身どちらなんですか?」
「お休みは何されてるんですか?」
「いつもこういうお洒落なカフェ来るんですか?」
当たり障りのないそれらに答えているうちにこの人は私の何が知りたいのかわからなくなってきた。
でも私もまだ会って2回の人に嫌われるのはしのびなく、適当な会話をしつつそれとなくされた質問と同じようなことを呟いた。
それでわかったたくまのステータスは、
岩手出身、大学から上京、名の知れた大手企業で営業、休日はフットサル、趣味は筋トレといった絵に書いたような存在だった。
絵の中なら輝くのかもしれないが3次元のこっちの世界には馴染めていない気がした。
そもそも香澄のゴリ押しと先輩の豊田さんに誘われて初めて合コンに行ったのが間違いだったのかもしれない。
大学のアルバイト先の同期の香澄と、そこの先輩だった2個上の豊田さんとは今でも交流があるのはありがたい。
豊田さんはもう27歳。私と香澄は25歳だ。
地元の滋賀の友達がインスタグラムやTwitterで結婚報告をするたびに自分がどこか別次元の世界に取り残された気がしてた。
そんな焦燥感から誘いに乗り合コンに参加してみた。
大学時代の彼氏、陽介の影がちらつく。
東京に残りたい私と、地元の四国に戻りたい陽介の選択の自然の別れだった。
気づいたらあれから3年。
会社の男性は、私が言えたことではないかもしれないが皆、会社の奴隷でしかなくどんなに身長が高くても、どんなに顔が、私が恋して止まないアイドルに似ていても、筋肉質でも、出席コース人材だとしても、何か足りなかった。
だから、そんな人とは別の人に出会えるかもしれないと、香澄に誘われてしまった。
香澄は付き合いが長い分、私が押しに弱いことを熟知している。
だから今回の合コンやタクマの誘いを断りきれなかったことも香澄にはお見通しなのかもしれない。
目玉のパンケーキは少食の私にはちょっと大きく、タクマには少し物足りないボリュームだった。
でも「ちょっと食べきれないんで食べてください」
なんて言うとのはまるで自分の弱味を晒すようで躊躇われた。
無理して食べているのをバレないように隠し、タクマの話しに適当に相槌を打つうちに私は何してるんだろ、って思ってしまった。
こんなとき陽介だったら気楽に
「それちょっと食べようか、」とか
「その味俺も食べてみたい」って言ってくれてた気がする。
もう別れて3年近くなるのに未だに思い出してしまう。
どうしても自分の中で彼氏=陽介の印象が強い。
なら別れなければよかった、というのが自然なのかもしれないけれどそこはなぜか東京への憧れの方が勝った。
陽介は別に悪い人じゃない。でも陽介の何かにこのまま染まって一生を終えるのもちょっと違う気がしてた。
そんな心此処にあらずなのをタクマにバレないように相槌と質問をオウム返ししていく。
メインのパンケーキを食べ終えて、コーヒーもそこを尽きかけてきた。
もとからこの後、予定があるってことはタクマに伝えていた。
だって誰かに長く時間を取られるのは嫌だから。
終始、テンプレートな質問しかしてこないのにタクマはなんだか楽しそうだった。
タクマは終わりを察したのか、テンプレート以外の質問を捻り出そうとして少し、挙動不審になってきた。
パンケーキを食べているときも思ったが、食べながら話す仕草や挙動不審なところはちょっと距離を置きたくなる。
でもそれを私は隠そうとしてしまう。
だって嫌われたくはないから。
でも過度に好かれるのも嫌だ。
それとなく自然に、花粉症だからといってマスクをつける。
そここらはスムーズに駅まで帰った。
その間何かあった気がしたがあまり覚えていない。
家までの電車の方向が同じだったけど咄嗟に予定が変わったフリをして逆方向のホームの階段を登って別れた。
何本か電車をやり過ごしてるうちにタクマからお礼と次回の誘いのメッセージが来たがまだ既読すらつけていない。
そうした一部始終を香澄に打ち明けた。
香澄の方も合コンで捕まえた、一見地味そうだけど時計やスマホケース、財布などに拘ったいわゆる"センス"がありそうな男の子とデートに行ったみたいだ。
香澄の世界は私と違って輝いてる気がする。
ふと目の前を見ると、
電車の車窓に反射して写る自分の顔は、アハ体験できる動画にあるように、ゆっくりと消えていってるみたいだった。
消え行く前に手元のスマホが光り、本当に幽霊みたいになった。
豊田さんからのメッセージだった。
「今度は私も仕事ちゃんと終わらすから3人で飲もうよ!2人のデートの話聞かせてね!」
まだ私は消えなくていいのかもしれない。