9話 拡張&拡張
1ヶ月後――。
『ドリーム・ダンジョン』は初期とは比べモノにならないほど賑わっていた。
大勢のお客様――ゲストがいらっしゃり、存分に娯楽を楽しんでもらっていた。
Bクラス冒険者リーダーの言葉通り、翌日には大勢の冒険者がダンジョンへと訪れた。
しかし、結局、コンスタントに通うのは高給を得ている冒険者のみだ。
下級冒険者にとって、『ドリーム・ダンジョン』で遊ぶのは懐的に厳しい。
なんせワンゲームが基本、銀貨1枚なのだから。
銀貨1枚あれば、上手くやりくりすれば半月は生活できる金額である。
そう簡単にポンポン出せる額ではない。
結果、下級冒険者は『ここぞ!』という時に、彼女や友人連れで来て、遊び、食事を楽しむ場になり、B級以上の上級冒険者は暇さえあれば入り浸るようになる。
上手く棲み分けができ、ダンジョン自体も大幅な収入のお陰で拡充したので混んではいるが、息苦しい程ではない。
まずゲームコーナーを大幅に拡充した。
既存の筐体を追加したのと、新規としてシューティング、リズムゲーム、ワ○ワパニック、エア○ッケーなどの筐体を設置した。
現在のゲームコーナーは、日本の中型規模のゲームセンターと遜色が無いレベルまで広がっている。
レトロゲームコーナーも拡大した。
部下ウッドマンとボードも増やし、さらにボードゲームに『チェス』を追加した。
なぜ今更『チェス』を追加したかというと、増加した冒険者達にリバーシ、将棋、麻雀がクリアされてしまったからだ。
まさか約1ヶ月で、3つもボードゲームがクリアされるとは思わなかった。
特に『麻雀』は、一部の冒険者達がドはまりしていて、毎日来ては不良大学生のようにじゃらじゃらとやっている。
あまりにも真剣に『麻雀』をするので、『空気が緊迫して遊び辛い』、『じゃらじゃらじゃらじゃら音がうるさい』、『殺気を飛ばさないで欲しい』との苦情が来た。
しかたなく、部屋の隅にDPで壁を形成。
個室にして閉じこめた。
今では朝、ダンジョン開店から、閉店まで部屋に篭もってじゃらじゃら麻雀をやっている。
ちなみに囲碁は一度としてウッドマンに誰も勝てていない。
このダンジョンの最後の砦は囲碁なのかもしれないな……。
次に拡充したのは飲食スペースだ。
以前はゲームコーナーの端に長椅子と机を置いた簡素な休憩スペースだったが、飲食専用に教室2つ分ほど広げた。
そこに長椅子と机を複数並べ、メニューも『アイスパン』だけではなく、フライドポテト、ポテトチップ、焼きおにぎり、焼きそば、パスタ、ホットドックが追加された。
飲み物も紅茶、オレンジジュース、リンゴジュース、ウーロン茶を準備。
酒は……追加するかどうかで迷った。今も保留中である。
酒の飲み過ぎで気が大きくなり暴れられても面倒だからだ。
とりあえず、当分、様子を見る予定である。
他に大きく追加した施設は2つ。
一つは銭湯だ。
男女に分かれた大衆浴場で、入浴料は銀貨1枚。
タオルもランクを一つ下げ、シャンプー無しで石鹸だけ置いている。
シャワールームには、浴槽を追加した。
金銭に余裕がある者は金貨1枚を支払い、個室浴場でのんびりと汗を流す。
高級路線と一般化路線との差別化を図り、どちらも好評を得ている。
最後が最も特別に追加された施設だ。
その施設とは――。
『ドリーム・ダンジョン』が誕生して3日目。
勇者奈々美へ特別に『女性専用用品』を渡した。
数日後、症状が軽くなった唯を連れて、2人で謝礼品を手に訪ねてきたのだ。
本来、敵であるダンジョンの魔王に対して、礼儀正しい態度で接してくる2人に最初、困惑し上手く応対できなかった。
ちなみに謝礼品は花束だ。
飲食系はオレ自身、ウッドマンのため食べられないと予想し不可。
花瓶や絵画、彫刻品など物は好みや趣味があるため、断念した。
最後に残った選択肢として、花束を選択したらしい。
花なら枯れれば捨てればいいし、置いても邪魔にならないだろうとの判断からだ。
勇者から花束を受け取る魔王――正直、マスタールームから映像で客観的に見ていたがかなりシュールな光景だった。
勇者奈々美と唯が、未だ女子高生の年齢のため、なんとなく卒業式、恩師に花束を渡している風にも見えなくもない。
2人は『女性専用用品』を販売してくれたことに感謝した後、申し訳なさそうな態度で定期的に購入したい旨を伝えてくる。
品物が出せると証明した手前、今更断る訳にもいかずなし崩し的に定期的購入を認めてしまう。
当然、こうなることが分かった上で、オレは品物を渡した。
もちろん同郷人が異世界で苦労する彼女達に同情したためでもある。
しかし、高性能な日本製を彼女達で独占するのも憚られるのは事実。
オレが勇者とはいえ、一部のゲストを特別扱いしていると噂されたら、『ドリーム・ダンジョン』の名に傷が付く。
なのでDPを使い女性専用スペースを作り出した。
女性専用スペースに入れるのは当然、女性のみ。
店員もDPを使って初めて自我を持つ女性魔物を喚び出す。
人型で一番安い女性魔物である、家事妖精のシルキーを喚んだ。
攻撃能力はほぼ0。一体で、5千DPだ。
ウッドマンの約10倍である。
べ、別に自分は魔王ウッドマンだから悔しくないし!
この家事妖精シルキーを4体喚び出す。
交代制で女性フロアーでの販売や掃除、陳列などを任せた。
販売する品物は勇者奈々美に渡した女性用品。
下着類。
リップ。
以上の3点だ。
奈々美や唯から、他にも日焼け止め、化粧水、リンス、シャンプー、ビタミン剤、薬類などを所望されたがさすがに断った。
あくまで娯楽を売り出すダンジョンで、薬局ではない。
またアレルギーが怖かった。
もしアレルギーで肌や髪の毛が荒れる程度ならまだいい。
ビタミン剤や薬等で、死者が出たら最悪である。
ギリギリ、リップなら問題ないだろうと許可を出す。
奈々美や唯からの話では、今までは植物性の油やバターを塗って乾燥を防いでいたらしい。
その話を聞いて、思わずリップを許可してしまった。
数は少ないが、女性からすれば感涙モノの品揃えである。
店内は男性の入場禁止で、争いや詐欺行為、転売も禁止した。
他、こちらがルール違反、危険行為と感じたらその人物は二度と入れないように設定すると断言。当然、協力者も同じ措置をとる。例外は絶対に認めない。
このルールに女性側は誰1人反対の言葉を上げず、行儀よく従っている。
問題は男性側だ。
このフロアーを攻略(全種類の商品購入)しなくても大丈夫なように設定してあると説明したが、『女性だけを特別扱いしているのでは?』と不満の声が上がっているのだ。
気持ちは分かる。
目の前で、特別扱いを受ける人物が居れば不満を抱くのは当然だろう。
この不満解消は今後の課題となっている。
不満といえば、最近あげられるのは宿泊施設についてだ。
エーナー王国正門から歩いて約30分の場所に『ドリーム・ダンジョン』は存在しているが、この往復が面倒だから宿屋が欲しいという声が上がっている。
今のところ宿泊施設を建てる予定はない。
ノウハウが無いのと、人材が居ないためだ。
単純な従業員はDPで召喚すればいいが、宿泊施設の運営、接客、部屋の飾り付け等を指導する人材がいない。
元宿屋や現役で宿泊施設を営む人材を、エーナー王国から見つけてきてスカウト、ヘットハンティング、または賃金を支払い技術指導をおこなってもらおうかと考えている。
そんな風に忙しいが、充実したダンジョン経営をおこなっていた。
しかし――さらに1ヶ月後、オレ達はダンジョン誕生から最大の危機を迎えることになる。
ダンジョンの運営どころか、存続の危機をだ。