8話 女勇者の相談
「さて今日も無事に勇者達を撃退しつつ、DPを稼ぐことができたな」
マスタールームでいつものようにネアと向き合い今日1日の反省会をおこなう。
対面に座るネアはもう驚かず――むしろ呆れ顔だった。
「まさかあんな簡単な手で勇者を撃退することができるなんて……。他の魔王達の苦労はいったいなんだったんですかね……」
「おいおい、簡単っていうが実際は英知を振り絞り考え抜いて作っているんだぞ。簡単の一言で片づけてくれるなよ。でなきゃ、あんなにDPを使っていないって」
トイレ&シャワールームに、300万DPを注ぎ作り出している。
お陰で一時は手持ちDPが、約20万DPまで激減したほどだ。
オレのツッコミに、ネアが姿勢を正す。
「す、すみません。まさかあのトイレとシャワールームにそれほどの英知が用いられていたとは知らず。今度の参考のため、どのような考えの基でお作りになられたのかお聞きしてもよろしいですか?」
「かまわないぞ。まず――」
オレはいかに考え抜きトイレ&シャワールームを作り出したのか説明する。
まずこの異世界のトイレ、風呂文化について調べ上げた。
次にエーナー王国の水質について調査した。
エーナー王国の水は硬水だった。
それこそ肌に当たると痛いほど硬い硬水だ。
なのでまずオレは100万DPを使い『軟水貯水槽』を作り出した。
この『軟水貯水槽』は、たとえ中の水を使い果たしても一晩経てば貯水槽がいっぱいになる仕様になっている。
しかも直接飲めるほど綺麗な水だ。
この軟水をトイレ&シャワールームに使用する。
残りの200万DPで、高級ウォッシュトイレセットと一般シャワールームセットを購入した。
さらに残ったDPでトイレットペーパーは二枚重ねタイプを、体を洗うのに石鹸ではなくボディーソープを、タオルも薄手ではなく厚いふんわりしたタイプを厳選し購入。
他の細々とした備品も考え抜いて買い揃えた。
お陰で現代日本人なら泣いて喜ぶトイレ&シャワールームが完成したのだ。
一通り話を聞いたネアが微妙な顔をしていた。
「あの……今の話のどこに『英知を振り絞り考え抜いて作っている』んですか?」
「どこって全部だよ、全部。この異世界でここまで気配りしてトイレ&シャワールームを作る魔王が居るか?」
「居ませんけど……」
「だろ?」
オレはドヤ顔で胸を反らす。
ネアは胡乱な表情で、見つめてきた。
「普通、魔王がダンジョンにトイレ&シャワールームを作ろうとするほうがおかしいんですよ?」
「だがお陰で勇者達が、このダンジョンを攻略する気を大幅に削がれたのは確かだろ?」
仮にこの『ドリーム・ダンジョン』を攻略して『現代日本の物品を取り寄せる』力を手に入れたとしても、あれほど立派なトイレ&シャワールームを彼らが作り出すのは不可能だ。
第一、『現代日本の物品を取り寄せる』力が本当に手に入るのかも怪しい。
そんな賭けに出るくらいなら、現状維持が一番と考えるのが普通だ。
危険度は低く、娯楽を提供しているだけなのだから。
「さて、約20万DPまで減ったが、今日の稼ぎで240万DP以上になったからまた新しく娯楽を増やそうか」
「いったい次はどんなモノをお作りになるんですか?」
ネアはどこか諦めた、吹っ切れた態度で問うてくる。
オレは腕を組み、右手で顎を撫でながら考え込んだ。
「そうだな次は――」
こうして、夜が更けていく。
☆ ☆ ☆
翌日。
いつも通り、Bクラス冒険者達が姿を現す。
「ようこそ『ドリーム・ダンジョン』へ! 皆様どうぞ一時の楽しい夢を存分にお楽しみください!」
「毎度、律儀だな。邪魔をするぜ、魔王さん」
Bクラス冒険者リーダーが軽い調子で、声をかけてくる。
ふいに真面目な顔になった。
「ところで話があるんだが、少し時間をもらえないか?」
「はい、自分はいつでも問題ありませんよ。何かありましたか?」
「俺達が所属する冒険者ギルドっていう組織があるんだが、そこにここ3日間『ドリーム・ダンジョン』について報告をしていたんだ」
リーダーは話を区切り、一呼吸置く。
「でだ、この『ドリーム・ダンジョン』はダンジョンではあるが、危険度は無いということで明日からまずレベル制限なしで冒険者達に開放されることになる。これでさらに問題が無いようだったら、一般人にも開放するらしい」
「つまり、明日からより多くのお客様がいらっしゃるということですね」
「言ってしまえばそうなる。だが、大丈夫か? 俺達が周りにこのダンジョンの楽しさや美味い食事について話しちまったから、結構な人数が押し寄せてくると思うんだが……」
エーナー王国はこの異世界最大の国家。
当然、そこに集まる冒険者の数も多い。
もし明日、勢いよく集まったら混雑が予想されるな。
とはいえ避けられない問題でもある。
「大丈夫です。ここは皆様に一時の楽しい夢をお楽しみ頂くダンジョン。お客様を拒絶するなどありえませんよ」
「そういってもらえると助かる。これで問題になって、俺達の責任にされて出禁を喰らったら泣くに泣けないからな」
「ご安心ください。それはありえませんので」
オレの答えにBクラス冒険者達は皆、安堵の表情を浮かべる。
よほど出禁が怖かったらしい。
順調に娯楽に嵌ってくれて嬉しい限りだ。
初めてのお客様――ゲストだけあり、彼らには親近感すら覚える。
「そうそう。実は地下2階に新しい娯楽施設を作ったんです。もしよろしければ見学していきませんか?」
「ほう、新しい遊技か。なら折角だし、まず最初にそっちを見てみるか」
リーダーの言葉に他冒険者達も賛成の声をあげる。
オレは先頭に立ち、奥にある階段を歩いて地下2階へと移動した。
地下2階に下りると、すぐにボードゲームコーナーが見える。
ゲストがいない間にもルールをインストールした部下ウッドマン達がリバーシ、将棋、麻雀、囲碁を繰り返しおこなっている。
木製の人形が淡々とボードゲームコーナーをしているのは、やはりちょっと怖い。
そんな部下ウッドマン達を横見に左折。
新しく作った通路を真っ直ぐ進むと――すぐに広いスペースへと行き着く。
オレは背後を振り返り、新しく作った遊技を紹介する。
「ここが新しく作った運動遊技場です」
運動遊技場はとにかく広かった。
なぜなら名称通り、運動――スポーツ施設を多数作ったからだ。
まずバッティングセンター、ゴルフの打ちっ放し、フットサル、バスケ、テニス、ドッチボール、卓球台も置いてある。
もちろん相手を務めるのは、部下ウッドマン達だ。
ここでは他遊技との差別化を図るため、体を動かす遊びをメインに作った。
費用が安いからという理由もある。
DPで広いスペースを確保。
後はDPで各自スポーツに必要な道具等を出せば終わりである。
全部で合計50万DPもかかかっていないのだ。
この遊技施設にまず男性冒険者達が食いつく。
「なるほど体を動かす遊技施設か……」とおもむろに肩を回す斥候。
「上の遊技も楽しくて、好きだけど、こっちのほうが俺達向きではあるな」と上着を脱ぎ出す剣士。
「上の遊技台じゃ勇者達に後れを取ったが、ここは俺達が攻略をしておいてやろう」とリーダーが無意味に指を鳴らし出す。
「わたし達は女友達に頼まれたヌイグルミを取るので忙しいから、あんた達で勝手にやってて」
「(こくこく)」
女性陣は興味なさ気に、来た道を戻ってしまう。
そういえば小学校時代、休み時間中、張り切って外で遊んでいたのは男子が多かったな――と、忘れていた昔の記憶を不意に思い出す。
「魔王さん、さっそく遊びたいんだが、これにも料金がかかるのか?」
「あ、はい! どの運動遊技も1回、1銀貨です。今回は初回ということで1回無料にさせて頂ければと思います。ただし運動遊技によって人数制限、たとえばバスケットなどは5人揃わないと出来ないなどがありますので注意してください」
「そうか、それじゃ早速、1人ずつできる遊技からやってみるか」
「あとお金を支払う際、自分ではなく部下ウッドマン達に手渡して頂ければ問題ありませんので」
追加の注意を告げると、リーダーが手を振り応える。
彼に続き、男子冒険者達は喜々として、運動遊技へと突撃する。
ルールは各場所に文字と絵で説明がされており、部下ウッドマン達が模擬演習をおこなっているのですぐに理解できるだろう。
オレは彼らの背中を見送ると、地下1階に戻るため歩き出す。
「魔王さん、ちょうどよかった」
「ようこそ勇者様、『ドリーム・ダンジョン』へ! どうぞ一時の楽しい夢を存分にお楽しみください!」
ボードゲームコーナーに辿り着くと、ちょうど勇者一行が姿を現す。
男性勇者が声をかけてきたので、いつも通りの挨拶をした。
彼はすでに準備した金貨を1枚差し出すと、用件を告げる。
「早速なんですが、シャワールームを使いたいんでお願いできますか?」
「はい、確かに使用料の金貨1枚お受け取り致しました。どうぞ、ごゆっくり。鍵の閉め忘れにはご注意ください」
「分かってます。それじゃ奈々美、僕は行くよ」
「うん、また後でね悠人君」
男子勇者は下りてきた階段を再び昇り、シャワールームへと向かう。
今気付いたが、いつも一緒に居るもう1人の勇者、小柄な少女の唯が居ない。
喧嘩でもしたのだろうか?
疑問を抱いていると、その場に残った勇者の1人、奈々美が顔を赤くし体を落ち着かない様子で揺すっていた。
……まさかとは思うが、モンスターで、目も鼻も口も髪の毛も無いこのウッドマンに惚れたとかじゃないよな?
目の前の美少女勇者に惚れられたとして、喜ぶより、その若さでマニアックな趣味に不安を覚えてしまう。
彼女の態度を訝しんでいると、意を決した様子で声をかけてくる。
「あ、あの魔王さん……実は折り入ってお話がありまして……。誰もいない2人っきりでお話できないでしょうか?」
奈々美はちらりとボードゲームをし続ける部下ウッドマン達を一瞥する。
「ああ、彼らの事はお気になさらず。あれはあくまでゲームルールに従い動いているにすぎません。意思や自意識などありませんから、ここで何を話しても彼らは気にもとめないどころか、認識すらできませんよ」
背後に複数の部下ウッドマン達が居るが、気にしなくていいと答える。
彼女は若干迷ったすえ、再び口を開く。
「実は魔王さんにお願いがあって……」
「なんでしょうか?」
「昨日も断られたので、再度お願いするのは心苦しいんですが……実は唯ちゃん、私達といつも一緒に居る背の低い子が、その、えっと今日、始まってしまって……。彼女、かなり重い方なんです。だから、その……」
「?」
奈々美は耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうに告げる。
『始まった』って何が始まったんだ?
赤くなりながらも彼女は話を続けた。
「こっちの世界はその時、清潔な布を使うぐらいしかなくて。日本のシャンプーやボディーソープがあるなら、そっちのも手に入らないかと……」
奈々美は上目遣いで懇願してくる。
さすがに男のオレでも気付く。
女性は男と違って毎月なのか知らないが、色々大変なんだよな。
「いや、でもうちはダンジョンで、薬局じゃないんですが……」
「はい、もちろん重々承知しています。それでもあのなんとかなりませんか? こっちの世界のは本当に辛くて……」
奈々美は赤い顔で涙目になる。
男の場合、極論異世界だろうが、馴染めば生活を送るのはそうそう難しくない。
しかし女性の場合、そう簡単にはいかないだろう。
日本製の高性能品を日常的に使っていたら、ある日異世界に飛ばされ、二度と使用できなくなる。
最高品質を知っているからこそ、落差に心底苦しむのだろう。
こればっかりは魔法や魔術でどうにかなるものでもないしな……。
彼女の態度が演技で、オレがどこまで何をできるか誘っている可能性もある。
奈々美を見つめる。
彼女は恥ずかしそうにしながらも、真剣に懇願していた。たとえこちらの能力を測るためにお願いに来ていたしても、本心から困っているのだろう。
暫し考え込む。
「……分かりました。あるかどうか分かりませんが、とりあえず調べてはみます」
「あ、ありがとうございます!」
奈々美をその場で待たせて、オレは一度マスタールームへと戻る。
ダミーマント付きウッドマンを戻すとメニューを開く。
メニューを確認している間は、ネアにBクラス冒険者達などを監視してもらった。
メニューのアイテム欄をつらつら確認していくと、
「ある、のかよ……」
オレは確かに日本出身だが、意識は男性である。
なのに女性専用のがあるのは謎だ。
とりあえず物はあるので一つ購入。
外側の包装を外し、中身を布袋へと移す。
移し終えたら、ダミーマント付きウッドマンへと手渡した。
時間にして15分ほどだろうか。
オレは再び、地下2階のボードゲームコーナーで待つ奈々美へと合流する。
彼女に袋を手渡し、中身を確認してもらう。
「自分も詳しくないので、これであっているか分かりませんが」
「いえ、これで大丈夫です! ありがとうございます!」
「いえいえ、このダンジョンはお客様に喜んでもらうために存在しますので、これぐらいの便宜は図りますよ。ですが一応、お代の方をお願い致します。全部で銀貨1枚でいかがでしょうか?」
「はい、もちろん問題ありません!」
奈々美は喜々として、銀貨1枚を差し出す。
銀貨を受け取ると、彼女はアイテムボックスに袋をしまう。
「頂いてすぐ出て行くのは申し訳ないのですが、唯ちゃんが待っているので」
「お気になさらず。また元気になったら、皆様で遊びに来てください」
「はい! 絶対来ます! 本当にありがとうございました!」
奈々美は深々と頭を下げると階段を上がり、一度も遊ばず『ドリーム・ダンジョン』を出て行く。
勇者撃退DPは美味しいが、一度も遊ばず出て行かれてしまった。
「……今回はしかたないか。こんな日もあるさ」
オレはすぐに気持ちを切り替えて、掴みキャッチーをしている女性陣が取りやすいようヌイグルミの位置を変えるため、地下1階へと向かった。
☆ ☆ ☆
収支報告。
ダンジョン挑戦者:8万5千DP(最速勇者撃退により勇者DP×2倍)
金貨:13枚
銀貨:7枚
1day消費DP:マイナス1000DP(シャワールームに対してリセット機能を使用したため)
1day獲得DP :145万4千DP