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7話 勇者撃退の秘策

「勇者はDP的にも美味しいな。さらに称号のお陰で次に来たらDPが2倍! できれば毎日は無理でも、2、3日置きに来てくれるとありがたいな」

「普通、勇者が来ないことを願うものですよ? なんで来て欲しいとか言ってるんですか……」


 ネアのツッコミを聞き流す。

 他ダンジョンは、チート持ちの勇者が来た場合、ダンジョンコアまで到達される危険があるだろう。

 しかし、うちの『ドリーム・ダンジョン』は勇者のチートなどなんの役にも立たない。


 地下1階のゲームを連続クリアされた時はちょっと焦ったが、勇者達の若さ的に地下2階のボードゲームは手も足も出ないと踏んでいた。

 予想通り、彼らは将棋、麻雀、囲碁のルールを知らなかった。

 これなら一般冒険者とほぼ変わらない。


 なのに勇者(チート有り)1人が、ダンジョンに入るだけで1日で2万DPも手に入る。

 さらに称号のお陰で明日、勇者が来たら1人当たり倍の4万DPも入るのだ。

 これを喜ばずして何を喜べというのだ!


 さらに彼らは今頃、頑張って1冊、金貨1枚で買ったルールブックを読んで覚えている最中だろう。

 だが、こちら側は部下ウッドマンにルールをインストール済み。


 お客様――ゲストが居ない間、ずっと練習させている。

 魔術や剣術のようにやればやっただけ上達する仕様らしい。

 部下ウッドマン達は、無機物のため睡眠、飲食を必要とせず一晩中どころか、一年中練習し続けることができる。


 マスタールームから地下2階を覗くと、指示を出した通り部下ウッドマン達はひたすら黙々と練習をし続けていた。


 ふと、記憶を思い出す。

 人工知能に囲碁か、将棋かは忘れたが練習すればするほど強くなるというのをニュースで観た。

 人工知能は疲れを知らず、高速で何局も練習を繰り返し、1日で信じられないほどの数の局数をこなすらしい。

 その局数は、プロ棋士の一生涯でやる試合より多いとか。


『疲れを知らず練習し強くなれるのは人工物の特権だな』と考えた記憶がある。

 部下ウッドマン達は、まさに人工知能のごとく練習を積み重ね、最終的に誰も勝てなくなる存在になるだろう。


 彼らが居れば、『ドリーム・ダンジョン』を最終まで突破し、ダンジョンコアに到達することはまずできない。

 断言してもいいレベルである。


「で、でも本当に大丈夫でしょうか……相手はあの勇者達ですよ? もしかしたら所持しているスキルで、クリアするかもしれませんよ」


 ネアが心配そうに助言してくる。

 確かに彼女の言葉も一理ある。

 勇者だからと戦闘に関するチートだと勝手に決めつけていたが、たとえば『超幸運』とかのチートだった場合、部下ウッドマン達が実力を発揮せず敗北する可能性もある。


 特に麻雀は運の要素が強い。


「ふむ……なら念のため対勇者用屈服トラップでも準備しておくか……」

「はぁ!? 対勇者用屈服トラップ!? そんな都合のいいトラップがあるなんて初めて聞きましたよ!」

「当然だ。他の魔王には絶対に準備できないトラップだからな。オレだからこそ準備できるんだから」


 椅子に座りながら、メニュー画面を開き操作する。


 手持ちのDPは約320万の内、300万DPを使いトラップを準備する。

 残りは約20万DPになってしまったが、これでもう絶対に勇者達は、このダンジョンを攻略しようなどと思わなくなる。

 絶対にだ。


「くっくっくっ……これでもう勇者達は恐れるに足りない。搾取されるだけの家畜に成り下がった。後は彼らから絞れるだけ金銭とDPを絞るだけだ」


 喉も、口もないのにマスタールームに自分自身から出てるとは思えない不気味な嗤い声が漏れ続ける。

 そんなオレを眺め、ネアは恐ろしい怪物を前にしたように喉を鳴らし椅子ごと距離を取ったのだった。




 ☆ ☆ ☆




 翌日。

 朝、10時にダンジョン入り口の扉の鍵を開ける。

 10分もしないうちにクラスBの冒険者達と勇者3人組が姿を現す。


 冒険者達は慣れた様子で、各種ゲームコーナーへと向かう。

 男性陣は格闘ゲームへ。

 女性陣は『プリントシールで遊ぼう(プリシル)』で写真シールを撮り、掴みキャッチャーへと流れるようだ。


 勇者達3人は目の下にクマを作りつつ不適な笑みを浮かべて、正面に立つ。

 どうやら徹夜でルールブックの内容を覚えてきたらしい。


「ウッド魔王さん、おはようございます」

「おはようございます、勇者様方。そして、改めましてようこそ『ドリーム・ダンジョン』へ! 皆様どうぞ一時の楽しい夢を存分にお楽しみください!」


 男性勇者の挨拶に対して、オレはいつもの歓迎台詞を口にする。


「早速で申し訳ないのですが、地下2階の将棋、麻雀、囲碁をやらせてもらってもいいですか?」

「どうぞ、どうぞ。では、まず始めに何からやりますか? すぐに対戦準備をしますので」

「では、将棋をお願いします」

「分かりました、将棋ですね。……はい、部下ウッドマンに指示を出し駒を並べ直し、席を立つよう指示を出しました。地下2階に行く頃には準備が終わっているでしょう」


 勇者達はお礼を告げると、部屋の奥にある地下2階入り口へと向かう。


 ――が、すぐにその足が止まった。


 彼らの目が地下1階左側に作った新しいスペースに釘付けになる。


 飲食や休憩のため左側壁際には長椅子とテーブルが置かれていた。

 出入口に近い空いたスペースに新たな扉を2つ設置した。

 扉には日本語&現地語で『トイレ』と『シャワールーム』と書かれてある。


 これこそ『対勇者用屈服トラップ』だ。


 勇者達3人は、地下2階など忘れて食い入るように扉を見つめていた。


「あ、あの魔王さん……あの扉って……」


 長い黒髪の美女、奈々美と名乗った女勇者が問いかけてくる。

 オレはマスタールームに居ながら、口は無いが悪魔のように耳まで裂ける笑みを浮かべた気分で、何気なく答える。


「あれは新しく作ったスペースですね。ちょっと見てみますか?」


 返事を聞くより早く扉へ近付き開く。

『トイレ』には最新型ウォッシュトイレが。

『シャワールーム』には最新型シャワー、シャンプーやリンス、ボディーソープが備えつけられ、脱衣所兼洗面台スペースが別にあり歯ブラシ、歯磨き粉、ドライヤー、鏡、コップ、ハンドタオルにバスタオルなどが揃っていた。


 扉を開けたスペースには近代日本のトイレとシャワールームが広がっている。


「自分、見ての通りウッドマンなんで、食事も摂らなければ、汗も掻きません。なので人の生理現象のことをすっかり忘れていまして。急遽増設したんです。トイレは無料ですが、シャワー室は金貨1枚で利用できます。中の消耗品はお好きにお使いくださいませ。ご利用の際は、自分に申しつけてください」


 元現代っ子の勇者達は涙を流しながら、歓喜の声音を上げたのだった。


 元現代人である彼らが現代シャワー&トイレから逃れられるはずがないのだ。




 ☆ ☆ ☆




「申し訳ございません、お騒がせしてしまって」

「い、いや、魔王さんが悪い訳じゃないから、謝らないでくれ。にしても……勇者達は何をあんなに喜んでいたんだ?」


 勇者達は涙を流しながら、歓喜の声音を上げた。

 オレに許可をもらうと、早速現代トイレ&シャワーを利用する。

 それこそ飛び込む勢いでだ。


 トイレは無料だが、シャワー室は金貨1枚を徴収する予定だった。しかし、あまりの喜びようにオレ自身が怯えてしまい初回サービスにした。


 現在はトイレに男子勇者が、シャワー室に女子勇者2名が入っている。

 シャワー室は1人用だが、女子2名なら問題なく利用できるだろう。

 ちなみシャワー利用中は、内側から鍵を掛けることができるため、他者が入ることはない。また扉に『使用中』と日本語&現地語で書かれているプレートがぶら下がっている。


 勇者達のハイテンションぶりに、Bクラス冒険者達は遊ぶ手を止めて様子を窺っていたほどだ。

 とりあえず勇者達が、トイレ&シャワーを見て喜んだことを告げるとBクラス冒険者リーダーは首を傾げる。


「……勇者は異界から来ているって話だから、俺達とは色々感性が違うんだろうな」


 魔王も大変だな……と、冒険者リーダーに同情的な視線を向けられてしまう。

 彼は理由を聞くと、他の仲間達に伝えるため離れていった。


 オレはその背を見送りながら口には出せないが、彼らの気持ちは痛いほど理解する。


 この世界では基本、沐浴か、お湯に浸したタオルで体を拭くのが一般的だ。

 王宮などでは、お風呂を沸かしたりする。

 シャワーなど存在しない。


 一応、魔術でも体や装備品の汚れを綺麗にするのが存在する。


 しかし熱いお湯で頭から汚れを落とす気持ちよさは格別である。

 さらに薬局で数百円で買える現代シャンプー&ボディーソープ、ふんわりと柔らかなタオルで体を水気を取る心地よさといったら!


 また魔術で汚れは落ちるが、微かに香るシャンプー&ボディーソープの匂いや保湿、肌の張りを促す効果までは真似することができない。


 女性勇者2名がほっこりと頬を上気させ、防具ではなく真新しい私服姿でシャワー室から出てくる。


「はぁ~、いいお湯でした」

「……最高」


 女性勇者2名は、長椅子とテーブル席に満足そうに座った。

 男勇者が入れ替わりで入ろうとしたので、シャワー室使用料金貨1枚を徴収する。


「えっ!? 今回は初回サービスって話じゃないですか?」

「はい、サービスしましたよ。彼女達に」


 嘘は言っていない。嘘は。

 それに一度、女性陣が使用しているので清掃――の代わりに『リセット機能』を使う。


『リセット機能』はDPを使って、初期状態に戻す機能だ。

 破損や破壊状況によってかかるDPが増大する。

 シャワー室のリセットは基本一律1000DPかかる。


 リセットすることで女性勇者達が使ったシャンプー、リンス、ボディーソープ、タオル等が一瞬で元に戻る。

 手動ですればDPはかからないが、清掃&補充などの時間がゼロなので使っているのだ。


 DPがかかると言っても、こうして料金を徴収すればいいのだから問題は無い。


 男勇者は納得いかない顔をしていたが、シャワーを浴びたくて渋々金貨を取り出し手渡してくる。

 勇者の機嫌を損ねても面白くないので、オレはどこからともなく――DPで2番目に安いランクのアイテムボックスを覚えていた。


 5千DPで旅行鞄サイズ1つ分の荷物が入るアイテムボックスだ。


 いちいちマスタールームに戻って料理を出すより、あらかじめ入れておいた方が楽だからである。

 中に入れておけば時間経過もない。


 そんなアイテムボックスからとある物を取り出し、長テーブルへと並べる。


「代わりと言ってなんですが、新たに仕入れた飲料を今回はサービスさせて頂きます。次は一本1銀貨でご提供しますね」

「こ、これは……コーヒー牛乳!?」

「イチゴやフルーツ牛乳もあるよ!」

「……ごくり」


 勇者達が驚愕の目で食い入るようにテーブルに並べた各種牛乳を見つめる。

 味は4つ。

 牛乳、コーヒー牛乳、イチゴ牛乳、フルーツ牛乳だ。


 瓶に入っており、外側を水滴が『スゥー』と落ちて、冷たさを表現している。

 シャワーから上がり火照った体に冷たい各種牛乳を飲む。

 その圧倒的快楽は、人を虜にする根元的な何かがある。


 早速、シャワー上がりの女性勇者達がそれぞれ牛乳に手を伸ばす。

 黒髪ロングの女性勇者奈々美はイチゴ牛乳を、唯はフルーツ牛乳を幸せそうに飲む。


 男子勇者はシャワーから上がったらもらうと告げた。

 話を聞きつけたBクラス冒険者達にも、各種牛乳を振る舞う。


 ちょうど全員が集まったので、男子勇者には一時シャワーに入るのを待ってもらい新たにできた設備について注意事項を改めて説明する。


「トイレは当然ですが、シャワーを浴びる際はしっかりと施錠をお願いします。もし閉め忘れて中に入られても一切こちらは責任を負いません。またトイレ、シャワーとも備品を使うのは問題ありませんが、過剰な使用、中身や本体そのものの持ち出しは絶対にしないでください」


 注意事項に皆が納得した。

 男性勇者がそわそわと挙動不審になる。


 疑惑の目(もちろん目玉など付いていないが)を向けていると、勇者奈々美から質問の手が上がる。


「備品の持ち出し――窃盗等については分かりました。ですが、買い取りはできないでしょうか? 特にシャンプーとリンス、ボディーソープなど」

「……歯磨き粉と歯ブラシ、タオルも」


 勇者唯も手をあげ質問してくる。


「金額は言い値で構いません。できれば一つ、金貨10枚以内だとありがたいのですが」


 奈々美の発言にBクラス冒険者達がギョッとする。

 彼女は今、シャンプー1本を金貨10枚、100万円で買うと言ったのだ。

 Bクラス冒険者達からしてもその値付けは異常らしい。


 だが奈々美や唯の目は冗談ではなく、本気だった。

 オレが『シャンプー1本を金貨10枚』と言えば、即金で出す気配がビンビンする。

 さすが勇者様。

 Bクラス冒険者達も羽振りはいいが、彼女達の場合、文字通り桁が違うらしい。


 気持ちは分からなくも無い。

 この世界の金貨をどれほど積んでも、日本のドラッグストアーで売っている1本数百円のシャンプーを手に入れることは不可能だ。

 それが金貨10枚で買えるなら格安だろう。


 DPを稼ぐのにも美味しい話だが……断りを入れる。


「申し訳ありませんが、備品の販売をやるつもりはありません。あれはあくまでダンジョンの備品なんで」

「ッゥ、そう、ですか……」


 勇者奈々美は大人しく引き下がる。

 ここで無理に迫っても、無駄だと悟ったからだ。

 下手にことを荒立てて、二度と『ドリーム・ダンジョン』に入れなくなってはことだと考えているのだろう。


「あっ、罰則を言うの忘れてました。もし勝手に備品等を持って行ったり、ダンジョンを荒らした場合、強制的に退出。以後、二度と入れないように出禁にするので気を付けてください」


 唯一の出入口には転移陣が設置されている。

 この転移陣は優秀で、設定を弄れば二度と入ることはできなくなる。

 この発言にBクラス冒険者達、女性勇者達が『こくこく』と何度も頷く。


 一方、男性勇者は、


「す、すみません。出来心だったんです」


 アイテムボックスからトイレットペーパーを取り出す。

 さっき挙動不審になったのは、それが原因かい!

 勇者がトイレットペーパーの窃盗とか……。そんな勇者、聞いたことがないぞ。


 とりあえず初犯で、素直に罪を認めたこともあり不問とした。




 ちなみにシャワーを浴びた後、『アイスパン』を食べる勇者達に、地下2階の将棋をするかどうか尋ねると――。


「きょ、今日はもうシャワーを浴びたので……」と男性勇者が。

「ええ、そうね。急ぐこともないし」と勇者奈々美が同意する。

「……ここをクリアしたらトイレ、シャワーが無くなる。ありえないし」と勇者唯が力強く告げた。


 こうして無事に、勇者を二度撃退することに成功する。




 ☆ ☆ ☆




 収支報告。


 ダンジョン挑戦者:12万5千DP(最速勇者撃退により勇者DP×2倍)


 金貨:19枚


 1day消費DP:マイナス1000DP(シャワールームに対してリセット機能を使用したため)


 1day獲得DP     :222万4千DP


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