15話 形勢逆転
『ドリーム・ダンジョン』と帝国、冒国(ギルドが運営する冒険者国家)、連合国が手を結んで早数ヶ月。
エーナー王国から冒険者、住人が濁流のように逃げ出している。
ずっと昔、先祖から住み続けている者達は別だろう。
元々、エーナー王国は大陸で最も栄えていた国家だったため、大勢の人々が集まっていた。
地球、日本で言うなら東京は栄えているから、人や物、商業、etcが集まっていた。
しかし、東京以上に栄えた都市が出現したため、人や物などがそちらに集まってしまっている状態だ。
実際は突然、栄えている国家が出来たからといって、すぐに既存トップ国家が衰退する訳ではない。
『ドリーム・ダンジョン』の嫌らしい点は、『エーナー王国に関わる人物、関与した人物には一切の娯楽、商品提供を止める』と宣言している点だ。
『エーナー王国に関わる人物、関与した人物』の選定には、転移陣を使用している。
転移陣の利点は、『DPに応じて条件を設定できる』ことだ。
ウッド魔王は多額のDPを支払いピーキーな条件の転移陣を作り出した。
もしその転移陣に乗って『エーナー王国に関わる人物、関与した人物』ではない場合、普通にダンジョンへと遊びに行ける。
もし条件が一致した場合は、別室に転送され人相、名前、経歴、家族構成、住所等の個人情報を取得。次は警備の段階で弾くようにしていた。
仮にダンジョン商品をエーナー王国の住人、関係者に譲ったり、売ったりした場合も弾かれる徹底ぶりだ。
もし再度、ダンジョンの娯楽や商品を利用、購入したい場合、多額の罰金を支払うか、二度とエーナー王国と関わりを持たないかを選択するしかない。
ただし仏の顔も三度まで。
同じ行為を三度繰り返した場合、永久にダンジョンを利用できなくなることになっている。
特に王国からの流出が酷いのは商人達だ。
今まで『ドリーム・ダンジョン』は、外部に商品を卸したりはしなかった。
しかし、3ヶ国と手を結んで以降、商品を外部に卸し始めたのだ。
ウッド魔王側は『購入を望むお客様の人数にスタッフが対応し切れないため』と表明している。
実際、3ヶ国から人々が集まったら、対応は難しい。
結果、この異世界では絶対に作り出せない高品質のシャンプー、リンス、ボディーソープ、リップ、石鹸、女性用品、他酒や甘味、香辛料、etc。
体を洗うタオル1枚ですら、規格外の商品が出回り始めたのだ。
シャンプーなどは、今まで品物自体がなかったため、既得権益を侵すことはないが、被っている商品に関しては互いにぶつかり合わないように利益調整をおこなっている。
お陰で刃傷沙汰や一家離散などのマイナス事件は無い。
むしろ商人達は降って湧いたような、ゴールドラッシュに盛り上がっていた。
『ドリーム・ダンジョン』のリップ1本とっても、無香料、匂い付き、色つきと種類が豊富で嵩張らず、どれも貴族から一般庶民の女性まで幅広く飛ぶように買われていく。
卸の値段は安く押さえられ、諸経費込みでも一般庶民が買える値段だ。
『ドリーム・ダンジョンの商品を扱わない商人は、商人ではない』とさえ言い出す商人が出るほどだ。
気付くとエーナー王国から、商人が激減。
大店商人達は次々に撤退してしまった。
中堅商人ですら近付かなくなる。
エーナー王国で商売をするより、『ドリーム・ダンジョン』、帝国、冒国、連合国、他で商いをした方が遙かに儲かると判断したのだ。
商人が近付かないということは、物流がストップするということでもある。
物流が止まり品物が入ってこなければ、いつかはパン一つさえ買えなくなるということだ。
そうなったら、残っている国民は飢え死にしかない。
現在は物流が鈍化――実際は国庫金を投入し、周辺の村や町から品物を掻き集めている状態だ。
しかし落ち目とはいえ、エーナー王国は大陸一の大国だ。
国民も流出が続いているが、いまだ大勢の人々が残っている。
周辺から一時的に品物を集めても人数が多すぎて焼け石に水。
このまま行くと、金貨があっても物資がない状態になるだろう。
俗に言う『ハイパーインフレー』だ。
「ううぅぅ……どうすれば、どうすればいいのだ……ッ」
エーナー王国国王は執務室で、頭を抱え深手を負った獣のような唸り声を上げる。
数ヶ月前まで、まだまだ力、漲っていた初老の男が、今では枯れ木のような老人となっていた。
「全て『ドリーム・ダンジョン』、あの木材魔王のせいだ! 奴がエーナー王国に関わる者には商品を売らないと宣言するから、こんな事態になったんだ!」
実際、そうなのだがエーナー王国が最初に喧嘩を売った手前、『うちにも売って欲しい』と交渉しても拒否されるのがオチだ。
「せめて、中堅商人達が、10……いや、5、6居れば……」
現在のエーナー王国は大手商人がいなくなり、空白地帯となっている。
だが、市場として将来性の無いのに手を出すのは小物か、才が無い者達ばかり。
中堅とはいえ、今更エーナー王国に参入する商人は皆無である。
執務室の扉がノックされる。
返事をすると、国王同様に老けた宰相が部屋に入ってきた。
「陛下、陛下ぁぁッ!」
「大声で叫ぶな宰相! 今度はいったい何が起きた!」
「そ、空を飛ぶ奇怪な魔物が炎の実を落としていて、人々が皆、逃げまどい、地獄のような光景が広がっているのです!」
「!? ウッド魔王がついに、エーナー王国に牙を剥いたということか!?」
「違います!」
国王の返答に、宰相は力強く断言する。
「違うのか!? では一体、何が起きているというのだ!」
「説明が大変難しく……と、とにかく一度、ダンジョン前に来て頂ければ分かりやすいかと!」
大量に流す汗をハンカチで拭く宰相に冷たい視線を向けつつ、状況を把握するためにも自らの目で確認に向かった。
☆ ☆ ☆
「こ、これは一体……何が起きているのだ!?」
『ドリーム・ダンジョン』へ確認に向かうと、人だかりが多数できていた。
その場に蹲り、さめざめと泣き、神に祈りを捧げる者達も大勢居る。
残りは皆、一様にダンジョン上部を見上げている。
いつのまにかそこには、ビル等に設置される巨大画面が設置されていた。
巨大画面には『火垂の○』が延々リピート再生されている。
画面の下にはDPを追加し、現地文字の字幕を付けた。
この異世界、エーナー王国側とはいえ識字率は高くないが、映像を観るだけで何が起きているかは分かる。
また文字が読める者はより一層何が起きているのか理解した。
最初、ウッド魔王も文字を起こして、ネアや喋れる魔物にアテレコさせる予定だった。
しかし、ネアが一度映像をチェック。
一発で精神に傷を負い3日ほど立ち直れずにいたため中止になった。
邪神がよこした使い魔であるネアが一度観ただけで、3日立ち直れない映像が延々と流れ続ける。
観たくないが、娯楽の少ない異世界で、奇跡レベルの映像が流れているのだ。
ついつい見入ってしまうのは仕方ないことである。
エーナー王国国王は、慌てて指示を出す。
「いますぐアレを止めさせろ! 破壊してもかまわん!」
「無理です! すでに試しましたが、高度な結界が張られて破壊は不可能です。城塞破壊級兵器や魔術師等に頼むしかありません!」
城塞破壊級兵器など正門側に持ち出せる訳がない。こんなことで城塞破壊級兵器など持ち出したら、いい笑い者である。
また今は城塞破壊級兵器レベルの魔術師を呼び出すツテも、資金もない。
ただ指をくわえて文字通り、観ているしかできなかった。
巨大映像が描く物語のごとく、まるで大戦争に敗北したような厭戦気分がエーナー王国を包み込む。
国王は堪えきれず、その場で膝から崩れ落ちてしまった。
☆ ☆ ☆
初期に比べると『ドリーム・ダンジョン』は、見違えるように変貌していた。
一番の違いはやはり大きさだ。
初期は教室程度で、ゲーム台が一つ置かれているだけだったのに、今では某ネズミ遊園地とほぼ同じ広さにまで拡大した。
当然、現時点の配下モンスターでは手が足りず、DPで大量に召喚。
3ヶ国からも従業員を募り採用して、なるべく資金還元を心がけた。
さらに食料品や消耗品も現地品で代替できるモノは全て輸入している。
これもエーナー王国での失敗を繰り返さないためだ。
これだけの広さになると1日で遊び尽くすのは難しく、宿泊施設も建設した。
しかし、それ以上に力を注ぎ作った施設がある。
その施設とは『カジノ』だ。
現在、最も『ドリーム・ダンジョン』で注目を集めている施設である。
貴族や大商人など富裕層はもちろん、一般人もガンガン来ている状態だ。
あまりに人が来すぎて、急遽、予定していた3倍のスペースを作り出すことになった。
作り出すと言ってもDPを消費すれば、すぐにスペースも、遊具も揃うから楽である。
特に人材確保に関しては最高レベルと断言していい。
DPさえあれば、知能が高く、魔王であるオレに絶対の忠誠を誓うモンスター達が無尽蔵に喚び出せるのだ。
モンスターの種類を選べば飲食、睡眠不必要で文字通り24時間働かせることができる。
ブラック企業が喉から手が出るほど欲しい人材である。
それがDPでぽんぽん出てくるから、本当にありがたい。
「魔王様、少々よろしいですか」
オレが配下に『ドリーム・ダンジョン』の運営を任せ、監督しているとネアが声をかけてくる。
彼女はどこか落ち着き無く、席に座っているオレに声をかけてきた。
「何か問題でもあったか?」
「はい、ちょっと……あの、できればここではない場所でご報告したいんですが」
オレ達が居る場所はマスタールームだ。
昔はオレとネアの2人っきりだったが、今では『ドリーム・ダンジョン』を運営するスタッフ――キャストである魔物達が複数集まっている。
そのため内緒話には向かない場所になってしまっていた。
しかしオレは構わずネアをうながす。
「ここには身内しかいないんだから、気にせず報告してくれ」
「……分かりました」
彼女は一度、逡巡したが諦めて報告を口にする。
なるべく他者に聞かれないように耳元で、音量を落としてだ。
「――というわけで現在、入り口に来ているのですがいかがしますか?」
「なんだそんなことか、別に隠すほどでもないだろう」
「いえ、相手が相手ですから」
「油断禁物ではあるが、警戒し過ぎもまた毒だぞ。とりあえず、こっちでなんとかするから、ネアは自分の持ち場に戻ってくれ」
「分かりました。後でどうなったか教えてくださいね」
「了解、了解」
オレの軽い返事にネアは心配そうに眉根を寄せる。
しかし、これ以上何もできず彼女は持ち場へと戻っていった。
「さて、それじゃ早速、会いに行ってみますか」
オレはマスタールームに座ったまま、いつものようにダミーウッド魔王を操作する。
向かう先は、現在閉鎖している『エーナー王国側出入口』だ。
マントを付けたダミーウッドマンは、もう使われなくなったエーナー王国側出入口の階段を上がる。
地上に出ると、兵士と宰相がすでに待ち構えていた。
彼らはオレに話があると朝からずっとダンジョン入り口に声をかけていたのだ。
ネアがすぐに気付き、マスタールームに座っていたオレへと声を掛けてきた。
「我々の声に気付きお姿を現して頂き誠に感謝致します。ウッド魔王殿」
兵士達に囲まれ、代表として話す人物は、ダンジョン入り口に向けエーナー王国宰相だと告げていた。
確かに身なりから、高い地位に居ることが分かる。
しかし頬は痩け、長年苦労してきたような深い皺が顔中に刻まれていた。
今にも倒れてベッドから起きあがれなさそうな老人のようだった。
宰相だけではない。
彼を警護する兵士達も同じように頬が痩け、深い皺が刻まれていた。
宰相の身辺を守るのだから、精鋭であるはずなのに腕や足は細く、手に持つ槍が重すぎて今にも手放しそうになっている。
返事をせず、彼らを観察していると、宰相が再び口を開く。
「我々は不幸な行き違いから、傷つけ合っております。ですが、そのような状況は不健全で、まったく建設的ではありません。お互いに過ちを認め合い、まずは――」
長々と『お互い悪いかったから、過去のことは水に流し、これからは友好的な関係を築きましょうね』と無駄な台詞を詰め込み言い寄ってくる。
早い話が『休戦協定』を結びたいらしい。
どうやら『ドリーム・ダンジョン』より早く、エーナー王国がギブアップしたようだ。
この提案に対してオレの返答はというと……。
「嫌どす」
「う、ウッド魔王殿?」
「絶対に嫌どす」
「ちょ! ウッド魔王殿! お待ちください!」
オレは断りを入れるとさっさと背を向け階段を下りる。
宰相が慌てて後を追ってくるが、彼らは絶対に『ドリーム・ダンジョン』に入ることができない。
出入口に設置していた転移陣を、階段上部に移動した。
転移陣を踏まずに跨ぐが、宰相は飛ばされる。
気付くと転移陣のすぐ前に立っていた。
宰相も二度と『ドリーム・ダンジョン』へ入れないことに気付き、声を張り上げた。
「ウッド魔王殿! 話を! 話をお聞き下さい! 商人がよりつかなくなったせいで、民達はその日に食べるパン1つすら手に入ることができなくなったのです! パンだけではありません! あらゆる物資が入ってこないのです! だから、ウッド魔王殿! 魔王ぉおぉぉッ!」
宰相の悲しみに満ちた声音だけが、出入口の洞窟に虚しく反響したのだった。




