13話 手紙
ダンジョン閉鎖から数日後……勇者一行は今日もエーナー王国国王に直訴していた。
『「ドリーム・ダンジョン」の封鎖を解いて欲しい』と。
『ドリーム・ダンジョン』は安全で、危険なことなど一切無い。
多くの冒険者、民衆が利用しているのを急に止めては反発が生まれてしまう。
王国から金貨が流れ続ける問題に関しては、ウッド魔王を交えて互いに落としどころを決めるべきだと、直訴したのだ。
今のところ答えは全て『NO』。
エーナー王国はこの異世界でもっとも栄えている国家だ。
『ドリーム・ダンジョン』の魔王が、最初の顔合わせの際、下手に出れば話し合いの場を設けるのも吝かではなかった。
むしろ、高圧的、圧倒的状況で魔王の心を折り、不平等条約を結ばせる心づもりもあったのだ。
潰した後、ダンジョンから戦利品を奪ってもいい。
どちらにしても、エーナー王国側に損はないのだ。
なのにウッド魔王はあろうことか兵士や多数の民衆が居る前で、喧嘩を売ってきた。
出来てまだ約2ヶ月の新人魔王が、エーナー王国にだ。
大国のメンツとして、ダンジョンを許すことが出来なくなってしまう。
もう『ドリーム・ダンジョン』を潰すしか道はないのだ。
国王や宰相、他部署を受け持つ貴族達から散々、同じ話をやんわりと、遠回しに聞かされた。
勇者3人は豪華絢爛に彩られたエーナー王国の城内廊下を歩きながら歯噛みする。
「クソ! あのダンジョンに危険は無いと言っているのに! 皆、『メンツ』、『メンツ』と!」
男性勇者、悠人は苛立ちながら女性勇者達より、少し先を歩く。
女性勇者の1人、奈々美が彼の言葉に同意した。
「メンツって言うけど、最初にしかけてきたのはエーナー王国側なのに……。しかも、大国の力を笠に着て、魔王さんに不利な条件を飲ませようとしたのよね。それで予想に反して、上手くいかず、相手が強気に出たからって……」
「まるで三流の悪役」
もう1人の女性勇者、唯がぼそりと指摘する。
彼、彼女達からするとエーナー王国がやっていることは、日本の漫画やアニメ、ドラマ、映画に出てくる権力を笠に好き勝手やる悪役の手法にしかみえなかった。
彼、彼女達がまだ若すぎて、日本の倫理観を持っているせいだろう。もう少し、世間に揉まれていたら『やむなし』と思ったかもしれない。
だが、幸か不幸か、3人は神によって召喚された際、チート能力を与えられた。
お陰で苦労はしたが、実力が高すぎて別段揉まれることもなくここまで来てしまったのだ。
「はぁ……今日も成果無し。皆になんて言えばいいんだか……」
悠人が溜息を漏らし、天井を見上げる。
勇者3人はこの異世界に召喚されてからずっとエーナー王国に援助、後ろ盾になってもらっていた。
そのため彼らが一番、エーナー王国側と親しい。
また彼らは恩返しの意味も込めて、ダンジョンを攻略し、希少な魔術道具や武器、防具などを見つけては王国側に優先的に献上、魔物被害や大群に襲われている村や街などを救ってはエーナー王国の名声を高めてきた。
互いに持ちつ持たれつの関係を作ってきたのだ。
だからこそ、彼らの話ならエーナー王国側も無視できないと考えた多数の冒険者達、商人、一部貴族から、『ドリーム・ダンジョン』封鎖解除するよう進言してほしいと懇願されたのだ。
結果はごらんのありさまだが。
『今日も駄目でした』と報告したら、皆、悲しむだろう。
大分時間が経ってしまったので、場合によって『勇者達はちゃんと進言していないのでは』と疑い出す者が出るかもしれない。
とんでもない話である。
恐らく、『ドリーム・ダンジョン』を封鎖されて、一番怒りを覚えているのは彼ら、勇者達である。
故に周囲の期待以上に本気で、封鎖解除に取り組んでいた。
なぜ勇者達が本気で怒り、抗議しているかというと――ダンジョンが封鎖されてから勇者達は一度も現代式お風呂、トイレを使用することが出来ていないからだ。
封鎖されているのだから当然である。
さらに美味しいおにぎりやみそ汁、甘味類も断たれていた。
また女性勇者2人は現代日本の『女性用品』供給を止められていることになる。現状、まだ購入した物に余裕はあるが、数には限りがある。
このまま封鎖が続き、ダンジョンが潰れたら二度と手に入らないのだ。
つまり王国は日本人から食べ物、清潔な風呂&トイレ、日本製品を取り上げているのだ。
異世界人はこの重要性を知らない。
地球の世界各国ジョークで、こんなネタがある。
『日本をいくら挑発しても、ミサイルを飛ばしても、決して彼らは怒らない。では、どうすれば怒るのか? 食べ物に関して嫌がらせをしたら、マジ切れした』――と。
王国は知らず知らずのうちに勇者達の怒りスイッチを連打している状況である。
その上、駄目押しで風呂&トイレ、日本製品を取り上げているのだ。
『腹を立てるな』という方が無理な相談である。
周りの空気が悪いのも、彼らの怒りを加速させる原因だった。
出来る限りの努力をしてダンジョン封鎖を解こうとしているにもかかわらず、成果を出せず周囲から向けられる悪感情は増大している。
それが3人に多大なストレスを与えているのだ。
今日も結果を出せなかったため、憂鬱な気分で勇者3人は城を出る。
城下街出入口付近で、1人の兵士に呼び止められた。
「勇者様、少々よろしいですか?」
エーナー王国の勇者になってから、たびたび兵士達に握手や一言欲しいなどアイドル扱いされていた。
最初こそ戸惑ったが、今では応対は慣れたものだ。
3人は『またか』と胸中で思いつつも、営業スマイルをしっかりと作る。
これもエーナー王国勇者の務め。
自分達と少し話をして、握手するだけで兵士の士気と愛国心が急上昇するのだ。
保護してくれたエーナー王国に恩返しのためにも、無視するわけにはいかない。
……『ドリーム・ダンジョン』の一件で、その思いが薄れてきてはいるが。
兵士は目に濃いクマを作っていた。
寝不足なのに目はぎょろぎょろと動き、激しい光を宿している。
見た目は完全に薬物中毒者のようだった。
勇者達は反射的に半歩後ずさり、警戒心を抱く。
相手は兵士。
彼らがどれほど頑張っても、自分達を殺害することは不可能なのだが、相手の空気感にあてられる。
兵士は懐から大事そうに、1枚の手紙を差し出す。
「どうぞ、お受け取りください」
「あ、ありがとう。ファンレター嬉しいよ」
勇者ということで街娘や貴族令嬢、一部兵士からプレゼントを受け取ることは多々あった。今回のように手紙を差し出されることも数え切れないほどある。
悠人は笑顔を保ちながら、兵士から手紙を受け取った。
去り際、兵士は彼らにしか聞こえない小さな声で告げる。
「是非、一時の夢を視に来てくださいとのことです。では失礼します」
『!?』
兵士は足早に勇者達から去る。
去り際に残した台詞――『一時の夢を視に来てください』。
ウッド魔王がよく使う歓迎台詞とほぼ一緒だ。
つまり渡された手紙は――。
勇者達はその場で開封せず、自分達の根城にしている高給宿屋へと戻る。
一時は家を持つことも考えたが、食事や清掃、家事の手間に加え、長期で遠征に出ることもあり、宿屋の方が便利なため現在もそのまま利用している。
宿屋自室に戻り、盗聴などの類を防ぐ魔術を使う。
神から与えられたチートスキルだけあり、これを破る魔術師は地上で1人もいない。
悠人が受け取った手紙を開封する。
便箋には簡潔に用件が書かれてあった。
『今晩、ダンジョンに来てください。警備責任者とは話が付いているため問題はありません。ウッド魔王』
この内容に勇者達は驚きで眼を剥いたのだった。
☆ ☆ ☆
「ようこそ、来てくださいました。勇者様!」
オレは『ドリーム・ダンジョン』レストランルームで、勇者3人組を出迎える。
時間は深夜。
ダンジョン出入口は兵士達によって警備されているが、勇者達はなんの争いも、隠れもせず入ることができた。
なぜなら警備長である兵士自らが、勇者達をダンジョン内部へと案内したからだ。
警備長兵士は勇者達をレストランルームまで案内すると、部屋を出て行く。
レストランルームにはオレ、勇者3人が残された。
「立ち話もなんなのでお好きな席にお座りください。席は嫌というほど空いておりますので」
『…………』
勇者達は警戒しながら3人並んで席へと座る。
オレは彼らの正面へと座った。
タイミングよくウェイトレス2人が、お茶とお菓子を持って姿を現す。
勇者達の前にそれぞれを並べた後、オレの背後に並んで立つ。
「どうぞ、ご遠慮なく飲んでください。自分も丁度喉が渇いていたので、お茶を一杯――って、ウッドマンだから飲める訳ないじゃないですか!」
『…………』
緊迫した空気を払拭するようにウッドマンジョークを飛ばす。
効果はなかった。
オレの正面に座る男勇者が、お茶やお菓子に手を付けず、早速切り出してくる。
「ウッド魔王さん、お聞きしたいのですが、どうやって兵士達に言うことを聞かせているのですか? まさかとは思いますが人質や魔術、違法薬物などで操っている訳じゃありませんよね?」
左右に座る女勇者奈々美、唯が身構える。
返答次第では戦闘をおこなうという意思表示だ。
オレは肩をすくめてみせた。
「うちはまっとうなダンジョンですよ? そんな非道なことするはずないじゃないですか。開店してほぼ初期から『ドリーム・ダンジョン』に来てくださっている勇者様達が、よく分かっているじゃありませんか」
「では、どういう魔法で忠誠心の高い彼らに言うことを聞かせているというのですか?」
「別に半永久的に言うことを聞いてもらえる立場じゃありませんよ。とある賄賂を贈る代わりに一度だけお目こぼしを頂いているに過ぎません」
『賄賂』という単語に、勇者達が顔を顰める。
何かよからぬ想像しているらしい。
すぐに何を贈るかを説明した。
「変なことを考えないでくださいね? ただ夜食に出していたお菓子を気に入ったらしく、一度見て見ぬふりをする代わりに、勇者様達を呼んでもらったのですよ」
「お菓子ですか? それは普通のお菓子ですか?」
「はい、普通のお菓子ですよ」
男勇者が隣に座る菜々美を見る。
彼女は小さく頷く。
真偽を判断する魔術を使ったらしい。結果は真。
嘘はついていない。
深く突っ込まれるのも面倒なので、話を進める。
「勇者様達にわざわざご足労を頂いたのも、実はお願いがありまして」
アイテムボックスから3枚の封筒を取り出し、テーブルへと置く。
「この手紙を指定する場所と相手に届けて欲しいのです。『ドリーム・ダンジョン』を復活させるためにもどうか、ご協力のほどよろしくお願い致します」
ウェイトレス共々、深々と頭を下げる。
勇者達の返答はというと、
「……悪魔の取引ですか?」
男勇者が苦虫を噛み潰したような表情で告げる。
オレは顔を上げると、なるべく軽い調子で返答する。
「私は悪魔ではなく魔王ですって。単純に再び皆様にダンジョンを利用して欲しいのです。見てください。これだけ拡張したのに誰も利用しないダンジョン。寂しいでしょ? 折角、彼女達にも頑張って接客も覚えてもらったのに、このままでは自分達はコレですよ、コレ」
指を水平に自身の喉にあてがい左右に動かす。
首を切る動作だ。
背後でウェイトレス2人がすすり泣く声が聞こえてくる。
オレの陽気な――ある種、自虐的、投げやりな態度と合わさって悲壮感が嫌というほど漂う。
勇者達も気まずい空気に、居たたまれない表情を浮かべていた。
タイミングとしてこの辺でいいだろう。
オレは女勇者、奈々美へと顔を向ける。
「なのでどうか、借りを返すと思って協力してください」
「……ッゥ!」
奈々美は顔色を青ざめ息を呑む。
普段、あまり感情を表に出さない女勇者、唯も顔色を悪くする。
彼女達には貸しがある。
別に魔王から受けた借りで、拘束力などは無い。
『知らない』と切り捨てても一向に問題はないものだ。
その場合、彼女達には二度と品物を売るつもりはないが。
2人もよく分かっているらしく、『勇者として魔王に協力する』or『借りを返すため、手紙を運ぶ』の間で揺れている。
彼らはまだ若い。
感情がすぐ表に出るので、手玉に取るのが本当に容易い。
男勇者が額から汗を滲ませ、絞り出すように同意した。
「……分かりました。借りを返すためにご協力します。ですが手紙を届けるだけです。僕達はそれ以外何もしません」
「もちろんです。ありがとうござます」
勇者達は3枚の手紙をアイテムボックスへ仕舞うと、ダンジョンを後にする。
勇者達がダンジョンを出ると、入れ替わるように警備長兵士が慌てた様子でレストランルームへと入ってくる。
彼はまるで中毒患者のように目を血走らせ、唾を飛ばし叫び出す。
「約束は果たしたぞ! 早くあれをくれ! もう我慢の限界なんだ!」
「もちろんです。約束通りお渡ししますよ」
オレが手を挙げると奥からウェイトレスが、お盆に『ハッピー○ーン』を山盛り乗せて持ってくる。
警備長兵士の前に置くと、歓喜の表情を浮かべながら両手にハッピー○ーンを握り締め貪り出す。
「おやおや駄目ですよ。ここで1人食べては。ちゃんと部下達にも分けてあげてないと、もう二度とお渡ししませんよ」
「わ、分かっている! だ、大丈夫だ! ちゃんと部下達にも公平に渡す。だから、もう二度と渡さないなどと言わないでくれ!」
たった一言で歓喜の表情で貪っていた警備長兵士が、面白いほど脂汗を流し弁明する。
「ならよかった。では皆さんと仲良く分けてくださいね」
「わ、分かった。ちゃんと分ける。分ける。分けるから、だから、頼む。ハッピー○ーンを二度と渡さないなど言わないでくれ!」
「大丈夫ですよ。ちゃんと言うことを聞く限り、渡しますから」
オレは彼の背中を押して、レストランルーム出入口へと誘う。
警備長兵士は夢遊病患者のごとく、ぶつぶつと言葉を漏らしながらハッピー○ーンを抱えて大人しく指示に従いダンジョンを後にした。
ダンジョンには、関係者達だけが残される。
オレはレストランルームの席に座り、背もたれに体を預けながら思わずくぐもった笑い声を漏らしてしまった。
「まさかこうまで上手くいくとは……勇者、勇者と持ち上げられても所詮は世間知らずの子供だな。寂れた空間を演出して、ちょっと涙を流して、同情させて、『借りを返せ』と大義名分を与えればあっさりとこちらの思惑通り動いてくれる。これだからチートだけの奴は動かしやすくて助かる」
先程まで悲しみの涙を流していたウェイトレス達も、オレの背後で『クスクス』と悪魔の笑みを漏らす。
「う、うわぁ……」
いつの間にか、レストランルームに姿を現したネアが、そんなオレ達を眺めドン引きした声音を漏らしていた。




