11話 国家を潰すのに武力はいらない
護衛兵士に囲まれた初老男性は、『エーナー王国国王』を名乗り、『ドリーム・ダンジョン』を潰すと宣言してきた。
初対面からずいぶんと喧嘩腰である。
「……どうも初めまして、『ドリーム・ダンジョン』の魔王を務めます、ウッド魔王です」
「お初にお目にかかるウッド魔王殿。先程も告げたとおり、このダンジョンには閉鎖してもらうことになった。悪く思わないでくれ」
『悪く思わないでくれ』と口にしながら、まったく悪く思っていない態度を取っていた。
ちょっとイラっとしつつも、平静な態度を取りながら尋ねた。
「それは随分と急なお話ですね。私どもは冒険者ギルドからも『安全なダンジョン』としての信頼を得て、エーナー王国の皆様、冒険者様達に愛されるダンジョン運営を心がけてきたつもりですが、何か問題でもあったのでしょうか? もしあれば当方としましても改善努力をしていきたいと考えているのですが」
「ふむ……」
顎に伸ばした髭をエーナー王国国王が撫でる。
「最近、魔王殿のダンジョンは随分と羽振りがいいようではないか」
「羽振りでしょうか?」
「冒険者ギルドの勝手な行動のせいで、冒険者だけではなく、一般市民までもがダンジョンに足繁く通い金貨を落とす。お陰で我が王国は金貨不足に悩まされておってな」
予想通りの答えだった。
国王の指摘通り、全力でぼったくっていたため約2ヶ月の間に大量の金貨を獲得していた。
単純に計算して2ヶ月=60日×金貨1枚×1日平均2千人とした場合――12万金貨を取得。
日本円で換算すると120億円である。
たった2ヶ月で国から120億円が流出したのだ。
しかもエーナー王国に還元されることはなく、一方的に出続けるだけ。
現在、オレが所持するポイントの合計は約50億DPだ。
またDPに変えていない金貨はもっとある。
DPに余裕ができたので、外部で使うように金貨を取っておいたのだ。
なので実際の所、単純計算以上に金貨が流失していることだろう。
一般市民はともかく高給通りの高ランク冒険者や貴族、大商人関係者など金貨をガンガン使っているためだ。
このまま金貨が流失し続ければ、急激なデフレーションと経済破綻をおこしかねない。
そうなる前に『ドリーム・ダンジョン』を潰しにきたのだ。
(迅速な行動……名君でもあるが、暗君でもあるな)
オレは胸中で国王を評価する。
「と、言う訳だ、申し訳ないが、貴殿のダンジョンには消えてもらおう」
「ダンジョンを攻略するのですか? もちろん構いませんよ。『ドリーム・ダンジョン』はたとえ国王でも、一兵士でも、一時の楽しい夢を平等に視て頂ける素晴らしいダンジョンですから。ご遠慮なく攻略してくださいませ」
ふん、と国王はしらけたように鼻で笑った。
「ダンジョンの攻略などせんよ。ダンジョンにはもう二度と誰も足を踏み入れさせん。なぜなら我が名で封印地とするのでな」
国王が片手を上げると、ダンジョン出入口周囲を囲っていた兵士達が、手に木製の杭とロープを手に作業を開始する。
『ゴンゴンゴン!』と音をたて地面に杭が打ち込まれ、間にロープが張られていく。
どうやらロープでダンジョン出入口周囲を囲み、二度と誰も内部に入れないつもりだ。
「……どうやら本気で皆様に楽しい夢を視て頂くダンジョン経営を妨害するつもりなのですね」
「当然だ。魔王殿が干涸らびるまでこの封鎖をとくつもりはないぞ」
国王の圧倒的余裕な態度に『イラッ』とする。
下手に出て交渉を持ちだしてくるなら見逃してやったのだが……喧嘩を売るならようしゃはしない。
「ならばこちらにも考えがあります……」
マントウッドマンを操作して、右腕を上げ人差し指を国王へ突きつける。
「以後、永久的にエーナー王国関係者は何人たりともうちのダンジョンの出禁とします!」
「好きにするがいい」
この宣言に対して国王は再び鼻で笑った。
「では、二度と会うことも無かろう。さらばだウッド魔王殿」
「はい、二度と会うことは無いでしょうが、国王陛下もご自愛下さいませ」
国王が護衛を連れてダンジョンに背を向け、待たせてある馬車へと向かう。
オレもマントウッドマンを操作して、ダンジョンへと戻らせた。
トップ同士が互いに背を向け合って離れて行く。
ドリーム・ダンジョンとエーナー王国が、二度と絶対に交わらないことを象徴した光景だった。
☆ ☆ ☆
マントウッドマンをダンジョンに戻し、待機を命じる。
今日はお客様――ゲストがいらっしゃらないのが確定したので、他部下達に臨時休業、休みを言い渡す。
一通り指示を出し終えると、待ちかねたネアの声がマスタールームに響いた。
「ど、どうするのですか!? このままではDP枯渇して、最後は消滅しちゃいますよ! だからエーナー王国側にダンジョンを作るのを反対したんですよ!」
「何を今更言っているんだよ。だいたいこんなのたいした問題じゃない」
「……え?」
オレの台詞に、混乱していたネアが動きを止める。
動きを止めたネアを落ち着かせるためにも、オレはお茶を淹れて彼女の椅子の前に置いた。
「ダンジョン運営が楽しくて、すっかりエーナー王国に貨幣を還元することを忘れていたのはオレのミスだが、こうなった場合の対処方法はすでに考え済みだぞ」
オレは自分の席の前に淹れたお茶を置き、椅子に深く腰掛け体重を預ける。
ちなみにオレ自身、体はウッドマンだが飲食が普通にできた。
味も分かるし、匂いも感じることができる。
どうやって食べているのか? 食べた後、排出されないのが不思議だが。
「素直に頭を下げて『貨幣の還元』を頼んでくれば、こちらも友好的に手を取り合えたというのに。最初から上から目線、喧嘩腰で来るとは愚かすぎる。あの王様はエーナー王国が未来永劫強国として栄え続けると頭から信じているんだろうな」
机に置いたお茶カップを手に取り、足を組む。
目、鼻、口など一つもない剥きたて茹で卵のような顔だが、マフィアボスのように笑うイメージで表情を作る。
「我々、『ドリーム・ダンジョン』を敵に回したことを心底後悔させてやろう。エーナー王国の栄光を過去のモノにしてくれる」
「あ、あの魔王様……」
未だ自身の席に座らず、立ち続けているネアがおずおずと手を挙げる。
「今の台詞だとまるでエーナー王国の力を削ぐ、弱らせると聞こえるんですが……何かの間違いですよね?」
「何を言っているんだネアは。そんな訳、無いじゃないか」
「で、ですよね! 私ったらつい勘違いしちゃって!」
「ははは、ネアは意外とおっちょこちょいだな。そんなんでダンジョンアドバイザーが務まるのか」
「えぇ、酷いですよ。ちゃんと私、やれてるじゃないですか」
あはははは――と暫く、マスタールームに2人の明るい笑い声が響く。
笑いが収まった所でオレは断言した。
「力を削いだり、弱らせるんじゃなくて――エーナー王国そのものを潰すに決まってるじゃないか」
「どうやってやるんですか!? 相手はこの世界で一番栄えているエーナー王国ですよ!? 確かに今、我々は大量のDPを所持しています。そのDPで戦力を整えて攻め込めば一時的にエーナー王国を混乱させることができます! しかし、混乱させるだけです! 相手側には多数の冒険者や兵士、勇者が3人も居るんですよ!? 潰せる訳ないじゃないですか!」
ネアは目の色を変えて、額が突くほど顔を近づけ抗議してくる。
オレは彼女の顔を押さえて、押し返す。
ネアの唾が顔にかかったのを感じて、アイテムボックスから取り出したタオルで顔を拭きながら指摘した。
「落ち着けネア。誰がDPで魔物を喚びだしてエーナー王国と戦争するって言ったんだ? せっかく溜まったDPをそんなくだらないことに使うなんてもったいないじゃないか」
「戦争をく、くだらないって……なら、どうやってエーナー王国を滅ぼすつもりなんですか!?」
オレはタオルをアイテムボックスにしまい答える。
「前にも話しただろう。『人を殺すのに刃物はいらない』って。国家も同じだ」
オレは足を組み替え、断言する。
「国家を潰すのに武力なんて必要ないんだよ」
口は無いが、気持ちだけは全力で笑みを作る。
あの国王は知らないのだ。
『娯楽』というのがどれほど強力な武器、兵器になるのかということを。
さらに『日本エンターテーメント』の侵略力の高さを爪の先ほども理解していない。
故に、エーナー王国など相手にもならない雑魚である。
余裕の態度を取るオレに対してネアはまるで捕食者を前にした小動物のごとく自分自身で体を抱きしめ震え上がる。
こうして今日から『ドリーム・ダンジョン』vsエーナー王国の争いが始まったのだった。
☆ ☆ ☆
収支報告。
ダンジョン入場者:0人
1day消費DP:マイナス127万DP(施設維持費等)
1day獲得DP:0DP
 




