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掌編短編まとめ

二人のゲーマー

作者: 紫葉 太郎

帰り道が重々しく感じる今日この頃。


というのも俺は最近考えてしまったのだ。この人生に意味があるのかどうかということを。


朝目覚めて支度をし、9時には出社し、仕事をして帰るのは夜7時頃。


毎日1本の缶ビールを開け、適当に買ってきた夜飯を貪る。


特に見ていて楽しいわけでも無いテレビを見て眠くなったら寝て、そしてまた起きての繰り返し。


きっと世の中にはこんな生活をしている俺と同じような人間がたくさんいる。


そしてそのことに不満を感じずに生きる人間もたくさんいる。


俺のようにふとたまたま職場の窓から見える夕空を見てむなしくなり、自分の生き方に疑問を感じて

しまった人間はどれくらいいるのだろうか。


俺はその日からすべてのことにやる気を感じなくなってしまった。


今年で40になった。妻もいなければ恋人もいない。趣味も無ければ日課もない。つまり仕事を終えて帰れる喜びも帰ってからの楽しみもない。


俺は孤独と未来への不安を感じながら今日も帰路に着く。


自宅の最寄り駅である八乙女駅で下車し、夜飯を買うため改札を出てそのまま近くのコンビニに入ろうとした時だった。


「立花さーん!」


と、突然後ろから聞き覚えのある声に呼び止められた。


振り返り確認するとそこには職場の同僚の女性桜井さんがいた。


「あれ?桜井さん。家この辺でしたっけ?」


「いや、私はもう二つ手前の駅です」


「そうですよね」


「はい」


「…………」


「…………」


沈黙。


職場でも特によく話すわけでも無ければ同じ部署でも無いし正直共通点もない。唯一あるとすれば若者が多い職場で部長を除いた男子の最年長が俺で、女子の最年長が彼女ということぐらいだ。

そもそも俺は話し上手というわけでも無いのでそっちから呼び止めたのなら話を膨らませて欲しかった。


「……それで、何か御用ですか?」


沈黙に耐え切れず仕方なく俺から口を開く。


「……あ、ああ、あの、勘違いだったら申し訳ないんですけど。ここ最近立花さん心ここにあらずというか、なんか魂が抜けてるような感じだったので何かあったのかなーと……」


「え?それでわざわざここまで来たんですか……?」


「……は、はい。職場で急に話しかけるのもあれだし……電車の中だと結局中途半端に話終わっちゃうと思ったので……」


「あ、ああそうですか……。何かすいません」


「い、いえ!私が勝手についてきただけですし!」


確かにここ数日は仕事中ほとんど集中出来ていなかった。


そのせいでいつもはしないような凡ミスをしたりもしてたので、変だと思う人間がいるのもおかしくは無い。


特に直接迷惑を掛けたわけでは無いが仮にも職場の後輩に心配をさせるような行動をとってしまったことに俺は申し訳無さを感じた。


「……あと、確か立花さん奥さんとかお子さんとかいらっしゃらないですよね?独り身でそんな状態だったらいつか首吊って死んじゃうんじゃないかって思って……」


「は、はあ……」


……この子見かけによらず随分怖いことを言う。


まさか他人にそこまで思われるほど自分の様子がおかしかったとは……。


申し訳無さのみならず恥ずかしさも共に込み上げてくる。


「大丈夫ですよ、確かに気分が沈んでたりはしますが、自殺とかそこまでではないので……。そもそも首吊る勇気とかも無いですし」


「それなら良かったです、ごめんなさい変なこと言って」


「いえ」


「ちなみにこの後ってお時間ありますか?もしよかったら晩御飯も兼ねてどこかでお話しませんか?」


「え?今から?」


特にいつもながら予定も無いし全然大丈夫なのだが、これ以上何を喋っていいのかも分からないため


正直複雑な気持ちだった。


ただわざわざ心配してここまで来てもらったのにこのまま別れたらそれこそ失礼なので俺は仕方なく桜井さんの誘いを受けることにした。

―――――――――――――――


「でも今日こういう機会があってよかったです」


駅近くのファミレスに入り、一通り注文した料理が揃ったあたりで桜井さんがそんなことを言った。


「そう、ですか?」


「はい、正直職場だと立花さんちょっと恐い、っていうか何考えてるか分からないっていうかで話しかけ辛くて……。でも勇気出して声掛けてみたら全然印象違いました」


「まあ俺職場じゃほとんど、というかまったく同僚と雑談とかしないですからね……」


印象変わったってどんな感じに変わったんだろうか。


話の流れ的に良い方向に変わってくれたと思って良いんだよな?


こういう時に「少しはいい男かもとか思ってくれました?」的なことがさらっと言えるくらいのユーモラスさがあればよかったのだが生憎俺にはそんなものはない。


「私の中で立花さんは無口で不愛想だけど仕事は絶対にミスしない仕事人間みたいなイメージでした。それなのにこの間立花さんが作った資料変なミスばっかりあったから、何かあったのかなって思って」


「ああ、あの時のミス見つけてくれたの桜井さんだったんですね。ありがとうございます。それとお手数お掛けしました……」


「いやあのごめんなさい、部長に怒られちゃいましたよね?」


「そんな、あれは紛れも無く俺のミスなので桜井さんは悪くないです。怒られて当然ですよ、逆に見つけてくれてありがとうございました」


そう言いながら俺は頭を下げる。


しかし勢い余って食べてたミートソースパスタの皿に顔を突っ込む形になってしまい、ソースに自分の鼻がついてしまった。


「ぬ」


「あ」


「いやあのごめんなさい……。勢いが……」


と、その瞬間桜井さんはものすごい速さで横に置いてたカバンの中からスマホを取り出すと、そのままそれで俺の写真を撮った。


「ちょ、何してんですか……」


「……ぷっ、くく、だって……赤鼻のトナカイみたいだから……」


桜井さんが体を震わせながら笑っている。


恐らくここがファミレスで無ければ大声を出しているだろうと分かるぐらいの我慢の仕方だった。

その姿を見て俺はより一層恥ずかしい気持ちになる……。


「も、もう、笑いすぎですよ……」


「ちょっと、その顔で……困った顔するの……やめてください……」

その後スマホを持ったまま何秒間か笑い続けた桜井さんは気づいたら肩で呼吸するくらい笑い疲れていた。


「はー可笑しい。私パスタに顔突っ込む人初めて見ましたよ。ほら、これで鼻拭いてください」


「……職場でその写真見せびらかさないでくださいよ?」


「ふふふ、分かりました。私立花さんの弱み握っちゃいましたね」


そう言いながらまたさっき撮った写真を見てニヤニヤする桜井さん。


ほとんど桜井さんがどんな人なのか知ら無かったが、こういうやんちゃな部分もあるのかと意外だった。


というのも俺の中での桜井さんのイメージは何でも出来るクールビューティ、では無いにしろ若い子

ばかりの部署で一番落ち着いていて一番何事にも上手く立ち回るようなイメージだったからだ。


こんな調子である程度談笑し、二人とも料理を全て食べ終えた頃。


「そういえば、本題、って程では無いですけど結局さっき立花さんが言ってた気分が沈んでるって。何があったんですか?」


と思いのほか会話が弾んでしまって忘れていたが、ここで元々桜井さんが聞きたかったことについて

初めて聞かれた。


特に隠すようなことでも無ければドン引きされるような話でもないと思ったので俺は普通に話すことにした。


「ああ、いや大したことではないんですけどね。考えちゃったんですよね。俺もう今年で40なんですけど、まあそのさっき桜井さんが言ってた通り妻も子供も居なければ恋人もいないわけですよ……」


「あ、あれは別に悪気があって言ったわけでは無く……」


「……あ、いや大丈夫です分かってます。それで今もう毎日起きて仕事して帰ってビール飲んで適当にテレビ見て寝るみたいな生活なんですけど。その人生に意味があるのかなぁって思って……」


「……ああそういうことですか」


「別に彼女欲しいとか今の仕事嫌だとかそういうのでは無いんですけどね。一回そんなこと考えてしまってからはどうにもやる気というかなんて言うかそういう活力みたいなものが全部無くなっちゃって……。すいませんこんなくだらないことで」


「くだらなくなんか無いですよ、何となく分かりますその気持ち」


そう言って一口水を飲む彼女の表情は少し曇っているように感じた。


「……私も今年で33なんですけどね、彼氏もいないですし、それでも実家の親にはあんたいつ結婚すんの?とか言われたりで。まあ私の場合は今楽しいですし、全然落ち込んだりとかは無いですけど、たま~にね、その、もやもやするっていうかなんというか……」


「桜井さんならいい人すぐ見つかりそうですけどね」


「あーそれ若い子には良いかもしれませんが私ぐらいの年齢の人に言うのはダメなんですよー」


「あ、ああすみません……」


こういう時にボロが出る。桜井さんが話しやすい相手だからつい気が利くこと言おうと思ったら地雷を踏んでしまった。


確かに俺ごときが咄嗟に思いつくことなんて今まで散々言われてきただろうしそろそろ年齢的にもすぐっていつや!って思うような頃だと思うからこれはあまりにも軽率な発言だったかもしれない……。


「まあ私のことはどうでも良いですね……。それでさっきの話聞く限りだとつまり立花さんには日々の刺激が足りないってことですよね?」


「……そうなんですか、ね?」


「そうですよ、何か楽しい趣味とかが出来れば毎日に彩が生まれるんじゃないですか?」


「確かにそうかも知れませんがこの年になって今更趣味と言われても……」


「趣味に早いも遅いも無いと思いますけどね」


「ちなみに桜井さんは趣味とかあるんですか?」


「私はもっぱらゲ……」


そこで桜井さんは突然言葉を呑んだ。


また地雷を踏んでしまったのだろうか……?


異性との会話というものは本当に難しい……。


「ごめんなさい、俺また余計なこと聞いちゃいましたかね?言いたくなければ全然大丈夫なんで」


「いや、そういうわけでは無くて……」


今度はもじもじし始める彼女。


これはきっと深刻なミスに違いない。俺はやってはいけないミスをおかしてしまったんだろう……。


「本当にすみません。俺今まで異性と会話するなんてことほとんど無かったので何がよくて何が悪いかとか分からなくて、その、まさかそこまで桜井さんに嫌な思いをさせてしまうなんて……」


「いやどんだけ謝るんですか!?別に立花さんは変なこと聞いてませんよ!違くてこれはその私の問題で……。あの、引きませんか?」


「引く?引くような趣味なんですか……?」


「人によっては引くかも、特に私の年齢でだと……」


「……良く分かりませんが、多分引かないと思いますよ?」


「本当ですか?信じますよ?」


「……はい」


と俺が頷くと彼女はまるでビールを一気飲みするかのようにグラスに入っていた水を飲み干すと口を開いた。


「私、趣味がテレビゲームなんです」


「はぁ」


この薄いリアクションに対して何を思ったのか彼女はじっと俺の顔を睨むように見てくる。


それに謎の緊張感を感じ俺は思わず唾を呑む。


わずかな時間そんな状態で沈黙が続き。そして彼女は口を開いた。

「引きました?」


「いや別に」


「よかったぁ」


そう言うと彼女は安堵したのかソファの背もたれ部分にボフっともたれ掛かる。


確かに意外だとは思ったが今の時代桜井さんくらいの年齢の女性がテレビゲームをやっているなんて

こと珍しくはないだろう。


ましてやスマホゲームで言えばスマホを持っているほとんどの人が恐らく何かしらのゲームはやったことがあるんじゃないだろうか。


まあそんなこと言う俺ははまったくやったことないが、きっと俺は普通ではないだろうから参考にならない。


「いやあ、このこと打ち明けたの立花さんが初めてですよ」


「別にみんなに言っても引かないと思いますけどね」


「いやいや、33未婚の女が家でテレビゲームばっかやってるって結構人によっちゃ痛いなこの人って思いますよ……。それに私自分で言うのもなんですけど職場ではほんわかやさしいお姉さんキャラで通ってると思うんですよね。そう考えたら尚更言えないです……」


「そ、そうなんですか大変ですね……」


女性最年長というのも結構大変なのかもしれない。


「まぁでも最近そのことでも悩みがあって」


「悩みですか?」


「はい、まあ勿論家帰って一人でゲームしてるのも全然楽しいんですけど。昔みたいに気心知れた友人と通話しながらゲームしたいなーって」


「昔?」


「私初めてゲームやったのが大学の頃なんですけど、その時入ってたサークルの友達がやってたのがきっかけなんです」


大学の頃というと桜井さんで言うなら10年前とかになるのか。


ちなみに俺だと大体20年前か……。


その頃の俺は何をしていただろうか。


そんなに性格は変わってないだろうけども、今よりは確実に未来に希望を感じていただろうな。


「その時は大学4年間その友達含めた何人かで毎日ゲームばっかりやってました。それが凄く楽しくて。でも卒業したらみんな忙しくなるし、勿論私も就職したての頃はそれどこじゃありませんでしたから、結局そのままみんなとはまったくゲームやれなくなっちゃいました」


「確かに就職してからみんなで時間合わせるのは大変そうですね」


「しかも私以外全員結婚しましたからね」


「……お、おう」


「さっちんもゆきりんも『あたし達はきっと一生独り身でゲームやってんだろうな!』とか言ってたのに……。てかあの男嫌いのひとみんですらイケメンの彼氏作ってそのまま結婚してるし。結局顔じゃねえかってんですよ!つーか私の給料はあんたらのご祝儀代の為にあんじゃねえよったく!」


「……あれ?あの、飲んでましたっけ?」


あまりの豹変ぶりに思わず伝票を確認するが、そこにアルコール類は一つも書かれていなかった。


「……すいませんつい取り乱しました」


「いや、まあ色々思うところありますよね……」


「……はい、いやでも今日は立花さんに色々話聞いてもらえて良かったです。少し気分が楽になりました。ありがとうございます」


「いえいえ、俺如きで良ければまた話聞きますよ」


「助かります。……ってあれ?なんか違くないですか……?」


「そうですね。俺もそんな気してました……」


「そうですよ!私の話なんてどうでも良いんですよ!ごめんなさいごめんなさい。ついベラベラ喋っちゃって……」


「気にしないでください、俺も少し気が楽になりました。きっとこういう時間も大切なんですね。ありがとうございます」


「そう言ってもらえると助かります」


そして彼女は微笑んだ。


その表情に自分の心が安らいでいることが分かる。


彼女が今日俺のことを気にかけてここまで追っかけて来てくれなければこの表情を見ることが出来なかった、こんな気持ちになれなかったのだと考えると本当に桜井さんには感謝しなくてはならない。


「それじゃあそろそろ行きますか。今日は俺が払います」


「え?誘ったの私なのに」


「いや、ここは払わせてください。感謝の気持ちです」


「じゃあお言葉に甘えますね」


支払いを済まし二人で店を出る。


そしてこのまま駅の方に向かうんだろうと思い、何となく歩みを進める。


が、何故か桜井さんが着いてこない。


何事かと思い後ろを振り返ると、彼女はとある方向をを見つめながらぽけーっとしていた。


「桜井さん、どうしました?」


「私良いこと思いついちゃいました」


「良いことですか?」


「私の悩みを解決し立花さんの心の曇りも晴らせる方法です」


「え、そんなことが」


「行きますよ立花さん!」


「って、えー!」


そのまま桜井さんに手を引っ張られ俺は無理やりどこかに連れていかれることになった。


信号待ちをしている時に俺がどこへ行くのか聞くと、彼女は無言である場所を指さす。


その指の先にあったのはゲームショップだった。

―――――――――――――――


「へー男性一人暮らしの割には片付いてますね。あーでもビールの空き缶はこまめに捨てたほうがい

いですよ。虫来ちゃうんで」


「は、はい……」


何故こんなことになってる……。


まさか桜井さんが俺の家に来ることになるとは……。


さっきファミレスを出た後俺は桜井さんに引っ張られて無理やり駅前のGEOに連れてかれた。


そして何を思ったのか、桜井さんは急に最新型の家庭用ゲーム機と最新作のソフト。その他快適にゲームをする為に必要なものを片っ端売り場から手に取り始め、それを全部俺に手渡し「これで必要なものは全部です!買ってきてください!」とそう言った。


合計金額5万円ちょいと少々驚いたがあまりにも彼女が目をキラキラさせて待っているものだから断るに断れず結局全部購入してしまった。


その後店を出てさすがにもう帰るだろうと思ったがそんな事は無く、何やらゲームをやるにあたって色々設定があるらしく、知識のない俺一人では大変だろうということで設定だけやって帰りますと彼女は言い始めた。


それまた結局断ろうにも断れず今現在に至る。


まさかあの桜井さんがここまでパワフルな人だとは思わなかった……。


「よしそれじゃあちゃっちゃとやっちゃいましょう!」


「……は、はあ」


「じゃあまず立花さんゲーム機の箱開封してください」


「あ、じゃあ俺この辺ちょっと片付けてゲーム機置くスペース作るんで桜井さん開けててもらって良いですか?」


「ダメでーす!何アホなこと言ってんですか!ゲーム機開封の儀は買った本人がやんなきゃダメなんですよ!」


「……開封の儀?」


また変なスイッチ入ったかもしれない……。


この子あれだ、スイッチで切り替わるタイプの子だ……。


仕方ないので慣れない手つきで俺は長方形の箱を開け、中からゲーム機とその他コードやコントローラーなどを取り出す。


「はい、良くできました。最初に開けた人が親なのでこの子の親は立花さんです」


「刷り込み!?」


どうやら彼女にはゲーム機が鳥の雛かなんかに見えているらしい。


「例え持ってるゲーム機でもやっぱり新品の箱から出す時ってわくわくしちゃうんですよね。ゲームにハマっていったらきっと立花さんにも分かる時がきますよ」


「そういうもんですか」


「そういうもんです」


そう言う彼女の表情は満面の笑みだった。


自分が好きなものを人に勧める時ってとても興奮してしまうものだけど彼女の場合はただの興奮だけじゃなく、自分自身も勧めることを楽しんでいるように見える。


今までゲーム好きということを隠してきた分、尚更それを開放できる時が来て、とても嬉しいのかもしれない。


「じゃあ私色々接続やっちゃいますねー」


そう言うと彼女は手慣れた手つきでちゃっちゃかコード類を接続し始める。


その間俺は散らかった箇所を片付け、その後は特にやることも無かったのでゴミ捨て場まで空き缶の


ごみを捨てに行った。


帰ってくると接続云々が終わっていたらしく、テレビの画面には見たことのない映像が映し出されていた。


「へー、これが最新のゲームですか」


「ええまあ、でもこれはまだホーム画面ですよ」


「ホーム画面?」


「パソコンで言うとデスクトップ画面みたいな?ここからゲームを選んだり映画見たり色々出来るんです」


「ほえー、今はゲーム機も進化してるんですねー」


「立花さんって全然ゲームやったことないんですか?」


「はい、全く……」


「へー、私男の人って必ず何かしらのゲームはやったことあるもんだと思ってました」


「……まあ俺はきっと特殊な部類なので参考にはしない方が良いです」


そうこうしているうちにテレビ画面の映像が突然切り替わり、その後暗転した。


そしてその暗い画面に何やら複数の会社名らしきものが順番に映し出され、いよいよ最後に先ほど一緒に買ったゲームソフトのタイトルがド派手に真ん中に登場した。


「モンスタースレイヤー」


「そうです!私が今一番ハマってるゲームモンスレです!」


「へー、どういうゲームなんですか?」


と聞いてくれと言わんばかりに目をキラキラさせていたのでここは素直に乗っかっておくことにした。


「よくぞ聞いてくれました!このゲームはですね、巨大かつ強大な竜やら獣やらを主人公である自分が作戦を考えて倒すシンプルかつやりこみ度の高いゲームなんです!」


「おお分かりやすい」


「しかもこのゲームのさらに楽しいところは、一人じゃなくて複数人でも遊べる点なんです。それぞれの人が役割を分担してモンスターを上手く倒せた時の達成感はそれはもう凄いんですから!」


「役割分担ですか。それは中々責任重大なような。ド素人の俺には少し難しそうですね」


「そこは安心してください。そういう人を助けることが出来るっていうのもこの複数人プレイの良いところなんです。私のような一流ハンターが立花さんを助けてあげますよ。大船に乗った気でいてください」


「それは頼もしい」


その後ヒートアップした桜井さんが細かいシステムとかいろいろ教えてくれたが正直まったく理解できなかった。


ただ桜井さんとプレイすれば全て何とかなるらしいので後は一緒にプレイするときに質問するということで話は終わった。


その後ふと時計を見ると針が11時を指していた。


それをきっかけに、さすがにそろそろお開きにしようかということになり、駅まで桜井さんを送ることにした。


「すいません、せっかく帰宅したのに送ってもらうことになっちゃって」


「駅から近いですから大丈夫ですよ。それに女の子一人で夜道歩かせるわけにはいきませんし」


「もう女の子って年齢でもないですけどね」


「そうですか?俺の年齢からしたら桜井さんなんてまだまだ女の子ですよ」


「それって若いってことですか?それとも幼いってこと?」


「んー、どっちもですかね」


「ふーん中々言うじゃないですか立花さん」


「ゲームの話してる時の桜井さんは紛れも無く女の子ですね」


「……そ、それは何というか、すみません……」


「いや、良いと思いますよそういうところ。俺は羨ましいです。一つのことにあそこまで夢中になれるってなかなか出来ることじゃないですよ。だからそういうところは桜井さんの魅力だと思います、だから……」


と、ふと桜井さんの方を向くと彼女は無表情で俺の顔をぽけーっと見ていた。


「え、あ、ごめんなさいべらべらと……」


「い、いえいえ……。ビックリしました……。口説かれてるのかと思いましたよ……」


「そ、そういうわけじゃないですよ!」


「もうやめてくださいよー。私みたいな人はそういうの凄く敏感なんですから」


そういうと彼女はそっぽを向いてしまった。


やはり会話というものは難しい……。


今後俺は何回地雷を踏み続けるのだろうか。


今度会話の仕方の本でも買った方が良いかもしれない。割と本気で。


そんなことを考えながらとぼとぼ歩き、家を出てから10分程で俺と桜井さんは駅に到着した。


「今日は色々とありがとうございました。楽しかったです」


改札の付近で桜井さんがそう言って頭を下げた。


「こちらこそわざわざ今日はありがとうございました。こんなに人と喋ったのは初めてかもしれません。楽しかったです」


「本当に、そうですか……?」


急に彼女の表情が曇る。


「え?どういうことですか?」


「最後の最後にこんなこと言うのもあれですけど、私今日相当立花さんのこと振り回しちゃったか

ら……」


「あ、ああ……」


恐らくさっきまでの暴走モードからスイッチが切り替わり。


そして今日のことを思い出し急に申し訳なくなったのだろう。


「ゲーム機無理やり買わせたり家に上がり込んだりしちゃって……。私変なスイッチ入ると暴走しちゃうんですよ……」


あ、自覚はあったんですね……。


「立花さん優しいからもしかしたら嫌だけど断れなかったのかなとか今になって色々考えちゃって……。もしあれなら今日言ったこととか全部忘れてください。ゲーム機代とかも全部お支払いしますし……」


冗談というわけでも無いらしく、そう言いながら彼女はカバンから財布を取り出し始める。そしていざ財布を開こうとしたタイミングで俺は財布を手で押さえるようにして制止した。


「あの子の親は俺なんでしょ?」


「え?」


「言ったじゃないですか。俺が開けたからあのゲーム機の親は俺だって。だったら最後まで面倒見なきゃ。やりましょう明日。ちょうど休みですしたくさんできますよ」


「……立花さん」


「明日楽しみにしてます」


「私もです」


彼女は微笑みながらそう言うとふと電車の時刻表を確認する。


「あ、そろそろ電車来るみたいなんで行きますね」


「あ、最後に一つ良いですか?」


「ん?何ですか?」


「……あのトナカイ写真消してください」


「嫌でーす」


「やっぱり無理ですか……」


「じゃあ私も最後に良いですか?」


「なんですか?」


「人がコンプレックスだと思ってることを褒めるのはズルですからねー。それじゃあまた明日」


そう言い桜井さんは笑顔で手を振ると、そのまま改札を通りホームの方に消えていった。


なるほど、人のコンプレックスを褒めるのはズルなのか。勉強になる。


ただ待てよ。ズルってどういうことだ……?


……会話というのは本当に難しい。

―――――――――――――――


ゲームというものを舐めていた。


まさかここまで楽しいものだとは……。


俺は今自分の分身となるらしいキャラクターの顔を作っているのだが、それの自由度がとにかく高すぎる。


髪型や目や鼻や口のバリエーションが豊富で、さらには輪郭や頭の形等も自由自在に変えることが出来るのだ。


こだわりにこだわり抜けばきっと自分とほぼ同じような顔も作ることが出来るだろう。


「立花さーん。今何やってますか?」


ふと付けているヘッドフォンから桜井さんの声が聞こえてきた。


今現在の時刻は午後1時半。


昨日別れ際に約束した通り俺たちは今、二人でボイスチャットというものをつなぎながらモンスレをプレイしている。


ちなみに職場で何か月か前に部署ごとの幹部陣でLINEのグループを作っていて、そこからお互いのLINEを知っていたのだが、個人的にLINEをする最初の内容がまさか『明日午後1時頃からモンスレやりましょう!』になるとは思わなかった。


「自分の顔を作ってます」


「え、おっそ!そんなの適当で良いですから早くゲーム始めてくださいよ!」


「そんな!もうちょっとで自分の顔に近づきそうなのに!」


とか言ってるが大分盛りに盛りまくっている。


目は自分より遥かに大きくぱっちりしているし鼻は高い、まあ更に言うなら眉毛もキリっとしてるし

輪郭もシュッとしている。


最初は確かに自分と似た顔を作っていた筈なんだが、結局無いものを欲しがる感じで整形してもこんなんにはならんだろうというくらいワイルドなイケメンになってしまった。


「もう、この後チュートリアルもあるんですからね?私待ちくたびれちゃいましたよー」


「むむむ、分かりました……。妥協しましょう……」


仕方なく俺はそのままゲームスタートを押した。


するとオープニング映像のようなものが始まり、なんとその中で俺が作ったキャラクターが動いているではないか。


美しい映像の中でストーリーが展開していく。


大自然の中を縦横無尽に動き回るキャラクター達、そしてド迫力のモンスター。


たかだか5分くらいのムービーなのに、俺はそれを見て鳥肌が止まらなかった。


気が付くと俺は無意識に


「……面白いですね、ゲームって」


と、そう呟いていた。


「いや、立花さんまだ顔しか作ってないじゃないですか……」


「え?!これがこのゲームの面白さじゃないんですか!?」


「そんなわけないでしょ!こっからどんどん面白くなるんですよ!覚悟しててください!」


「……おおお」


40にもなってまさかテレビゲームというものでここまで感動するとは思わなかった。


これはやる人がたくさんいるわけだ。


ここから更に面白くなるって大丈夫なんだろうか?


俺、肌が立ちすぎて鳥になるんじゃないだろうか。


そんなことを考えているうちにオープニング映像の後暗転していた画面が明るくなり、主人公、即ち

俺の分身が画面の真ん中で突っ立っている映像になった。


「あれ、何か画面止まっちゃいました」


「え?どういうことですか?」


「なんか俺が画面の真ん中に突っ立ってます」


「ああ、チュートリアルが始まったんですね。画面に色々こうしてください。みたいなこと書いてませんか?」


「あ、書いてますね」


「その通りに主人公を動かしていけば基本的なことが学べます」


「なるほど、親切ですね」


「じゃあしっかり立花さんはそこで操作方法を覚えてください。その間私は暇なのでウィークリィ消化してますね」


「わかりました」


ウィークリィというのが何なのかは分からなかったが、何となく俺が今知るべきことでは無い感じがしたのでそこは聞き流して、俺はチュートリアルを進めていくことにした。


ゲーム自体が初めてなので基本操作すらちゃんと出来るか心配だったが、思った以上にモンスレのチュートリアルは親切だった。 


前に歩く、後ろに下がるなどから武器を出して振る動作まで細かく、しかもそれを反復させてくれるような内容だったので、俺みたいな初心者でも分かりやすく、そして楽しく学ぶことが出来る。

俺がチュートリアルをしている間、ヘッドフォンから「きゃーやめてー!」とか「そこでそれはズル!」とか「痛い痛い!痛すぎるはその攻撃!」とかテンション上がっている桜井さんの声が聞こえてきた。


多分モンスターか何かと戦っていたんだろう。


痛い痛いと言ってたので、もしかしたら主人公のダメージがプレイしている本人にまで届くようなシステムがあるのでは無いかと俺は少し心配になった。


「桜井さん、チュートリアル終わりました」


「お、ちょうど私も一通りウィークリィ消化出来たんで、じゃあ早速一緒にクエスト行きましょうか!」


「はい、お願いします」


「じゃあ私部屋建てますねー」


「部屋?」


「あー、何ていうか、一緒に遊ぶためのルームです。カラオケで言う何番の部屋みたいな」


「あーなるほど分かりやすい。つまり一緒に遊ぶときはどちらかが部屋を建てて、そこにもう片方が入らなくちゃいけないってことですね?」


「そういうことです!立花さん物分かり良いじゃないですか!」


「あ、ありがとうございます」


凄くささいなことだが褒められて嬉しくなっちゃった40歳がここにいた。


「それじゃあ招待しますねー」


と、彼女がそう言ったすぐ後に画面の左上に『招待が届きました』という通知が来た。


なれない操作ながらに何とかその通知を開き、画面に出ていた『参加しますか?』という質問に対して『はい』を選択。


すると画面が少しの時間暗転し、明るくなると、まだ自分が見たことのない景色の中に主人公が立っていた。そしてその主人公の目の前には頭の上に『みやこ』と書いてあるキャラクターがいる。


「……ぷっ」


突然ヘッドフォンから吹きだしたような桜井さんの声が聞こえてきた。


「どこが立花さんに似てるんですかこのキャラ!まじで笑わせないでくださいよー!」


「え、えー!まぁ確かに大分美化はしちゃいましたけど、全く似て無いわけでは無いと思いますけどね……。というか桜井さんも人のこと言えないでしょう!」


桜井さんのキャラ『みやこ』は女子高生くらいの若い見た目に反して物凄いセクシーな巨乳美女だった。


桜井さんも普通に綺麗だが、割と童顔よりな顔をしているところ以外は全くもって似ていない。


「別に私は自分に似せて作ってませんもーん。理想をこの子の見た目に投影しただけですー」


「……桜井さんの理想これなんですね」


「……え、あ、はい」


「……理想」


「ああもう良いじゃないですか!別に!はいはい!どうせ私は色気も何も無いただのババアですよ!へーんだ!」


「いやそこまで言ってないじゃないですか……」


あまりに理想がぶっ飛びすぎていて、つい余計なことを言ってしまった……。


「あ、そういえば立花さんの名前『ジュン』なんですね」


「はいそうです。立花純一なので『ジュン』にしました。桜井さんは桜井宮子の『みやこ』そのまんま付けたんですね」


「へー、私てっきり『え?桜井さんって下の名前宮子なんですか?』とか言われると思ってました」


「え?流石に同じ職場の同僚の名前は覚えてるでしょう……」


「えー、じゃあうちの部署の中島さんの下の名前知ってますか?」


「えーと……」


「じゃあ森口さん」


「……ゆみこ?」


「……ゆきこです。ってえー!ちょっとやだー、もしかして立花さん私の名前だけ覚えてたんですかー?えーもー困っちゃうんだけど―」


と、あからさまにからかうテンションで彼女はそう言ってきた……。


まったくこの子は……。


「……何だかんだ5、6年同じ職場で働いてるんですから普通に覚えるでしょう……。からかわないでくださいよ……」


「まあ確かにそうですね、すみません。ただそうですねー。何かせっかくゲームやってるのにお互い苗字呼びって味気無くないですか?」


「そうですかね?俺は別にいいと思いますけど」


「えー、何かつまんないですよー。じゃあ私ゲームやってる時は立花さんのことじゅんさんって呼ぶんで立花さんは私のことみやこって呼んでください」


「え、それは何かむず痒いような……」


「いいじゃないですかー。ゲームやってる時だけですし。ね?じゅんさん」


「……もう断っても聞かなそうですし折れますよ。みやこさん」


「へへへ、これで私たちは真の狩り友になりました」


「……え、そうなんですか?」


「そうですよ!それじゃあ早速クエスト行きましょう!バシバシ鍛えてあげるんで覚悟してください!」


「わかりました」


それから俺たちは『クエスト』というゲームの中でお願いされる依頼のようなものをこなしていった。


クエストの内容は色々あり、キノコや薬草などを複数調達するものからモンスターを討伐するようなものまで様々だ。


最初はみやこさんにくっついていくのが精いっぱいだったので、正直自分が一体何をしているのかも分からないような状態だったが、それでも初めてやるゲームに俺は確かに楽しみを感じていた。


その日だけでなく、それから俺たちは時間がある時は毎日家に帰ってきてからモンスレを遊んだ。


全然倒せなかったモンスターに少しづつだがダメージを与えられるようになっていったり、ほぼみやこさんのおかげだが、倒したモンスターの素材で装備や武器が強化されていくのが凄く嬉しくて、気が付いたら俺の方から『今日モンスレやりませんか?』とLINEを送るくらいにハマっていた。


そしてモンスレをみやこさんとプレイするようになってから、職場での生活にも少し変化が生まれた。


と言っても結局、お昼休憩や空いた時間などにみやこさんとモンスレの話をするようになったというだけのことなのだが。


勿論人前で堂々とは出来ないが、それでも少しの時間の中で「昨日のあの場面凄く面白かったですね!」とか「あのモンスターのあの技まじでやばいですね」とかそんな中学生高校生がやるような会

話をみやこさんとするのがとても楽しかった。


今では仕事に行く為だけに起きてた朝が、職場でみやこさんとモンスレの話をする為の朝に変わり、家に帰って寝るだけの帰宅が、みやこさんとモンスレをする為の帰宅に変わっていた。


勿論良いことだけではなく、寝不足になって仕事で変なミスをしたり、モンスレがやりたくて急に集中力が無くなる、みたいなことも多くなってしまったが、それでも前にみやこさんが言ったように、確かに今俺の人生には彩が生まれている。


ただ、俺は一つ大事なことを忘れていた。


いや忘れていたというか考えようともしてなかった。

―――――――――――――――


みやこさんとモンスレを一緒にプレイするようになってから約一年が経った。


その日もいつも通り起きて朝9時に出社して仕事をし、夜7時頃には帰宅する、筈だったのだがこの

日だけはいつもと少し違っていた。


帰り際職場の休憩スペースの自販機で缶コーヒーを買おうとしてた時、そこにいた二人の若い女性の

会話が耳に入ってきたのだ。


「いやー、いなくなるのやだなー。結構可愛がってもらってたんだよねーあたし」


「うん、今月だっけ?はやいよー。変な上司こないといいなー」


たったそれだけの会話だったのだがそれだけで大体全てのことが把握できてしまった。


実際に名前を出したわけでは無かったが、彼女たちがみやこさんの部署の子たちだということを俺は知っていたのだ。


彼女たちにとっての直接な上司はみやこさんしかいない。


つまり普通に考えたらいなくなるのはみやこさんだということになる。


その後俺は帰宅していつものように買ってきた晩飯を食べて、そしていつものようにゲーム機の電源を入れる。


ホーム画面で自分のフレンドがオンラインになってるかどうかが分かるのだが、見ると俺の唯一のフレンドであるみやこさんは、オンライン状態だった。


そしてもちろんモンスレをプレイしている。


ふとテーブルに置いた俺のスマホがぶるっと震えた。


開くとLINEの通知が一見来ていた。


送り主はみやこさん、内容は「はよはよ」という四文字だけだった。


最近のLINEのやり取りはほぼこんな感じだ、去年初めてまともにしゃべった時のあの何話せばいいのか考えていた時を思い出すとふと笑えてきた。


テレビ画面の左上に通知が二件来てることに気づく。


一つはボイスチャットの招待。もう一つはモンスレの部屋の招待だった。


俺はまず部屋に入る方の招待を了承し、その後ボイスチャットを繋いだ。


「あ、おつかれさまでーす。いやー今日の書類運びありがとうございましたー」


「ああいえいえ、女性であの重さは無理ですよ」


いつも大体最初はこんな感じの会話から始まる。


「ほんと腰砕けるかと思いました。うちの部署男子いないからああいう時大変なんですよねー」


「まあ書類運びくらいいつでもやりますよ」


「うわー頼もしいですねー」


彼女の様子はいつもと同じだった。


みやこさんの部署の子たちが知っていたということは恐らく会社には辞めることを言っているのだと思う。


彼女にとっての今は本心なのだろうか。


それともわざと明るく振舞っているのだろうか。


いや、そもそも俺の勘違いの可能性もある。


それに今の職場を辞めたからと言って、もう一生一緒にゲームが出来ないというわけでも無い。


今の時代時間さえあえば近くにいなくてもゲームは出来るのだ。


なのでほとんど心配はない筈、無い筈なのに俺は。


最悪なことばかり考えてしまう。


今そのことをみやこさんに聞くべきかどうか、正しいのはどちらなのかは分からない。


ただ俺はどうしてもこのもやもやが嫌で、みやこさんの、


「あ、とりあえずウィークリィ消化から手伝ってもらって良いですか?」


という言葉に対して、


「あ、その前に一つ聞いても良いですか?」


と返してしまった。


そして俺は彼女の返答を待たずにそのまま単刀直入に聞いた。


「みやこさんって今の会社辞めるんですか?」


俺の言葉に対してみやこさんは「……あ、あー、んとー」と何ともすっきりしない返答をした後にゆっくり話し始めた。


「そうですね、今月いっぱいであそこは辞めます。……まあ理由は結構ありきたりなんですけど、親が実家に帰って来いって言うんですよね。それでなんか父の知り合いの息子さんが私のこと結構気に入ってくれてるみたいで。まあお見合いみたいな感じですかね。私も数回あった程度ですけど良い人だなーて思ってて、それで多分そのまま結婚するんだろうなーって感じです。あはは……」


「……そうだったんですね、それはめでたいじゃないですか」


「あ、ありがとうございます。いやーもう私も今年で34だから、そろそろ親安心させなきゃなーみたいに思っちゃって、孫の顔とかも見せてあげたいですし……」


「そう、かもですね」


「…………」


「…………」


沈黙。


一年前も最初はこんな感じだった。


お互いに何を喋ればいいのか分からない、そんな感情。


ボイスチャットの場合相手の顔も見れないので尚更沈黙が深く感じた。


「……こうなるからやだったんですよ」


沈黙を破ったのはみやこさんだった。


「別に隠そうとしたわけじゃ無いですよ、ただ私実家帰ってその後結婚するってなったら多分もうゲームは一緒に出来なくなっちゃうんです。だからじゅんさんと一緒にモンスレが出来る残りの時間楽しくプレイしたくて」


「…………」


「言っちゃったら、どうしてもしんみりするじゃないですか……」


彼女は一つ一つの言葉を言うのが凄く辛そうだった。


それを聞いていて俺は自分が最悪なことをしてしまったことに気づく。


俺は例えどんな内容だったとしても聞いてしまったのなら必ず明るく振舞わなくてはいけなかったのだ。


それがみやこさんに対して俺が絶対にやらなくてはいけないことだった。


俺の役割だった。


それなのに俺は一番に自分のことを考えてしまった。


この楽しかった日々が終わってしまうことが嫌で嫌でたまらなくなってしまったのだ。


「……何かちょっとあれな感じですね。今日はもう落ちましょうか」


「そう、ですね」


「それじゃあ、また明日」


「また、明日」


そしてボイスチャットは終了した。


結局その後一週間、俺たちは一度もボイスチャットを繋いでモンスレをプレイしなかった。


お互い同じ時間にソロプレイはしていることがあっても、どちらも誘うことをしなかった。


職場でもほぼ毎日のように顔を合わせていた筈なのに、今はもうそれも無くなっている。


そしてそのまま日は進み、みやこさんが退職する日の前日になった。


前夜。いつも通り7時ごろ帰宅した俺は晩飯を食べ、そしてゲーム機の電源を付ける。


ほぼ毎日やってきたこのルーティンもあの日を境にどうも重く感じるようになってしまった。


特に二人とも何か悪いことをしたわけでも喧嘩をしたわけでもない。


それなのに何故かとてつもなく距離が離れてしまったように感じる。


ホーム画面でフレンド欄を確認する。しかし今日みやこさんはオフライン状態だった。


結局いつまでこっちにいるのかだとか、そういうことに関しては一切話すことが無かった為分からな

いが、もしかしたら何かしらの準備で忙しいのかもしれない。


引っ越しの準備も進んでいてもうゲーム機も片付けてしまっているかもしれない。


彼女はこの一週間楽しくゲームが出来ていたのだろうか?


この先彼女は一生ゲームをやる暇など無いのかもしれない。


もしそうならこの一週間はみやこさんにとってとても大事な一週間だったのではないだろうか。


俺はどうだった?


この一週間一人でゲームをしていて楽しかっただろうか。


いや、そんなことの答えは分かり切っている。


とてつもなくつまらなかった。


一年前みやこさんが言っていたこと。


『私の悩みを解決し立花さんの心の曇りも晴らせる方法です』


二人でゲームをしてたからこそ俺はこの一年楽しかったんだ。


だったら俺は絶対にこのままじゃ駄目だろ。


もう遅いかもしれないけど、でも例え遅くても彼女には伝えなくちゃいけないことがある。


俺はスマホを手に取った。


そしてLINEを開き、みやこさんに通話を掛ける。


しかし出ない。


ワンコール、ツーコール、スリーコール。


LINE特有のあの音楽が無音の部屋の中で鳴り続ける。


出てくれ。頼む出てくれ。


今日しかないんだ。


頼む、頼む、頼む。


「出ろおおお!!!」


「うわあびっくりしたあ!」


……とんでもないタイミングでみやこさんが通話に出た。


「す、すいませんあの、つい心の声が漏れちゃって……」


「いや逆に心の中で出ろって叫んでたんですか……こわいですよ」


……おっしゃる通りである。


「あの、今更で申し訳ないんですけど。これからモンスレやりませんか?」


俺は特に何の前触れもなくそう言った。


「え、今からですか?」


「はい」


「……あの、ごめんなさい実はもうやらないと思って片付けちゃって」


「じゃあもっかい出してください」


「えー!どうしたんですか急に、じゅんさんそんなこと言う人じゃなかったじゃないですか!」


「もしあれなら引越しの手伝いでも何でもします。どうしても今日みやこさんとモンスレがしたいんです。お願いします」


スマホ通話中で相手に自分の姿は見えていないのに俺は頭を下げていた。


「わかりました。10分15分ください。行きますから」


「はい、ありがとうございます」


そうして通話が切れた。


大体10分ちょっとたったくらいで俺が招待を送っていたボイスチャット通話にみやこさんが入ってきた。


「お待たせしましたー。超高速で接続してきましたよー」


「ありがとうございます」


「ありがとうございますはこっちのセリフですよ、気遣ってくれたんでしょう?」


「いや、そういうのじゃありません……。これは俺がどうしてもやりたかっただけで……」


「何か、一年前に自分が勧めたゲームをまさかこんなに楽しんでもらえてるなんて嬉しいですね。こ

りゃ育てた甲斐がありましたよ」


「育てられたというか、ほぼ頑張って追っかけてたって感じですけどね……」


「なんですかそれー、まるで私が教えるのへたみたいなー。まあでもこれで私がいなくなっても安心

ですね。一人でも、野良マルチでもモンスレやってけますよ」


「……それは、無理だと思います」


みやこさんからの返事は無かった。


だから俺は話を続けた。


「一年前俺がみやこさんに人生についての悩みを打ち明けたの覚えてますか?」


「はい、もちろん」


「俺本気であの日まで心が死んでたっていうか、とにかく無気力になってて一応強がってはいたんで

すが、相当酷い状態だったんですよ。でもあの日みやこさんが俺の異変に気付いてくれて、あそこまで追っかけて来てくれて、何より自分のことを見てくれてる人がいたことがとにかく嬉しかったんです。それだけでも十分だったのに、それどころかみやこさんは俺に自分の趣味を打ち明けてくれて、その後は確かにちょっと強引だったけど俺に趣味を与えてくれた。正直最初はゲームなんて続けられるのか?とか本当におもしろいのか?とか疑問に思うこともありました。でもやってみたら凄く楽しくて、気が付いたら一年たった今でもハマってる。どうして俺がここまでこのゲームを楽しめたか分かりますか?」


「それは、モンスレが面白いからじゃ……」


「違いますよ、みやこさんと一緒にプレイ出来たからです」


「……え?」


「俺がこの一年凄く楽しかったのはあなたと共に過ごせたからです」


俺が一年間ずっと伝えたかったこと、それがこれだ。


「一週間前はすみませんでした。俺ほぼ毎日一緒にゲームしてたのに全然みやこさんのこと分かってあげられてなかった、あの時俺がやるべきだったのはみやこさんと楽しくモンスレをすることだったのに、俺は自分の感情を優先してついあんな態度とってしまいました。……でもそれでも俺の感情は変わらなくて」


ここで急に自分の心臓がギュッと掴まれるような感情に見舞われた。


この先俺が言おうとしてることに自分自身が怯えてしまっている。


呼吸がおかしくなって、唇が震えているのが分かる。


こんなにきついんだな、まさか40過ぎて初めてこんな感情になるなんて。


俺は無理やり息を吸い込んで覚悟を決めた。


「今から言うことは正直に言うと俺のわがままで、何ならみやこさんにとって、とても迷惑なことです。もし不快に思ったら聞き流してください」


「……ちょっと待ってください!」


突然凄く慌てた口調でみやこさんはそう言った。


「……は、はい。あ、でもあんまり長く待たされると気持ちが切れちゃうというかチャージが必要になっちゃうっていうか……」


「……いや、分かってますけど、こっちもこっちで心臓爆発しそうなんで……」


みやこさんは俺がこれから何を言おうとしてるのかもう全て分かっているようだった。


でも、おかげで凄く気が楽になった。


俺はみやこさんの返答をを待たずに話を続ける。


「好きです、みやこさん。あなたと今後、いつまでもずっと一緒に過ごしたい。他の誰にもあなたを

渡したくない」


言ってしまった。


みやこさんは今どんな表情をしているだろうか。


こういうのは普通ボイスチャットなんかで絶対やるべきことでは無かったんだと思う。


でも、俺とみやこさんに限っては正解なんじゃないかと俺は思った。


だからこの場で言うことに決めたのだ。


「あの」


みやこさんが口を開く。


声のトーンからすると恐らく何回聞いてもどう聞いても脈ありな雰囲気はまるでない。


俺は目を瞑りみやこさんの言葉の続きを待った。


「私まさか34になってボイスチャットで告白されるなんて思いませんでした」


「…………」


やっぱ間違ったかもしれない……。


「あと遅いです、なんでこんなもうすべて手続きとか終わった後にそういうこと言うんですか」


「…………」


おっしゃるとおりです……。


「……あ、あの聞き流し」


「でも」


俺の言葉に対してみやこさんは食い気味でそう言った。


そして。


「私も好きです。じゅんさん。一年前からずっと」


そう言った。


いや、そう言ってくれた。


「え、お、ええええ!!!」


「もうどうすんですか、これから。私引っ越しの予定も退職届もガスとか電気とかもろもろ全部やり

なおしじゃないですかー!」


「え、ちょ、一年前からずっとって何で言ってくれなかったんですか!?」


「いや!そんなこと言うならそっちだってそんな素振り無かったじゃないですか!しかもファミレス

で彼女とか欲しいわけじゃ無いとか言ってたから脈無しなのかなって!」


「いや、まあそうですけど……」


「この年になると女は慎重になるんです!っていうか一週間前のあれ何なんですか?どこで聞いたか

知らないけど急に不機嫌になって!感じ悪いったらありゃしない!」


「いや、だって好きな相手がお見合いして結婚するみたいなこと言われたら不機嫌ていうか落ち込む

でしょ……」


「じゃあその時告白すればよかったじゃないですか!この意気地なし!」


「いやだからその分さっきしたじゃないですか……」


「いや!一週間前に告白してくれてれば面倒ごと少しは減ってたでしょう!」


「ああもう分かりましたよ!謝るんで静まってください!色んな手続きのこととかも全部手伝いま

す!」


「……当然でしょ、もうじゅんさんは私の恋人なんだから。あとさっき言ってたこと信じますから

ね。私もう次の相手探す気力無いんですから……。裏切ったら許しませんから」


許しません、とは言っているが、怒っているというような感じでは無かった。


むしろ照れてるような感じだった。


何だかそれがとても可愛く感じてしまって、つい俺は、


「それは大丈夫です。大船に乗った気でいてください」


と、前にみやこさんが俺に対して使った言葉を借りる形で返答した。


「あーもう腹立つ!そうやってからかってー!もういいですとりあえずモンスレやりますよ!ウィー

クリィ消化手伝ってください!」


「了解です。あ、それで改めて確認なんですけど、本当に俺で良いんですか……?」


「もう!だから私も好きだって言ってんでしょ!確認とかいちいちしないでくださいよー!」


「あ、ああ!すいませーん!」


この日からの数日間は正直言ってとにかく大変だった。


次の日の朝一でみやこさんはまず職場に電話をする。


今日辞めると言っていた人が急に、やっぱり退職取り辞めに出来ませんかと言ってきたことに会社は

ビックリ仰天どころでは無かったらしい。


代わりの社員補充とかがもう既に決まってたので、勿論怒られに怒られたらしいのだが、とりあえず

数か月間だけ他部署に行くという条件で何とか働かせてもらえることになった。


俺たちの関係については今のタイミングで周りに言ったところで混乱に混乱を重ね掛けするような感じになると思ったので、落ち着いた頃にゆっくり会社側に説明しようということになった。


実家には、実は元々好きな人がいて、どうしてもやっぱり諦められなくて今年一年だけ頑張らせてください。みたいな感じな出任せを言って、無理やり納得してもらったらしい。


なのでみやこさんの実家にも落ち着いた頃、挨拶に行くことになる。


そして恐らく一番肝心の住居についてだが、調べると既に退去することを伝えていた時点で入居者募集を掛けてしまうところが多いらしく少し不安だったのだが、聞くとまだ入居者が決まっていなかったみたいなので何とかなった。


その他色々必要だったことを全部細かく多方面に連絡したり手続きしたりの日々だったのだが、結局

一週間後には今まで通りの生活に戻っていた。


今まで通りというのは勿論。


「あーちょっと、モンスターに拘束された!みやこさん助けてください!」


「えー!私もそれどこじゃないですよ!石ぶつけてください!」


「石なんて持ってないです!」


「もう!何で事前に拾っとかないんですかぁ!」


この先どれだけの時間この生活が続くのかは分からない。


だからこそみやこさんと過ごす日々一日一日を大切にしていきたいと思う。


「みやこさん、ありがとうございます」


「もう!次は助けられませんよー」


「そうじゃなくて」


「え?どういうことですかー?」


「あはは、何でもないですよ。やっぱりみやこさんとやるモンスレは楽しいですね」


「なんですかーもう!」


俺たちは今日も、そしてこれからも。


きっと、二人でモンスレをやり続けるのだろう。

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あ、ヤバい。 こんなゲームで繋がる現代恋愛って好きだわ( ´∀` ) 漫画で見たいですわ( ´∀` )
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