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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

DRAGON-GAMEOVER

作者: 五歛子

 普段は夢なんて見ない俺が、変な夢を見た。

 目に映る景色は一面の荒野、所々に枯れ木が生えている。妙に視点が高い。高い所にいるのではない、夢の中の俺の体が大きいのだ。

 自分の手足を見ると、くすんだ赤色の鱗に覆われ、指には鋭い鉤爪が備わっている。まるで太古の恐竜のようだ。背中と尻に奇妙な感覚を感じる。しゅるりと尻から伸びる赤色の鞭のようなそれは、強靭な尾だ。背中からは、蝙蝠の羽が巨大化したみたいな黒い翼が広がる。周りには鏡や水溜まりなんてないため、自分の顔は確認出来ない。だが、なんとなく夢の中の俺は御伽噺やテレビゲームに登場する、所謂ドラゴンの姿になっているのだろうと想像がつく。


 目の前の少し離れたところに、突然光が出現した。何事かと眺めていると、光の中から人が現れた。

 その人物は派手な鎧を着込み、何処か特別感のある剣と盾を持った、精悍な顔立ちをした青年だった。外見からして、物語の主人公っぽいオーラを感じる。つまりドラゴンである俺は、今からこいつに退治される役割なのだろうか。現実では端役である俺は、夢の中ですら良くて主人公に倒される、やられ役にしかなれないのかと暗い気持ちが湧いた。

 戦士は気合いの雄叫びと共に、剣を振りかざし俺に向かって疾走してきた。怒りや虚しさを吐き出すように、俺は向かってくる戦士に息を吹き掛けた。吐息は燃え盛る火炎に変わり、あっという間に戦士を包み込む。戦士の口から悲鳴が上がり、闘志に満ちた顔は苦悶の表情に変化した。身を守るはずの金属の鎧は高熱でドロドロに溶け出し、むしろ戦士を苦しめた。体は見る見る間に炭化して、風が吹くと崩れ落ち骨すら残さずに消滅した。主人公は呆気なく敗北し、絶命した。

 主人公に勝ったということは、俺はやられ役ではなかったのだろうか。それともさっきの青年は、俺というやられ役に敗北した時点で、主人公らしく見えただけで彼もまたやられ役だったのかもしれない。理不尽な暴力で蹂躙し、運命を覆したような気分に浸り、俺の心は愉悦で満ちた。


 ぱちりと目が覚める。欠伸をしながら起き上がると、見慣れた小汚い光景が飛び込んできた。閉めきったベージュのカーテンで薄暗く、不快ではない程度の黴と汗の匂いがする俺の部屋。

 周りを見ると、半分くらい中身が残ってるポテトチップスの袋と、汚れたゲーム機のコントローラーが散乱していた。テレビの画面には大きく「GAMEOVER」の文字が確認できる。どうやら寝落ちしていたらしい。


 俺は世間一般で言うところの引き篭もりだ。親からの虐待とか、学生時代のイジメによるトラウマが原因とか、そんな大それた理由は無い。気が付いたら何となく、何時の間にかそうなっていた。

 別に調査とかしたわけではないが、全国の引き篭もりには、俺みたいなタイプの方が多いんじゃないかと思ってる。生きる楽しみはネットサーフィンにマンガ、アニメにゲーム。人様より時間があって長くやっているのに、ゲームの腕前は下手ではないと思ってるが、決して上手くはない。中途半端である。


 ずっと部屋の中に居ても息が詰まるので、俺はたまに外出してぶらぶらする。引き篭もりとしても、中途半端な男である。今日はなんとなく、近所の中古ゲームショップにやって来た。箱も無く投げ売りされているゲームソフトを眺めていると、一つのゲームソフトが目に留まり、それを手に取った。

 それは紺色のラベルに黄色いアルファベットでタイトルが記されてるだけの、シンプルな旧世代機のソフト。イラストも無いため、内容も想像できない。それが気になった俺は購入し、直ぐに帰宅した。


 ネットで調べても、一件もヒットしない。内容は謎だ。取り敢えず遊んでみるか、そう考えて押し入れから懐かしい旧世代のゲーム機を引っ張り出す。まだ動くかどうか心配だったが、スイッチを入れると無事起動した。

 それは横スクロールのアクションゲームだった。粗いドット絵の鎧を着た、剣と盾を持った主人公を操り、敵を倒したり罠を躱したりしながらステージを進んでいく。ステージの最後にはボスキャラが待ち構えており、それを撃破すると新たなステージに進めるようになる形式だ。単純だが、分かりやすくて楽しい。一昔前のゲーム特有の理不尽さを感じる所もあるが、頑張れば何とかなる程度だ。俺は時々詰みそうになりながらも、ステージをクリアしていった。


 最後のステージにたどり着き、最後の最後で最大の壁にぶつかった。最終ステージのボスは巨大な赤いドラゴン。こいつがかなりの強敵。離れれば火の息で焼き殺され、近付けば爪の一撃か踏みつけで御陀仏。

 こいつをどう攻略するか、それを考えて実行するのが最近の楽しみになっている。たかがゲームだが、心踊るのは確か。俺の灰色の日常が、彩られたような気がした。


「おっしゃあっ!」


 思わず歓喜の叫びが口から飛び出た。もう何度目の挑戦か分からないが、ついにドラゴンを倒すことが出来た。散々苦労したのに拘わらず、エンディングは真っ黒い背景に「The end」と文字が浮かぶだけという味気ないもの。

 何気無しにその画面を眺めていると、突然テレビの画面が捲れ上がった。


「……は?」


 いや、捲れたのはテレビの画面ではない。周辺の空間自体が捲れ、ひび割れが広がっていく。崩壊したパズルのピースのように見慣れた世界がバラバラになり、見慣れない世界が現れた。


 衝撃だった。そして、何処かで見た気がする光景。

 目に映る景色は一面の荒野、所々に枯れ木が生えている。妙に視点が高い。高い所にいるのではない、俺の体が大きいのだ。

 自分の手足を見ると、くすんだ赤色の鱗に覆われ、指には鋭い鉤爪が備わっている。まるで太古の恐竜のようだ。背中と尻に奇妙な感覚を感じる。しゅるりと尻から伸びる赤色の鞭のようなそれは、強靭な尾だ。背中からは、蝙蝠の羽が巨大化したみたいな黒い翼が広がる。周りには鏡や水溜まりなんてないため、自分の顔は確認出来ない。だが、なんとなく今の俺は御伽噺やテレビゲームに登場する、所謂ドラゴンの姿になっているのだろうと想像がつく。


 あまりのことに呆然としていると、光と共に鎧を着た戦士が登場し、剣を手に俺に襲い掛かってきた。俺は本能的に息を吐きかけた。吐息は炎になり、戦士を焼き尽くした。暫くすると、また新たな戦士が現れた。俺は身を守るために、そいつを踏み潰した。


 ドラゴンになった俺は来る日来る日も、次々と現れる挑戦者達を薙ぎ払い、屠っていった。これは夢なのだろうか?だとしたら終わりが来るのだろうか?もしかしたら俺が抵抗せずに、大人しく倒されたら目が覚めて、現実に戻るのかもしれない。しかし違っていたら?死への恐怖は反撃の手を緩めさせない。

 こうして今日も俺は、敵を蹂躙し続ける。俺がプレイしたゲームの主人公のような、ドラゴンである俺を倒す英雄か現れるその日まで。

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