北朝鮮の弾道ミサイルの威力や命中精度
北朝鮮が開発している弾道ミサイルの性能や威力についてのまとめ。
今回は小川和久氏の『日本の戦争力vs北朝鮮、中国』(2007年)や、かのよしのり氏の『ミサイルの化学』(2016年)なども参考にしています。
◆ 北朝鮮の弾道ミサイルの威力や命中精度
● 原爆と水爆の原理
原子爆弾は、ウランなどの重い原子が「核分裂」するときに出るエネルギーを使う。
その原理は、ゆっくり核分裂させてエネルギーを取り出す原子力発電所と同じ。
一方、水素爆弾は、重水素のどの軽い原子が「核融合」するときに出るエネルギーを使う。
こちらの原理は、燃えている太陽と同じ。
水爆は核融合を起こす起爆装置として原爆を使用するため、原爆の開発を飛ばして水爆を開発した国はない。
● 「濃縮ウラン型」と「プルトニウム型」の違い
原子爆弾は、核分裂物質として何を使うかによって、「濃縮ウラン型」と「プルトニウム型」の二つのタイプに分かれる。
1945年8月6日に広島に投下されたのは「濃縮ウラン型」で、
1945年8月9日に長崎に投下されたのは「プルトニウム型」。
原子爆弾は、ウラニウムやプルトニウムの原子を分裂させたエネルギーを爆発力と利用した爆弾で、
「原子」とは、「陽子」(プラスの電気を帯びる)と「中性子」(電気を帯びない)からなる「原子核」と、およびその周りを回る「電子」(マイナスの電気を帯びる)によって構成されているが、原子の分裂とは、この原子核の分裂にほかならないということで、原子分裂とは言わず「核分裂」という。
この核分裂が起こると、爆薬の爆発などとはまったく桁の違う大きなエネルギーが生み出される。
しかし、大抵の原子は、まず核分裂をしない。
たくさんの陽子と電子を持った原子ほど分裂しやすいが、人工的に分裂させやすいものとして原爆の材料に使われるのが、原子番号92の「ウラン」(ウラニウム)と原子番号94の「プルトニウム」。
ウラン鉱石は、アメリカやオーストラリア、カナダ、カザフスタン、北朝鮮など、世界のあちこちにあるが、
ウラン鉱石は、他の金属資源と同様、鉱石のままでは使えないため「製錬」する必要がある。
製錬して鉱石からウランを取り出すことは難しくないが、そこからさらに「ウラン235」と「ウラン238」を分離する必要がある。
どちらも原子番号92、つまり陽子の数が92なのだが、「ウラン235」は中性子の数が143で、「ウラン238」は146となっていて、
しかしたったそれだけの違いで「核分裂しやす、しにくい」があり、
普通は「ウラン235」のほうしか爆弾の材料にならない。
しかし、ウラン235は製錬されたウランの中にわずか0.7%しか含まれていない。
爆弾を作るならウラン235が90%以上でなければならない。(原子炉で使うなら20%以上でかまわない)
そして、このウラン235の割合を高めたものを「濃縮ウラン」という。
このウラン濃縮作業には、高い技術と非常に大きな設備を必要とするため、経済力の低い小国ではなかなか原爆を作ることはできない。
また、濃縮させたウラン235を核分裂させるには、「臨界量」という核分裂するのに最低必要な量があり、その臨界量は濃縮度や爆弾の構造、起爆の方法等でも違ってくるが、
「ウラン235」で3kg~15kg、「プルトニウム」で1kg~5kg必要されるといわれている。
一方、水素爆弾のほうは、「核融合反応」を利用した爆弾で、核融合というのは、核分裂とは逆に、2つの原子が合体して一つの原子になることをいう。
太陽が熱と光を出しているのも、太陽の中で水素原子同士が合体してヘリウムに変わる核癒合反応のエネルギー。
核融合を起こすには、太陽の中心部くらいの高熱・高圧が必要で、それは原爆でもなければ作り出せず、そのため、水素爆弾には、起爆装置として原爆が必要になってくる。
「濃縮ウラン型」と「プルトニウム型」で、
「濃縮ウラン型」は、小型化には適さないが、兵器化に際して核実験をする必要がない。
アメリカは、広島に落としたタイプの核実験はしていなかった。
長崎に投下したのと同じプルトニウム型のほうでは、1945年7月16日、米ニューメキシコ州アラモゴードで、アメリカは人類史上初となる原子爆弾実験(実験名トリニティ)を行っている。
また、濃縮ウラン型は、遠心分離器を使うウラン濃縮プロセスを普通の建物に分散できるため、攻撃目標になりにくい。
一方、「プルトニウム型」は、兵器として小型化しやすく、また原料も、原子炉でウランを燃やすことによって得られるプルトニウムを原料として使う。
また、原爆と水爆の威力の違いは、
原爆(=核分裂型核兵器)では100KT程度の破壊力が上限となるが、
水爆(=核融合型核兵器)なら、ほとんど爆発力の上限はなくなる。
旧ソ連は100MT(メガトン、1メガトンはTNT火薬100万トン)の水爆を爆発させた例がある。
なお北朝鮮は、過去数十回にわたって訪朝したパキスタンのアブドラ・カディール・カーン博士によって、核兵器の設計図や遠心分離機の実物を手渡されているという。
● 重い核爆弾を弾道ミサイルに搭載して飛ばすために必要となる「弾頭の軽量化」
1945年8月に日本へと投下された二つの原子爆弾は、広島の濃縮ウラン型で5トン、長崎のプルトニウム型で4.5トンと非常に重いものだったが、これだけの重さになると、ミサイルに乗せることも大変難しい技術の問題になってくる。
1945年8月6日に投下された原子爆弾は「濃縮ウラン型」で、
コードネームを「リトルボーイ」といい、長さ3.12m、直径0.75m、重量5t、起爆は「ガンバレル方式」で、威力はTNT火薬15キロトン。
1945年8月9日に長崎に投下されたのは「プルトニウム型」で、
コードネームを「ファットマン」といい、長さ3.25m、直径1.52m、重量4.5t、起爆は「インプロージョン(爆縮)方式」で、威力はTNT火薬22キロトン。
重い核爆弾を弾道ミサイルの弾頭に搭載して飛ばすには、核爆弾を乗せる弾頭の軽量化が必要になる。
北朝鮮は、2016年2月に弾道ミサイル発射実験となる人工衛星打ち上げを行い、アメリカ本土を核ミサイルで攻撃するために必須となる核弾頭の小型化技術を確立したと宣言したが、
しかしそれ以前に、北朝鮮はパキスタンとイランと協力して、弾道ミサイルの弾頭として搭載できる段階にまで、弾頭の小型化を成功させていた可能性が高い。
北朝鮮は、弾道ミサイル「ノドン」(射程距離1300キロ)の開発に際して、パキスタンとイランで事前に発射実験を行い、その実験データを持ち帰って「ノドン」を完成させていた。
そして北朝鮮は完成させたミサイルを改めてパキスタンとイランに売り、パキスタンではこれを「ガウリ」と名付けて配備したが、
さらにその改良型の「ガウリ2」(射程距離1800~2300キロ)では核弾頭が搭載可能になっていたという。
北朝鮮がソ連から提供を受けた「スカッド2」ミサイルから改良して完成させた「ノドン」の弾頭のペイロード(搭載可能重量)は500~700キログラムだが、パキスタンはその重さの核兵器を製造する技術をクリアしていた。
● 「固体燃料式」と「液体燃料式」の長所と欠点
北朝鮮の弾道ミサイルは、兵器の世界では旧式。
先進国の新型の弾道ミサイルはすべて固体燃料式だが、北朝鮮には液体燃料の弾道ミサイルしかない。(2007年時点)
「固体燃料式」のミサイルは、合成ゴム系の基剤にアルミニウムなどの金属粉や酸化剤を混錬したコンポジット推進剤と呼ばれる固体燃料を燃やして推進力を得る。
固体燃料を充填すれば、以後は常時発射可能となり、即応性が高まる。
一方、「液体燃料式」のミサイルは、液体水素、ケロシン、ヒドラジンなどの液体燃料と酸化剤をエンジンの燃焼室で混合し、これを燃やして推進力を得る。
液体燃料は、化学肥料や農薬を作る技術力さえあれば製造できる。
第二次世界大戦中にドイツがイギリスに撃ち込んだ「Ⅴ2ロケット」や、旧ソ連のスカッドミサイルは液体燃料式だった。
「スカッドミサイル」とは、旧ソ連が開発した自走式発射機搭載型の短距離弾道ミサイルのこと。
北朝鮮は、このスカッドミサイルを改良して「スカッドB型」(射程距離300キロ)、「スカッドC型」(射程距離600キロ)を開発し、
さらにC型をベースに「ノドン」(射程距離1300キロ)、さらには「テポドン1号」(射程距離1500キロ)、「テポドン2号」(射程距離3500~6000キロ)、
新型中距離弾道ミサイル「ムスダン」(射程距離3000~4000キロ)を開発・製造したが、いずれも液体燃料式のミサイルばかり。
代表的な液体燃料は「非対称ジメルチルヒドラジン」で、北朝鮮もこれを使っていると思われるが、液体燃料は取り扱いが面倒で、毒性が強く、長時間入れておくと燃料タンクを内部から腐食するなどの欠点がある。
液体燃料では、燃料自体と燃料タンクの腐食対策によって注入済みの状態で一定期間、発射可能の状態にしておけるが、スカッドの場合でも一ヶ月余り。
一般的に、スカッドやノドンは液体燃料が空のままトレーラーに搭載され、燃料を積んだタンクローリーが随伴して、森や洞窟の中に隠されている。
発射するときは偵察衛星に見つからないように、できれば夜、曇り空の下で発射時点まで移動し、ミサイルを直立させてから、ゆっくり液体燃料を入れるという手順が必要となる。
燃料の注入には、ノドンの場合で4~5時間以上かかるといわれている。
また、事故が多く、液体燃料式ミサイルの燃料漏れ事故が、過去に各国でしばしば起こっている。
1980年にはアメリカのリトルロック空軍基地で、不注意からサイロ内に落とした工具がタイタン2ミサイルに当たり、燃料タンクを傷つけて燃料が漏れ、爆発して核弾頭を空中に吹き飛ばすという重大事故が発生。
米軍では、こうした事故をきっかけにタイタンの退役を早め、液体燃料式をやめて固体燃料式ミサイルを採用した。
2006年7月5日に北朝鮮が打ち上げ実験を行った「テポドン2号」も、発射直後に空中分解して日本海へと墜落したが、それも、液体燃料を早く入れすぎたために燃料タンクが腐食してしまっていたことが原因だった。(アメリカ公的機関からの発表)
● 北朝鮮ミサイルの命中精度
北朝鮮の「スカッドC」や「ノドン」の命中精度は「半数必中界」で1~2km程度ではないかと推測されている。
北朝鮮の弾道ミサイルでは旧式の液体燃料が用いられていることや、電子光学技術レベルの低さから、その誘導装置も基本的にスカッドBの慣性誘導方式を基にしたもので、それほど高い命中精度(誘導精度)があるとは考えられない、とするのが世界の一般的な評価。
ミサイルの命中精度を表す「半数必中界」とは、目標の中心から「50%の確立で」(これが「半数」の意味)半径何メートル(フィートやキロメートルでもよい)以内に命中(落下)するかという、兵器の命中精度を示す用語。
英語の「サーキュラー・エラー・プロバビリティ:Circular Error Probability」の頭文字をとって「CEP」と略記される。
CEP2キロというと、半径2kmの円内、直径4kmの円の中に、50%の確立で落下(命中)するということ。
つまりCEPで示された数値の円の内部に、撃ち込んだミサイルの約半分が命中するという意味。
アフガニスタン作戦やイラク戦争で多用されたアメリカ軍の「GPS衛星誘導爆弾」(JDAM)のCEPは3~4m程度、
レーザー誘導爆弾は1.5m~2m、トマホーク巡航ミサイルのCEPは十数メートル程度で、
このくらいになると、ある建物を狙って直接当てることができる。
そしてそのくらいになれば、核弾頭を使わなくても相手が大切と考える目標を一つ一つ確実に破壊できるようになる。
● 北朝鮮ミサイルの威力
ミサイルに搭載されるのが通常弾頭の場合なら、被害は限定的で済む。
「ノドン」は、弾頭の重さが推定900キログラムで、積むことのできるTNT火薬の量は推定500~700キログラム。
日本まで届く巨大な大砲程度で、破片効果は数百メートル圏に及ぶが、住宅密集地に落ちて家屋が20~30軒めちゃくちゃになり、ビルに命中してその棟に大きな被害が出る恐れはあるものの、シェルターに批難すれば、直撃を受けない限りは助かる。
一方、「ノドン」に核爆弾を搭載しようとすれば、核弾頭は直径1.58メートル、重量1,000~1,200キロ以下にまとめる必要がある。
「スカッドC」なら直径8センチ、重量は最大でも500~800キロ程度にしなければならない。
しかし、この程度の核爆発装置を造るのは、一般的に入手できる知識と技術をもってすれば、それほど、難しいものではない。
北朝鮮の「スカッドC」や「ノドン」に通常弾頭を乗せたものであれば、被害は大きなものにはならないが、そもそも弾道ミサイルというもの自体が非常に命中精度が低いものであるため、通常弾頭を飛ばしてもほとんど意味がない。
通常弾頭を撃ち込むために弾道ミサイルの開発などしない。
しかも、弾道ミサイルを防衛できる有効な手段が、ほとんどないため、(2007年時点)
それゆえ、相手にとっては大きな脅威、つまり軍事的脅迫手段、ないしは相手から軍事的攻撃をされないための抑止力となる。
北朝鮮の「スカッドC」や「ノドン」の命中精度は「半数必中界」で1~2km程度ではないかと推測されているが、
通常弾頭ではなく、日本の広島や長崎に投下された原爆程度の破壊力(TNT爆薬に換算して1万2000~2万トン、これを12~20キロトン=KTと書く)があれば、CEP2km程度の命中精度のミサイルでも問題なく使用できる。
北朝鮮の「ノドン」や「ムスダン」に核弾頭を搭載した場合、その威力は12~50KTになるとみられている。
● 北朝鮮が弾道ミサイル以外で、核爆弾を敵国に撃ち込む方法
核爆発装置の運搬手段としては、弾道ミサイルのほかに、巡航ミサイル、航空機に搭載する爆弾や空対地ミサイル、船舶に搭載してそのまま爆発させる「自爆型」などがある。
しかしまず、巡航ミサイルや空対地ミサイルに核弾頭を搭載させるには、当然、弾道ミサイルよりもさらに核爆弾の軽量化が必要となるため難しい。
しかも、巡航ミサイルを長い距離、正確に飛ばすには、効率の良いジェット・エンジンと精密な誘導ができる装置が必要となるが、その技術もまだ北朝鮮にはない。
また、空対地ミサイルを積んで直接撃ち落す場合でも、ミサイルを運搬する航空機は目標に対して、射程内まで接近しなければならない。
ミサイルの射程を伸ばせば目標に接近しなくても済むが、例えば北朝鮮の領空内やその近くから日本を攻撃できるほど長射程の空対地ミサイルは、巡航ミサイルと同様なレベルの技術が必要になるし、またそのようなミサイルは大型、大重量となるため、そのミサイルを搭載する航空機も爆撃機のような大型機でなければならなくなる。
2007年時点において、北朝鮮が保有する最も強力な爆撃機は、旧ソ連が1940年代末に実用化した「II-28」(NATOのコードネームは「ビーグル」)という双発ジェット軽爆撃機で、最大積載量2トン、航続力は2400キロ。
空中給油装置は持たず、この航続力ではぎりぎり日本本土を攻撃可能な程度。
だが、航空自衛隊によるレーダー探知から逃れようとするなら、できるだけ低空を飛び、そして目標近くで最大速度を出すことが求められ、そうなると燃料の消費が早くなって、さらに航空機の行動半径が短くなる。
片道攻撃覚悟で飛び込んでいくとしても、「II-28」の最大速度は高度4500メートルで時速930キロしか出ず、さらに低空ではもっと最大速度は低くなる。
そしてこのような飛行機であれば、航空自衛隊が日本海上空で捕捉して撃墜するのも容易になってしまう。
攻撃を先制的奇襲で行えば、最初の一回だけは成功する可能性が高いが、しかし反復攻撃能力がないのであれば、軍事的脅威としてそれほど大きくなく、平時における抑止力としての効果も低い。
その点、弾道ミサイルなら反復攻撃、一世の飽和攻撃が可能で、しかもその阻止が非常に難しい。
船に核爆発装置を搭載して港に入り、そこで爆発させるという自爆核攻撃という方法も、いた朝鮮の核実験以来、米国を中心として世界中でコンテナの中身を積出港で検査する制度が施行されるようになってからは、実行が難しくなった。
日本でも北朝鮮の船舶入港規制のような方策を実施している。
結局、北朝鮮の核攻撃で最も大きな脅威となるのは、弾道ミサイルに搭載された核爆弾による攻撃ということになり、そのため北朝鮮は、今後も弾道ミサイルや高性能な巡航ミサイルによる国家防衛の道を充実させていくこととなるだろう。