24.***呪源***
「派手だな」
星がない夜空を見上げる北斗がぽつりと呟く。その手が止まったのを見咎めた同僚が声をかけた。
「おい、手が止まってるぞ」
「ああ、もう札はいらなくなるから」
理由を言わない北斗の目は、網のように広がる結界を視ている。同僚は不可思議な言葉に視線を空へ向け、瞬きを繰り返した。星がなく月もない夜空が、明るくなった気がする。
神族や式神を視るほど能力が高くない同僚へ、筆を仕舞いながら北斗が帰宅を促した。
琴と笛が即興で奏でる楽が途絶えた。
「届いたようね」
「ええ。後は彼らに任せましょう」
ここから先は神族の領分、陰陽師である真桜の役目――今上帝は妻の肩に着物を一枚羽織らせる。温もりに頬を緩めた青葛の姫へ、山吹は触れるだけの接吻けを贈った。
「呪詛が動くぞ」
人形を纏ったアカリの指摘に、真桜は青紫の瞳を伏せた。感じられる呪詛は色を濃くしていく。どうやら結界の中に閉じ込められたことで、濃縮された攻撃性が暴走したらしい。
誰彼構わず襲う前に、呪を解かねばならない。
「追えるか?」
「ああ」
アカリの手を取った真桜が空間を繋ぐ。一息置いて、華炎が後を追った。
霊力と神力をかなり使った体での移動は負担が大きい。現れた場所で、真桜が膝をついた。肩で何回か息をついて整えて顔を上げる。
「……藤之宮様のお屋敷、か?」
先代帝には年の離れた妹君がいた。親子と呼ぶほど年齢が離れた彼らはほぼ顔を合わせることなく、それ故に妹姫の宮廷内の地位は低い。すでに山吹が立太子したため、帝の妹であり女性である彼女は後見となる有力な貴族を見つけられなかった。
2つ年下の姪が皇太子たる山吹の妻と定められた後、彼女は宮廷を追われるように去ったと聞いている。つまり、彼女は天津神の血を引く巫女の資質があった。
「またか」
アカリが眉を顰めたのも当然だ。
今上帝の妻であり従兄弟でもある青葛の君は、嫉妬で都を滅ぼしかけた。ようやく一段落したと思えば、次は叔母の藤之宮たる姫君が呪詛で国を傾ける。
陰陽寮に属するの陰陽師のほとんどは大した霊力を持たない。神族や式神を視れない彼らより、天津神の血を引く姫君の方が霊力の質が高かった。そして、稀に先祖返りのように霊力が豊富な者が生まれる。
なぜか女性に強く受け継がれる霊力は、長い髪が関係しているかも知れない。事実、陰陽師は『長い髪に霊力が宿る』として、髪を伸ばす慣習が伝えられていた。
人間にとって髪に宿る程度の霊力は誤差であり、ほぼ迷信に近い。しかし足元に引き摺るほどの長さ、それも天津神の末裔となれば効果的面の筈だった。




