15.***天授***
当代きっての陰陽師が寝込んだ。その原因が、一人の女の呪詛である可能性にアカリが首を傾げる。
闇の神族の力は強大だ。それこそ、光の神族よりもよほど単独での能力は高かった。いくら人間との間の子でも、真桜がここまで呪詛に当てられるのはおかしい。
朝日が差し込む庭に降り、アカリは素足で大地を踏みしめる。薄絹だけを纏った姿は、息が凍る早朝の寒さの中で輝いた。空に挨拶するように一礼し、朝日に膝をつく。
『珍しいこと、どうかしましたか?』
尋ねる声は朝日のまぶしさに溶ける。誰の耳にも聞こえない天照大神の声が光となって届き、アカリが顔を上げた。姿は見えない。
今の地上は光の神族の降臨が続いたことで闇が濃くなった。光と闇の均衡を今以上壊さぬため、降臨を控えているのだ。アカリ自身も神格を一時的に返上しなければ、こうして地上に在ることは許されなかった。
キンと凍りつく音がして、周囲の音が一切消えた。
『均衡が崩れていませんか』
言葉はかなり省略された。光と闇の均衡が、彼らが地上に降りないと決める前より崩れているのではないか。もしかしたら人の闇が、神族の区分に入り込むほどに。
慣れている天照は声に感情を乗せて返した。
『いえ……徐々に戻りつつあります。だが、アカリの心配はもっともです』
陽光が凝ったような白い光が真っ直ぐにアカリの上に注ぎ、すぐに消えた。アカリの手には、光る石が残される。勾玉の形をした石は自ら光を放っていた。
『扱いは任せます』
頷いたアカリが身を起こして一礼する。シンと静まり返って音を失った庭に、雀の鳴き声が戻った。近隣の家々で下働きたちが動き出す音が聞こえ、牛馬の嘶きが届く。
「……使わずに済ませたいものだ」
アカリの呟きは、誰にも届かず消えた。
眠り続ける真桜の元へ行き、額に手を当てる。人形を纏ったアカリの手に伝わる体温は、まだ高かった。外にいたアカリのてが冷たかったのか、真桜が目を開く。
「ん、アカリ?」
掠れた声に頷き、そっと水を口に含んだ。乾いた唇に重ねて口移しで水を与える。病人の介護であっても滅多にしない行為だが、真桜は黙って受け止めた。




