02.***醜聞***
「……昨夜の夜更かしが過ぎた、か」
くすくす笑うアカリの言い方に、ちょっと頬が赤くなる。
妙に色っぽいアカリの唇が紡ぐだけで、同じ言葉でも意味が違って聞こえた。まるで二人で仲良く(意味深な)夜を過ごしたような……閨に通じる艶が滲む。
「ちょ……人聞きの悪い言い方を」
「へえ、随分仲良しだな」
注意しようとした真桜の言葉を、同僚の北斗が遮る。黒髪に焦茶の瞳を持つ日本人らしい外見の北斗は、人懐こい笑みを浮かべて真桜に抱きついた。
がっしりした腕を回して寄りかかる姿は、アカリと裏腹に艶っぽさの欠片もない。まさしく男友達がふざけている姿にしか見えなかった。
だが、気に入らない。
むっとしたアカリが手を伸ばすより早く、真桜が躓いた。只人には見えないが、付き添っていた式神である華守流が風を操り助ける。
『気をつけろ』
「悪い、助かった」
礼を言って隣を見れば、華炎が目を逸らす。足を引っ掛けた張本人だが、どうやら馴れ馴れしい北斗の態度が気に入らないらしい。
そこで原因である北斗ではなく、抱き着かれた主を標的にするあたりが華炎なのだが。
「よくやった」
華炎を褒めるアカリがにっこり笑う。美しいが、どこか怖い笑顔に北斗が両手を挙げて後ろに下がった。降参だと態度で示しながら、器用に肩を竦めている。
「もうしません」
北斗の宣言に言霊が含まれないと知りながら、アカリは素直に頷いて表情を改めた。宣誓が欲しいわけではない。
『……俺は謝らんぞ』
華炎に視線を向け、ひょいっと彼の黒髪を撫でる。この場にいる者には視えるが、外の只人に見えないのを承知で、空中を撫でるという不審な行動をした真桜が笑った。
「さて、今日は何もなければいいけど」
切り替える彼の言葉に、北斗が苦笑いする。
「ああ……もう失せ物探しはごめんだ」
昨日まで、北斗と彼の同僚のほとんどが探し物に駆りだされていた。摂政と縁続きの有力貴族の婿が、文を失くしたのだ。通常なら陰陽寮が出てくる話ではないが、何分にも有力貴族という部分が悪く働いた。
北の方(奥方)ではない女性に送る恋文であり、また婿殿より奥方様の方が生まれついての地位が高い。浮気は男の甲斐性とされる平安であっても、やはり婿殿の地位が低いことで奥方とその父君の逆鱗に触れた。
なんとしても手に入れようとする奥方様側と、どうしても発見されたくない婿殿側の戦いに、陰陽寮が呼び出された原因は……権力を乱用した奥方の父君だった。




