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【完結】陰陽師は神様のお気に入り  作者: 綾雅(りょうが)今年は7冊!
第1章 陰陽師は神様のお気に入り

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15.***狂桜***

 鬱蒼(うっそう)とした森の端、人間達が住まう地区から見れば奥深くに当たるだろう。


 日差しが降り注ぐ湖のほとりにある小ぶりな岩に手を触れた。石と呼ぶには大きく、だが岩と称するには小さい。


 周囲の岩はすべて苔むしているのに、真桜の手が触れた石だけ白い表面を晒していた。


 湖の湿気と適度な日差し、最高の条件が整っている筈の場所で、不自然なほど白い石だ。新しく持ってこられた石でないことは、風化して周囲に同化した姿から明らかだった。


「久しぶり……」


 そっと表面を撫でて声をかける。


 人間の目には視えないが、周囲を囲む形で小さな注連縄(しめなわ)が巻かれていた。


 小さな(ほこら)のような様相の石をゆっくり撫でれば、冷たい表面がじわりと温かくなる。応えるような熱を手のひらで受け止め、青紫の瞳を細めて笑った。


「ごめんな……暗いだろ」


 何度か撫でる真桜の手が、ふと動きを止めた。


 眉を顰めて顔を上げた先、桜の大木が葉を揺らしている。風に葉や枝を揺らす姿は見慣れたものだが、不自然な香りが陰陽師のカンに触った。


 青紫の瞳に映るのは、人の見る景色と人外の視る気の流れ――黒く帯状に漂う邪気だ。


「なるほど、黒葉じゃ手を出せない筈だ」


 邪気に軽く指先を這わせ、絡み付くような不快感を霊気で祓った。ぼんやり全身に青白い気を纏わせ、真桜は無造作に足を進める。


『真桜!』


 華守流が前に回りこみ、愛用の青龍刀を構えた。背後を護るように華炎が薙刀に似た得物を邪気へ向ける。


「平気だ。あれはオレに触れることも出来ない」


 自信過剰に言い捨て、真桜は黒い帯状の邪気に指を這わせた。桜から届く邪気は触れた場所から霧散してゆく。


 蒸発したように跡形もなく消えた邪気に華炎が小首を傾げた。


『……おかしい』


「……そうだ、おかしい」


 わざわざ真桜を誘き出す為に設えられた場のようだ。彼女を囮にすれば、真桜本人が動くと知っていて邪気を放ったとしか考えられなかった。


『……誘き出されたか』


 黒葉を含め、闇の住人が触れられない『邪気』を流して真桜を呼び出したのだとしたら、その目的は何か。害するなら、界の狭間であるこの場所に呼び出す意味はない。


 逆にいざという場面で真桜に根の国へ逃げ込まれたら…? 


 ならば別の目的か意図があって……そこまで考えて弾かれたように顔を上げた。


「やられたっ! 戻るぞ!!」


 指先で小さく陣を切る。その上に言霊を含んだ息を吐いて場を整えた。慣れている華守流と華炎が並んだと同時に、彼らの姿はその場から消える。


 ざわり……桜が蕾を膨らませた。真桜達が姿を消して僅か一刻足らずで桜は花開いて、甘やかな香りを漂わせる。その季節はずれの狂い咲きを見た者がいたなら、禍々しさに息を飲んだであろう。


 はらりと落ちた花びらが、白い石を埋めるように降り積もった。






 背筋が凍る冷たい気に愛刀を召還する。鞘なしの抜き身は黒い刃をしていた。


 手の内に馴染む刀は装飾豊かな飾り物のように見えた。しかし実際は闇を統べる『あの方』が作りだした神力の塊だ。そこらの悪霊など、抜刀するだけで消滅させる程の能力を持っていた。


 真っ黒な刀身に左手を滑らせる。流れた血が鞘代わりである闇を祓い、銀色に輝く刃が顕になった。


 正眼に構えて呼吸を整える。


『……まさかっ!?』


 白い煙のような塊が形を映し出した瞬間、相手の姿に息を飲む。触れもせずに指さしただけで、アカリの体を引き寄せた『それ』がにたりと嗤った。

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