14.***想母***
「藍人の乳母は見つかったか?」
「……見つかったよ。残念だけど」
当事者がいるからか。山吹は言葉を濁した。それは見つかった乳母が生きていなかったという意味だ。宮中に上がった人間の管理は、専門の者が配置されている。不審死などあってはならなかった。
帝が住まう御所内に穢れがあれば、陰陽師が祓う仕来りだ。しかし陰陽寮に「祓い」の依頼はなかった。つまり調べなければ、彼女の存在自体をなかったことにして消されたという意味だ。
「ならば呼べばよい」
アカリは神様らしい残酷な言葉を吐く。必要だと考えれば、他者の気持ちや意向など気にしない。己がやりたいように振る舞うのが神族の特徴であり、彼らしい部分でもあった。
藍人を見やった真桜が懸念を表明する。無言で示された仕草と表情に、アカリは苦笑いした。
「人とは深く考えすぎるものよな。知らぬは罪となり、道を誤る原因となる。そなたが一番よく知っておるだろうに」
母の死の原因を知らなかった当初、確かに惑わされた経験がある。悪霊の言葉に耳を傾け、同族に牙を剥いたのだ。『父に母は殺された』冷静に考えればわかることを、真実を知らされなかった事実を深読みして誤解し、騒動を大きくした。
その経験を生かさず、同じ道を辿らせるのか。問うアカリの声色は冷たかった。感情を一切込めず、淡々と事実の刃を突きつける。
「……やっぱり、アカリは神様なんだな」
ふっと表情を和らげた真桜は、困惑顔の藍人を手招きした。顔をみてきちんと説明する必要がある。伝えるなら中途半端なことはしない。
「藍人、ここに座れ」
「はい」
何か大切な話だと感づいた彼が正座し、その前に同じように座った真桜が藍人の手を掴んだ。己の右手のひらの上に藍人の手を乗せ、上から左手で包む。
「悲しい知らせだ。藍人を育てた乳母が亡くなった」
「……はい」
静かに頷く少年は、まるで最初から知っていたように取り乱すことはなかった。感情を削ぎ落した少年の顔をみながら、真桜は「やっぱりな」と呟く。
藍人は乳母が自分の身代わりに殺されると、知っていたのだ。何度も乳母に一緒に逃げるよう懇願したかもしれない。彼女を助けようと手を打ったとして、それでも失われることを知っていたとしたら。最初に門を潜った時の覚悟を決めた表情を思い出す。
「彼女を呼んで話をしようと思う。どうする?」
ごくりと喉を鳴らした藍人は、真っ赤な目を潤ませながら頷いた。その頬に一筋、涙が零れ落ちる。
「お、邪魔でなければ……ここに」
姿を見るだけでいいと願う子供の声は震えていた。白と赤という特殊な色違いで生まれた子を、母親は蛇蝎のごとく嫌い触れなかった。そんな赤子を哀れと、乳母になった彼女は必死に愛情を注いで育ててくれたのだ。産みの母より大切な存在に、一目会いたいと願うのは当然だった。
本来ならまだ親の庇護下にある年の子供に、真桜は己を重ねてみた。だから初対面で彼を認めたのだ。護ってくれる存在がいないこの世で、彼が生きられる居場所を作る手伝いをしたいと思った。居場所を与える神のような驕った考えは持たない真桜は、ひとつ息をついた。
「3つだけ守れ。彼女に触れないこと、許可が出るまで声をかけないこと、絶対に結界から出ないこと」
「わかりました」
陰陽の術を多少なりと習った藍人は、誓約の怖さを教えられている。真桜が頬を緩めて頭を撫でてやろうとしたが、先に動いたのは糺尾だった。ふわふわの尻尾を左右に振りながら、藍人の膝の上によじ登る。重なった手をぺろぺろ舐めてから「きゅーん」と鳴いた。
「糺尾、そろそろ戻れ」
藍人の手を離した真桜が糺尾の首筋を掴んで持ち上げると、瞬きの間に小柄な黒髪の子供に変化する。狐に騙されたとはよく言ったもので、驚いて瞬きする藍人の目はもう濡れていなかった。幼い糺尾なりの慰め方なのだろう。
不器用な弟子2人に微笑む真桜を見ながら、アカリは後ろで「そっくりな師弟だ」と呟く。華炎と華守流も珍しく反論せず、苦笑しながら同意した。
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