9.***勾玉***
騒がしい朝の食事を終えて、出仕した陰陽寮でほっと息をつく。弟子はまとめて置いてきたが、藤姫に任せたので大丈夫だろう。
子供達の騒ぎから解放された真桜は、凝った肩を解すように首を左右に振った。ぽきんと嫌な音がする首筋に、白い手が触れる。肩を撫でるように解し始めたアカリの手に目を閉じた。
「凝っているな」
「オレはともかく、お前は平気なの?」
「この人形は本来の形ではない」
だから問題ないと言われ、人と神の間の子である真桜は複雑そうな顔をした。羨ましいのもあり、神族に戻れば肩こりがなくなる可能性に嬉しくもあり……結局溜め息をついて感情を逃がす。いつまでも暗い感情を抱いていると引きずられるのだ。
「星読みの結果は変わらぬか?」
「変わらないな」
月が顔を隠していた雲が晴れたあと、わずかに見えた星の並びが気にかかって、早朝に改めて星読みを行った。大地の変動と明るい空から読み解いた結果は、やはり不吉を示す。
「どっちだと思う?」
「白と黒なら、こたびは白であろうな」
白髪の藍人と、黒髪の糺尾を名を呼ばずに現したアカリも、不吉な予感を強く感じていた。星読みより鋭い神の直感で、言霊を残さずに話を進める。黒い瞳に偽装する目は、高くなった陽をまっすぐに捉えた。数回瞬きして、袖から勾玉を取り出す。
「なに、それ……すごい神力だ」
「困ったときに使えと、オオヒルメノムチから預かった」
天照大神を呼び変えて、アカリは勾玉に息を吹きかける。薄暗く感じた直後、意識が無理やり引きはがされる痛みに顔をしかめた。
『久しぶりね、灯』
「新たな災いの星読みがあった。何か知らないか?」
かつての主であった天津神最高神に対し、平然とアカリは用件を切り出した。無駄な時間は必要ないと切り捨てた態度に、天照は苦笑いして挨拶を切り上げる。
「天の乱れはありますか?」
『大きな流れは正常だけれど、夜の星は別。我が手の届かぬ夜は妹の領分だわ』
「それだけ分かれば十分ですよ」
丁寧に感謝の言葉を綴った真桜へ、天照は瞬きした後に笑い出した。くすくすと堪えきれずに声を漏らしながら、真桜に頭を上げるよう声をかける。
『国津神の頂点たる闇の神王の次代に頭を下げさせるなど、恐れ多いことだわ』
国津神が人々の信仰を譲らなければ、天津神は滅びていた。その恩義を口にする彼女へ、真桜は首を横に振った。
「オレが生まれる前の話だし、感謝はその都度必要だろう」
互いに感謝の気持ちを忘れなければ、違う神族同士が同じ国で共存できる。そう告げる真桜に対し、天照は微笑んで色の違う勾玉を手のひらに生み出した。
『月詠を呼び出すのにお使いなさい』
夜の女神であり月を司る妹の名を告げた天照は、最後にアカリへ微笑んだ。
「助かった」
『そう、よかったわ』
お気に入りの神族に目をかける程度のこと、天地の理に背かず容易にこなせる。そのための道を作る勾玉であり、お気に入りである彼との繋がりを切りたくない天照の抵抗だった。アカリの運命は闇の御子の傍らに定まったというのに、アカリと絆切れることを恐れている。
天照が地上に降臨すると光と闇の均衡が崩れるため、こうして神域にアカリと真桜の魂だけを呼び寄せる形しか取れなかった。いつまでも留め置いたら、人の血を引く真桜が壊れてしまう。それは天照の本意ではなかった。
『戻りなさいな』
金色に近い髪を揺らしながら、天照は彼らを手放す。見送りながら漏れた溜め息に滲んだ本音に、彼女は口元を歪めて言霊を逸らした。
『私はどちらも失いたくないのね、欲張りだこと』
神とは本来欲張りで我が侭な存在だ。慈愛に満ちていると誤解する人に微笑みかけながら、己の身勝手な理由で災いを呼び、大地の上を蹂躙してきた。それが自らの存在を認識させ、畏怖と信仰を集めるという目的があっても、己の心ひとつで多くの命を奪う。
だからこそ願うのだ。大切に思う存在の無事を心の底から……想う力の強さを知るが故に。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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