主人公のとある1日
「ふぁ~、あ」
大きく伸びをしながらベッドの上から起き上がる。ベッドのサイドテーブルに置いてある目覚まし時計は午前五時半を指している。
まだ布団の中の温もりが残るがここはきっぱりとその誘惑を断ち切ってベッドを下りる。
しかし何も無い部屋だなと思う。なぜならあるものと言えば本棚一つと勉強机、先ほどまで眠っていたベッドくらいだ。
それから俺は部屋を出て右手にある階段を降り廊下の隅の洗面所で顔を洗う。
今はもう夏だから顔を伝う水の冷たさが気持ちよく感じられる。これでさっきまでのまどろみから完全に目が覚めた。
次に俺は台所へ向かった。朝飯と弁当の支度のためだ。これは俺が別に俺が料理当番だからとか、家族の負担を減らすためとかそんな体のいい理由ではなく。単純俺がこの家に一人で住んでいるからだ。
なぜ俺が一人暮らしかというと俺の両親は出張でほとんど家にいない。よって俺は一人暮らし(仮)という中途半端な生活を送っているのである。
そうして俺は朝飯と学校での昼食の支度をして、一人寂しく食卓に着く。と言ってもこういうのにはもう慣れっこでそんなに寂しくはないんだけど、やっぱり一人で暮らすのには家が広いなって思う時もある。
まあそれでも自由に暮らせるところはいい点だ。帰りの時間とか気にしなくていいしね。
そんなことを考えて朝ごはんを食べ終えると、時計は七時二十分を指している。もうそろそろ家を出る時間だ。
使った食器を片づけて、準備は万端。後は家を出るだけだ。
ガチャ
戸締りをしっかりして、学校へ向かう。
「ふぅ~、よし」
思いっきり息を吐きだし気合を入れ直す。ここから俺の日常は始まる。
ああ一応ここで、自己紹介をすることにする。
俺は❘伏間悠介。
私立橋結学園に通っている、二年生だ。クラスはC組で六クラスあるうちの三番目だ。
なんて関係無いか。だって俺は俺だし一応読者? にわかるように言ってるだけだし。
何考えてんだ俺? まあ、いっか何も無いわけだし。
「本当に何も無いな」
俺の家から学校までの道のりにはコンビニが一件ありあとはスーパー一つと自販機がちらほら。それ以外は家と田畑ばかりだ。
それにマイナスなポイントはまだある。ここは柄が悪い。非常に悪い。なぜならヤンキーばかりが集まるような学校がすぐ近くにあり、よくどこそこの誰々が喧嘩したなんて話を聞く。それにこの前は行方不明者も出ているし。もしこの町にあるものは何かと聞かれたならば、あまりよろしくない治安しかないと答えるだろう。
本当におっかないやら、田舎くさいやらでこの町は嫌いだ。なんで俺の親はこんなところに住もうと思ったんだろう? 俺だったら絶対に住まないね、こんな町。
まあだけどその親に住まわせてもらっている以上何も言えないのだけれど。
「おい、お前……」
こうなんだろうな、せっかく俺があまりにも薄い感謝の心をこの町と両親に捧げようとしてたのに喧嘩の声とか聞こえるとマジで萎える。
まだ遠いから避けようもあるけど、これがすぐそばでやられてたら回避のしようがほとんどない。なぜなら俺がそういう目に何度かあるからだ。
その時どうしたかって、それは思いっきり逃げた。うん逃げた。これ以上ないくらいの速さで逃げた。それで今までやってきている。だから今回はある意味ではラッキーと言えるだろう。
でも喧嘩から逃げるにはそれがどこで行われているか調べなければいけない。つまり、どこで揉めてるのか分からないとさっき言ったようにばったり出くわして全速力ダッシュをする羽目になるからだ。
そのために俺はどの辺りからさっきからずっと聞こえる喧嘩の音に耳を澄ます。ちなみにそれが聞こえてから俺は一度も動いていない。
「お前、一体何者なんだ?」
どなり声で聞こえたそれは何かいつもとは雰囲気が違う気がする。大抵は金をせびるものと罵声ばかりだからだ。
でも今回はそのどちらでもない。というか吹っ掛けた相手がなぜかその吹っ掛けられた側に質問をするという俺の聞いたことのないパターンだ。よってこれは恐らく喧嘩ではないがそれに相当する反社会的行動の一つだと考えることが出来る。ちょっと推理したっぽく言ってみたが、要するに危険度が大変に高いということだ。
さっきよりも注意をして聞き耳を立てる。
「何か言えって、さっきから言ってんだろ」
何かを罵る低い声の後ドスンとそれなりに大きな音が聞こえた。きっと蹴るか何かしたんだろう。そのおかげ、って言ったら悪いけれどある程度どこで場所が把握できた。おそらく目の前の交差点のすぐ近くにあるコンビニの裏だろう。
ホント田舎っていやだよな。だって唯一のコンビニがこうやって不良とかガラの悪い人たちのたまり場になってしまってんだからな。だから俺はいつもこのコンビニは使わず近くにあるこれまた唯一のスーパーか、学校をはさんで俺の家の向かい側にある駅前商店街を利用することにしている。
そういうことだから避けるのは簡単だ。そのコンビニを迂回するルートを選択すればいいだけだからだ。
「おい、何か答えろって言ってんだろっ」
「……」
「……一体何なんだよ、お前は?」
そう思っていた動き出した俺はその声が聞こえたからかどうかは分からないが、俺はコンビニの方へ向かって走りだしていた。
どうしてだろう? 俺は走りながらそう思っていた。
「おい、お前誰だ?」
今、俺はコンビニの裏で先ほどの喧嘩をしていた人と対峙している。目の前にはさっき俺のことを尋ねた帽子を被っていて顔と年齢は分からないがとりあえず若い男が一人。そしてその男が立っているところから二メートルぐらい奥の方に外套をかぶりうずくまっている子供らしき人影があるだけだ。
「お前は誰かって、聞いてんだよぉ」
そう言って彼は俺に殴りかかってきた。
でも俺はそんなことは織り込み済みでその攻撃をかわすでも、ガードするでもなくそれに向かって走った。
相手もそれは予想外だったのか、一瞬動きが止まったがまた動き出した。
それでも俺は走る。その男に向かってではなく、その奥のうずくまっている子供に向かって。
そしてちょうど俺が男の前に来たと時、男はここぞとばかりに思いっきり右手で殴りにきた。
もちろんそれも予想していたので限界まで近づいたところでそれをかわし、相手がのけぞった瞬間に子供のところへ向かって全速力ダッシュする。
俺は子供のいるところに着いた時点で一度男の状態を確認する。すると男は振り返ってはいたがまだあっけにとられて状況を飲み込めないようだった。
よしこれならいけると思って俺は、子供を背中におぶりダッシュの体制を展開する。俺が抱えても抵抗しないってことは気絶しているみたいだ。
ようやく事態を察したのか、さっきまでとは違う真剣な表情で俺を見ていた。もう彼からはさっきまでのような俺を舐めていた甘さは感じられない。
さあてどうやってここから逃げるかだな。
プランⅠ。この子をおいてさっさと1人だけさっさと逃げ出し、この事を一生忘れる。
プランⅡ。この子と一緒にここで殺されるか、またはそれと同等の目に遭うかのどちらかだ。
男が俺に向かってくる一瞬でその二つの計画を立てた俺だが、そのどちらも取るわけにはいかない。つまり実行するのはプランⅢだ。
それは……この子をおぶったまま全速力でここから逃げ出す。ってプランⅠとほとんど変わらないじゃないか。なんて思う人もいるだろうから、一応説明するけど、この子と一緒にってところが決定的に違う。だからプランⅢなのである。
そしてそれを男が俺を自身の攻撃範囲内に収める直前までの時間で考え、実行に移す。
これにはあの男もさすがに驚いたようだ。驚きすぎだろって思わなくもないけれどそのおかげでほんのちょっとだけ動きが止まったので、俺はその隙を突いて走り出した。
でも、さすがだと思ったのはその後だ。先ほどよりも対応が早かった。つまり俺が逃げ出したところに男はきついストレートを打ち込んできた。でもそれは不発に終わった。なぜなら、その時にはもう俺はコンビニの裏を抜けだしていたからだ。
とりあえず俺はそのままこの子を連れて学校へ向かうことにした。そこなら保健室での応急処置は可能だしその後の対応も可能だろうからだ。