第7話 魔獣探索隊
魔獣探索隊――その言葉に興味を持ったティークは、腕を引っ張る力に逆らわずについていく。後ろ姿からでも、チェガのワクワクしている様子が伝わってくる。
「魔獣探索隊っていうのは、その名前の通り魔獣のことを調べる集団のことだ!」
歩きながら、興奮した様子でチェガは言葉を紡ぐ。ティークの手を握る右手も、興奮からかわずかに力が込められていた。
「魔獣探索隊のすごいところはな。色々あるけど、まずは依頼自体があの『天姫』様直々のものってところだ」
「『天姫』様って……ミリ様?」
「そうだ。俺たち魔獣探索隊は『天姫』様の依頼を受けて魔獣の調査を行っている部隊なんだ。だから、『天姫』様の命令があればその魔獣を優先して調べる」
踏み固められた土の上を歩きながら、チェガは楽しそうに話す。彼が喜んで魔獣探索隊に所属していることがわかる。
「どうして俺を?」
「ズーザ寮長から聞いたぜ。森の中が得意なんだって?」
「えっ?」
ティークは驚く。確かに5年も森に住んでいたのだ。おそらく森にはそれなりに詳しいが、ズーザ寮長にそれを話した記憶はなかった。
「ズーザ寮長は元猟師でな、そういうのがわかるらしい。歩き方、気配の探り方とかで。ズーザ寮長は弓の名手だからな……違うのか?」
ティークは考える。魔獣と意思疎通する力。リーリルから習った剣技。その二つを除けば、自分の強みは森で暮らした経験くらいだ。魔獣との力は明かすわけにはいかないし、リーリルから習った期間は短い。自分より強い者などいくらでもいるだろう。
「いや……たぶん、それなりに得意です」
考えた末、ティークはチェガの提案に乗ることにした。開拓村では、子供すらなんらかの役割を持つ。労働が必要ならば、自分の得意分野を活かすべきだ。
「ただ、どんなことをするのか説明してもらっていいですか? それがわからないことには……」
もしも魔獣と戦い、狩るような仕事ならば遠慮したかった。危険度もあがるし、なにより積極的に魔獣と戦いたくはない。
(魔獣は人を襲う……人は魔獣を狩る。俺が産まれる前から続いている営み。どちらも、止めることはできないけど……)
「そりゃそうだ。だから、今日は紹介だけだ。俺はあんまり口が上手くないから、隊長から説明してもらおうと思ってな!」
「隊長?」
「ああ。何人かは実家に帰っちまってるが、隊長ならいるはずだ。暇人だからな……お、見えてきたぞ。魔獣科の建物だ」
チェガの指さす先を見ると、切りだされた石を土台に木材とレンガで作られた建物があった。看板には、交差する杖と剣に掲げられた宝玉。それに噛みつこうとする魔獣――見た目は【双頭の獣王】に似ているが、頭部が1つしかない。
「魔獣探索隊は、メインは魔獣科だが、それだけじゃ足りない。精霊科、魔法科……レアなとこだと魔術科の人間も所属している。全部で10人くらいいたはずだが、紹介はおいおいな」
手を引かれて、魔獣科の扉を潜った。
「魔獣科は所属してる人数が少ないから、部屋も余りまくってんだよ。そのうちの一室が、俺たちの拠点だ。ほら行くぞ!」
天井から吊り下げられている角を見て呆けるティークを、チェガが強引に引っ張る。
「その角が気になるか? それ、何の魔獣の角かわかってないんだよな。日々新しい魔獣が発見される時代だ。俺たちの役割は多いぜ」
もしもその角を持つ魔獣が実在するのであれば、どれほどのサイズなのか……ざっと目測しただけだが、ティークの身長の5倍以上ある。骨で出来ているのか、白とも茶色ともつかない微妙な色合いをしている。ティークの身長では、手を伸ばしても触れない位置にぶら下がっている。
「すごい……」
「俺たちは【巨角の獣】って呼んでる。こいつが発見されたのは……えーと、どこだっけな……」
チェガの悩みに答えたのは、廊下に響いた涼やかな声だった。
「見つかったのは大陸南部、かつて帝国が存在したとされる場所。ベム山と呼ばれていた山の麓に落ちていたらしいわ」
「隊長!」
その少女を一目見た時のティークの感想は、「小さい」だった。艶やかになびく白銀の髪に、深く知性を讃えた黒い瞳。だがそれよりもなによりも、少女の背は低かった。
「初めましてと言うべきよね! 私の名前はラディレ。魔獣探索隊の隊長よ!」
笑顔で自己紹介をしたラディレという少女に気圧され、ティークは思わず差し出された右手を握った。
「ティ、ティークと言います。新入生です……うわっ!」
ティークは手を引っ張られ、体勢を崩す。下がった頭にラディレは口を寄せて囁いた。
「私のこと小さいとか言ったら、あらゆる部分を握り潰すから」
「はっ、はい!」
先ほどの涼やかな声ではなく、ぞっとするほど低い声で囁かれた脅しに、ティークは思わず返事をしていた。彼女は本気でやる――それだけの意思が声に込められていたのだ。
「ん、いい返事ね! 私は魔獣科の5年生よ。チェガの先輩ってことになるわね」
「魔獣科……」
「隊長、副隊長はどちらに?」
気をつけろ、と言われた人種に次々と囲まれていることに気づいて、ティークが暗澹とした溜息をこぼす。その様子を見たチェガが、慌てたように話題を変えた。
「レアジアなら部屋にいるわよ。相変わらずよくわからないこと言ってるけど」
「よし、行こうティーク。大丈夫、副隊長を見ればヤバイのは魔獣科だけじゃないってわかるぞ!」
「それは根本的な解決にはならないのでは?」
ティークのツッコミは小声過ぎたのか、チェガが反応することはなかった。
「いいわよね……この牙……私もこのサイズまで大きくなったら楽しいだろうなぁ……」
恍惚の表情で牙を見上げる隊長ラディレを置き去りに、ティークとチェガは廊下の奥へと歩いていく。この時点でだいぶティークは帰りたくなっていたが、まだ魔獣探索隊の話を聞いていないので、やむを得ずチェガについていく。
「おぉい、副隊長ー!」
「うるさい。黙れ。気が散る」
「そういうなよ。人手を連れてきたぜ!」
「そうか」
部屋の窓際に座って本を読んでいた青年は、顔を上げることなくページをめくった。横顔しか見えないが、視線は鋭く、どことなく先ほど会ったクノを彷彿とさせる見た目だ。
「君が魔獣探索隊に入りたいという奇特な男か。悪いことは言わないからやめておいた方がいい。ここの連中はどいつもこいつも魔獣魔獣魔獣と……そんなことよりも魔術だ。魔術こそ人類を導く新たな技術。僕の理論によると魔獣の牙や爪にはある種の要素が定められているのだ。触媒によって発動する魔法が違うのは、その要素を組み込んだ触媒を適切な方法で処理していないから、つまるところ魔法すら魔術の一種に過ぎない。今はまだ陣も文もそれほど見つかっていないがいずれ魔術は人類の生活を支える礎となるのだ。僕はマギレイスの名において魔術を極め――」
「な? ヤバい奴だろ? レアジア・マギレイス――魔術科の5年生。頭がいいから副隊長をやってもらってる。趣味は読書」
ティークが呆然としている間にも、レアジアという青年はぶつぶつと魔術についてを呟き続ける。魔獣科に続いて、『滅多に会わないだろう』とまで言われていたマギレイスの一族にも出会ってしまった。
「チェガっちー、その子誰ー?」
独特なイントネーションで話しかけてきた少女に、ティークは目をむけた。ソファの上にだらしなく寝転がった少女は、顔だけこっちに向けていた。その瞳は細く絞られ、なんとなくティークは森に残してきたガズとゼダを思い出した。気だるげにしながらも、瞳を好奇心で輝かせているのが似ているのかもしれない。
「ティークくんだ。新入生。俺がスカウトしてきた」
「ふぅん……何のために?」
この男は何ができるのだろう――そんな疑念を込めた瞳で見つめられ、ティークは不本意にも安心してしまった。ちゃんと能力や役割を重要視する人がいてくれた。開拓村でも、役割分担はきちんとされていた。逆にされていない場所ではうまく行かないことが多い。多くの人間が集えば、それだけ衝突は起きる。
「まあどうでもいいかー。ようこそ、魔獣探索隊へー。私はローゼス、精霊科の3年生。よろしくー」
「えっ」
「今日はこれだけか?」
「うん」
隊長、ラディレ。魔獣科の5年生。
副隊長、レアジア・マギレイス。魔術科の5年生。
分析担当、チェガ。魔獣科の4年生。
情報及び生活担当、ローゼス。精霊科の3年生。
「一応あと3人、いるんだが……メインになるのはこの4人だ。あとは魔法科が1人、護士科が2人って感じだな。とはいえ、有能そうな人材はスカウトしてるから、これから増える可能性はある」
「その通り! 私たちの躍進は止まらないわ!」
戻ってきたらしい隊長ラディレが勢いよく扉を開け放った。そのまま部屋の奥に置いてある机に飛び乗り、行儀が悪いことに立ち上がる。
「私たち魔獣探索隊のモットーは何!?」
ビシッ、とティークを指さして質問を投げかけるラディレだが、当然ティークは知らない。助けを求めてチェガの顔を見上げるが、チェガは首を傾げていた。
「そう! 『楽しいものを見つける』ことよ!」
「ちょっと待て。そんなのは今までなかったぞ」
「今年からは私が隊長よ! つまり私がルールよ!」
「そうか」
苦言を呈したレアジアはあっさりと引き下がった。それでいいのか、とティークは思う。
「チェガ、その子を連れて来た理由を説明しなさい」
「お? 森が得意らしいぞ。案内役にいいんじゃないかと思ってな。ズーザ寮長のお墨付き」
「採用!」
大きく頷いたラディレによって、強制的に魔獣探索隊に入れられそうになる。慌ててティークは声をあげた。
「ちょ、ちょっと待ってください。俺は今日は見学で、実際に入るとは――」
「レアジア、説明」
「魔獣探索隊は『天姫』様直々に魔獣の調査を頼まれている部隊だ。大人しくさせるためなのかなんなのか、予算は潤沢に与えられている。君がここで短期労働契約を結ぶのであればそうだな、1回の探索毎に金貨2枚を支払おう。ついでに装備を整える資金として金貨2枚を貸し出せる。もちろん無利子だ。そして君が役に立つと分かった場合は報酬が上乗せされることもある。魔獣の調査とは討伐ではなく、生態調査がメインだ。ゆえに危険はそんなにない。足跡や糞を解き明かし、必要であればそれを持ち帰る。以上、何か質問は?」
本から目を上げずに、一息で言い切ったレアジア。対するティークは目がくらんだ。金貨なんて、ガームにいたころは目にすることすらなかった。それが2枚。
「探索を1回だけ、やらせてください……それで決めます」
「もちろん実力によっては解雇もあり得――」
「よし! 大丈夫よ、ティークくん! 一度嵌まると抜け出せないらしいから!」
レアジアの声を遮って恐ろしく不安なことを言い放ち、ラディレは腰に手を当ててふんぞり返った。
「パンツ見えますよー隊長ー」
「角度的にはローゼスにしか見えないはずだから気にしないわ!」
「男前ー」
水色ー、とどうでもよさそうに呟いたローゼスに反応し、一歩下がるラディレ。顔を赤くしながらも、腰に当てた手は離さない。
「さあ、新生魔獣探索隊――活動開始よ! 3日後から!」
「おう!」
高らかな宣言に反応したのはチェガだけだった。レアジアは相変わらず本から顔を上げない。ローゼスに至っては目を閉じている。
ティークはかなり不安になったが、とりあえず金貨2枚を貰えるまでは頑張ってみようと思うのだった。