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第5話 魔獣科

「はー……」


 ベッドに座り、ティークは右手を差し出した。首に巻き付いていたアーズがティークの意図を察してするすると這い出てくる。右の手のひらにとぐろを巻いて居座ったアーズは、そのままつぶらな瞳でティークを見つめる。


「疲れたよ、アーズ。俺、この先やっていけるかな……」


 男子寮1階の個室。それがティークに与えられた部屋だ。学院長ベネルフィが『面倒を見る』と言った以上、生活は保障されている。まあティークの場合は5年間森で生き抜いた経験があるので、いざというときは森に戻ればいい話なのだが。


「お金も持ってないし……働く場所を探さなきゃな」


 ティークがベッドに倒れると、アーズもベッドに降りてティークの顔にすり寄ってきた。


「……この力がある俺が、人間社会で生きていくことなんてできるんだろうか。頼りにしていたリーリルさんもいないし……」


 開拓村ガーム。何十と作られた開拓村の中でも、特に有名な開拓村。森の傍に作られたガームは希少な木材の産出を目的として作られた。ミリやクノは反対していたのだが、商売を担う者たちが莫大な利益に先走って建設された開拓村である。

 ティークはそこで生まれ、ガーム以外の村には言ったこともない。そして、ティークが7歳の時にガームは滅んだ。森から現れた魔獣たちによって。


 大暴走(スタンピード)。過去に何度か事例がある、魔獣たちの氾濫。


「お前と会えなかったら、あの時俺は死んでたなぁ。なあ、アーズ?」


 話しかけるが、アーズは聞こえないふりをしてベッドの端に丸くなる。彼が暗い場所を好むことを知っているティークは、毛布を取ってアーズにかけてやった。


「……色々、聞いてみよう。リーリルさんが残したメモっていうのも気になるし。アーズ、留守番頼むよ」


 ティークは胸元にぶら下がっているネックレスを握り、腰にぶら下げているナイフの重みを確認し、部屋から出る。学院の紋章が刻まれたナイフは、「いざというときのために持っておきなさい」ということでティークが持っている。ただ、ルールとして街中での抜剣は重罪。緊急時以外は問答無用で牢屋行きらしい。


「ふぅ……」

「おろ? お前、新入生か?」

「えっ」


 たまたま通りがかったらしい上級生に話しかけられる。髪を綺麗に後ろにまとめた男は、顎に手を当てて考え込むようにティークをじろじろと見た。まるで品定めをするかのような視線に晒され、ティークはわずかに後ろに下がる。


「あ、あの……何か?」

「ん、ああすまん! ついつい観察しちまった。俺っちの名前はチェガ。魔獣科の4年だ、よろしくな!」


 差し出された右手をとりあえず両手で握り返すティーク。チェガと名乗った男は明るいが体は大きく、近くに寄られるとどうしても圧迫感があった。


「ど、どうも。俺……は、ティークって言います……」


 『魔獣科』。先ほど、ベネルフィから変人揃いと言われたばかりだ。


(マズい……非常にマズい気がする……!)


 引き攣った笑みを浮かべるティークのことを気にしたのか、チェガは一瞬だけ疑わしそうな顔をした後、すぐに納得した表情になった。


「ははーん、さてはお前さん魔獣科の噂を聞いてるな? 『たった数人しかいないがその数人が変態揃いの異常者集団の学科』って!」

「はは……その……」


(思ってたよりヤバそうなんですけど!?)


 学院長から聞いていたものよりも過激な内容を言われて、内心かなり怯えるティーク。早く手を放したいのだが、いつの間にかチェガの左手ががっしりとティークの手を抑えていて逃げられない。


「そう、なかなか理解されないのさ、俺たちの考え方は。まあ理解されたいとも思わないけどな! 例えばだが、俺の将来の夢は何かわかるか?」

「い、いえ……」

「うむ。わかるはずもないな! まあ知りたくなったらいつでも聞きに来い! 俺は409号室に住んでるからな! 仕事の相談とかも乗ってやれるぞ! 以上!」


 言いたいだけ言うと、チェガはティークの両手をぶんぶんと上下に振り回して去っていった。嵐のような勢いに呆然としていたティークだったが、男子寮の外にベネルフィを待たせていることを思い出し、すぐに外に向かう。


(なんだったんだ……?)


 ティークが外に続くドアを開けると、そこには2つの人影があった。


「ようやく出てきたか。待ちくたびれたぞ」

「行きましょうか」


 右目を眼帯で覆った男性と、薄緑の長髪を風に揺らす女性。男子寮の管理者であるズーザと、学院長ベネルフィだ。並んで立っていた2人は、ドアから出てきたティークを見つけて頷いた。


「……学院長から話は聞いた。お前さんがあのリーリル先生の関係者だと言うのであれば、大抵のことは助けてやろう。あの人には恩があるからな」


 そっと眼帯を撫でるズーザ。頬に走った傷跡といい、見た目からは恐ろしい印象を受ける男だったが、その中身は生徒思いの教師だ。でなければ、学院長から男子寮を任されたりはしない。


「は、はい。ありがとうございます……」


 ティークは一瞬、先ほどの男――魔獣科のチェガのことを言うかどうか迷った。その悩んでいる様子を、ズーザが見抜く。


「ん、どうした。何かあったのか」

「実は……」


 先ほどチェガと名乗る4年生に話しかけられたことをティークが2人に話すと、2人は微妙な顔をした。


「チェガか……」

「エルフィのことといい、何か持ってるのかしらね。変人ばっかり引き寄せるわ」

「そ、そんなに?」


 腕を組んだズーザが頷く。


「ま、チェガは変わり者の類だが、事情も事情だ。それに奴は周囲に迷惑をかけない分別も多少はある。魔獣科の中ではマシな部類になるな」

「多少……ですか」

「多少だ」


 それは結局迷惑をかけられるということなのでは、と思ったティークだったが、口には出さなかった。


「まあ……先輩との知己ができたことはいいことです。あれでチェガは後輩の面倒見はいい。マーシャともうまくやっているようですし、困ったことがあれば頼るといいでしょう」


 さて、学院長室に行きますよ、というベネルフィの声に従って、ティークは後ろをついていく。ズーザは講義棟に歩いていく2人を、男子寮から見送った。


「学院長室は講義棟の最上階にあります。4階建てなので、4階ですね。そして、そこで貴方はある人物と会うことになります」

「ある人物……?」


 少し弾んだ声で、学院長ベネルフィは楽しそうに笑う。


「お二方とも優しい人なので、安心していいですよ――まあ片方は、ちょっと面倒な性格してますけど」

「め、面倒……」


 ティークは唾を飲み込む。もし自分がチェガやエルフィのような変人に好かれるのだとしたら、これから出会う人物ももしかして変人なのではないだろうか?


「今の時期は学院は休みなので、講義はやっていません。寮にわずかに残っている子たちと、あとはほとんどの子が実家に帰っています」


 中に入った講義棟はガランとしており、寂しさと冷たさを感じさせた。


「入学の時期ですからね。三日後に入学者たちが一気にここに集まります。今年は一体何人くるのやら……徐々に増えてはいるのですが」


 『地獄の時代』に人類が受けた傷跡は深い。魔王と魔人と魔獣に大量の人間が殺され、残った総数は万に満たない程度だったと言われている。子供を産めるような状況でもなかったため、『地獄の時代』を生き延びた子供たちは非常に数が少ないのだ。


「目指せ100人、と言いたいところですが、そうもいかないでしょうね……」


 開拓村に仕事があり、離れることが難しい子供もいる。毎年、入学者は50人から70人の間を行き来していた。


「それでも学年ごとに分けられるようになっただけ、だいぶ増えたんですよ? できた当時は年齢関係なく『子供』を集めた教育機関でしたから。だから私やガゼジア、それにズーザもですね。年齢は多少違いますが、同級生なわけです」


 ベネルフィは階段を上り、懐かしそうに手すりを撫でる。


「この世代を、『初期生』と呼んでいます。『地獄の時代』を生き延びた子供たちです。そして5年後、カリキュラムを調整した学院が再び生徒を募集――『2期生』、『3期生』、『4期生』と続きます。そして、今から貴方が会う内の1人は5期生の秀才。4期生の剣鬼の弟にして、今や政治を担う双翼の1人」


 4階についたベネルフィが進んでいくと、廊下の奥に重厚な扉が鎮座していた。目線で促され、ティークは恐る恐るその扉を両手で引っ張った。


「お待たせしました。『天姫』様、クノ殿」

「問題ないわ。入学の時期はクゼースにいるって決めたのは私たちだし。ね、クノ?」

「……仕事に支障はありません。リーリルの忘れ形見とやらも気になりましたし」


 鋭い目つきでティークを見る男は、見るからに神経質そうな見た目をしていた。細く引き締まった体と、目に宿る意思の強さ。一方、彼の隣にいる女性は穏やかな笑みを浮かべながら椅子に座っていた。白髪を綺麗にまとめ、深い青の瞳がティークを見つめる。


「……クノ殿。リーリルは死んだわけではありません」


 ベネルフィの苦言も、目を細めるだけでクノは言い返す。


「連絡もなしにもう5年も行方不明です。あの馬鹿がそう何年も隠れられるわけない。死んだものとして話を進めるのが合理的だと思いますが」


 鼻を鳴らし、冷たい目線でティークを見据えるクノ。


「リーリルさんは生きている!」

「君がリーリルの何を知っている。5年前に10日程度ともに過ごしただけだろう」


 冷静に反駁されて、言葉に詰まるティーク。せめてもの抵抗として精いっぱい睨みつけるが、クノは気にした様子もない。

 あら、と呟いて笑みをやめたのは『天姫』と呼ばれた女性だ。


「クノちゃん、リーリルちゃんが心配なのはわかるけど子供をいじめちゃダメですよ」


 ベネルフィとティークが驚きの目でクノの顔を見つめる。冷静な仮面に変化はないが、少し口元がひきつっているように見えた。


「師匠。人前でちゃん付けで呼ぶのはやめてくださいと言ったはずですが」

「人前じゃなければいいのかしら?」

「それはあなたが放っておけばまた無理をするから――はぁ。もういいです」

「ごめんなさいね、ティークくん」


 穏やかに笑い、『天姫』ミリはティークの手を取る。年齢を感じさせる手の感触は、ティークの心を落ち着かせた。


「……ミリ様。リーリルのことは……?」

「私たちの情報網にも引っかかってないわね。まあ、私もクノも生きていると信じているけど」

「えっ?」


 疑問の声をあげて自分を見るティークに、さすがに気まずくなったのか、クノが目を逸らす。


「……ちっ。あの馬鹿姉貴がそう簡単に死んでたまるか、殺したって死にそうにないのに。どうせどっかで生きてる」

「……あ、姉貴?」

「なんだ、知らなかったのか? 『剣鬼』リーリルの弟、『天姫』ミリの唯一の弟子、4期生の秀才……俺にはいろんな呼び名があるんだが」


 ティークは心の中でこっそり『冷血仮面』の呼び名を追加した。


「部屋、貸してくれてありがとね、学院長」

「いえ、大丈夫です」

「それで、これは餞別よティークくん。何かと入用でしょう」


 ミリの目線に促されたクノが、革袋をティークに渡す。その革袋はずっしりと重く、ティークが確認するとかなりの量の銀貨が入っていた。


「では、ティークくんはこれで。あとは男子寮に戻っていてください」

「え、でも……」

「お二人は忙しい。今日はここまでです」

「……わかりました」


 硬い学院長の声に、ティークは渋々3人に背をむけた。扉の前に立ち、手をかけた瞬間、ミリの声が向けられる。


「……『私は魔人を追います』」


 思わず振り返ったティークの目に、優しく微笑む『天姫』ミリの姿が映った。素知らぬ顔をするクノと、驚きで目を見開くベネルフィの姿も。


「それが、リーリルちゃんが残した書き置きの内容です。覚えておくといいでしょう」


 ティークは無言で頭を下げ、学院長室をあとにした。

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