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第4話 精霊士エルフィ

 土の道路をしばらく歩いて進んでいると、ティークとベネルフィの正面に巨大な門が見えてきた。学院都市クゼースは、都市の中央に巨大な学院、それを囲うように宿泊所や食堂、学生用住居が並んでいる。学生が生活する区画は石垣で遮られており、さらにその外側に広がる畑は、住人たちが自分の手で開墾した土地だ。


「あの門の向こう側が学院よ。まずは寮に案内するからついてきて」


 ティークに囁いたベネルフィは、颯爽と門に向けて歩き出した。見張りについていた門番の2人が表情を引き締める。


「これは、学院長殿。お戻りですか」

「ええ。この子を迎えにね。私の知人の子なの、通してくれるかしら?」


 門番はちらりとティークに目線を向けたが、何も言わずに門に向かった。重々しい音を立てて門が左右に開いていく。


「――どうぞ。お通りください」

「ありがと」


 ティークが通り過ぎる時に軽く頭を下げると、門番の2人は驚いたように慌てて頭を下げた。その様子を見ていたベネルフィは、気づかれないように忍び笑いを漏らす。


「くくっ、さて。ここなら君の仲間も呼べるでしょう。どうかな?」

「……はい。今、呼びます」


 ティークは右足を上げ、軽く3回地面を叩く。合流の合図の振動を感知したアーズが、地表に穴を開けて這い出してきた。鱗の冷たさに身を震わせながら、ティークはアーズが服の裏側を登ってくるくすぐったい感触をこらえる。

 やがて首元まで這い上がったアーズが、首元からちょこんと顔を出す。空気の匂いを感じ取ろうとしたのか、チロチロと赤い舌を覗かせる。


「この子が、君の仲間の……」

「はい。アーズって言います。音と気配に敏感で、あとねぼすけです」


 興味津々に観察するベネルフィの前で、アーズが盛大にあくびをする。ガズとゼダにティークのことを任されたとは思えない能天気さだ。


「魔獣にも個性があるのね……それ自体が、新しい発見と言っていいわ」


 恐る恐る手を伸ばすベネルフィだったが、アーズに威嚇されて手を引く。アーズはティークには心を許しているが、それ以外の人間は常に警戒しているのだ。5年前、リーリルとティークが出会った時も、アーズはリーリルを警戒した。結局、しばらく一緒に過ごしてもアーズがリーリルに対する警戒を解くことはなかったのだ。


「だから、学院長でもそう簡単に打ち解けられるとは……」

「そう……そうよね。ちょっとショックを受けただけよ……大丈夫……」


 もしかして蛇とか好きなのだろうか、とティークは意外そうにベネルフィを見た。確かにアーズの黄土色の瞳はくりくりとしていて愛らしく、凶悪に見える顔もよく見れば愛嬌がある。暑い日なんかはひんやりとした鱗で涼を取ることもあった。


「いつか絶対懐かせてみせるわ。ね、この子は何を食べるの?」

「えぇと、普段は地中の虫とか、ネズミとか、モグラとかを食べてるらしいです……え? ああ、そうなんだ」


 言葉を交わす様子もなく、アーズと意思疎通するティーク。


「『食物を貢ぐつもりなら、生きたまま捧げよ、ニンゲン』って言ってますね……ちょっと、失礼だよアーズ。というか今の君じゃ飲み込めないでしょ」


「……それは言葉として伝わってくるのかしら?」


 ティークは少し悩んでから、首を横に振った。


「いえ、どちらかというと『言いたいこと』とか『思ってること』が直接感じ取れるというか……明確な言葉になってるわけじゃないです」


「それは魔獣に触ってないとわからないのかしら?」


「はい。魔獣に触れている時だけ、意思が分かりますし、伝えられます。まあアーズとは長い付き合いなので、触れてなくても表情とか仕草である程度意図は読み解けますが」


服の内側へと潜り込み、姿を消すアーズ。ティークは数度彼を撫でると、ベネルフィに向き直る。


「……じゃあ案内をお願いします、ベネルフィさん」


少し困ったように笑いながら口を開いた原因は、ブツブツと今後の作戦を考えているベネルフィを見たからだ。


「やっぱり餌付けかしら?」

「あんまり食べないですよ、アーズは。10日に1回の食事で多すぎるくらいだ……って言ってますね」


そうか、とベネルフィは手を打つ。


「【地に潜む大蛇(アボヤーズ)】は獲物を待ち伏せするタイプの魔獣だから……」

「はい。動かない限りはそんなに食べ物はいらないそうです。じっとしてるだけなら1ヶ月は行けるとか」

「1ヶ月飲まず食わず……あ、待って、水はどうするの?」

「えーと、雨を飲んでるそうです。あとは朝露とか」


ベネルフィは別のことが気になり、首を傾げる。


「……その子は私の言葉を理解してるの?」


その質問にティークは苦笑いして答える。


「俺の仲間だとアーズだけですね、人の言葉を理解してるのは。だいぶ長い付き合いなので……」


 ガズやゼダ、それにロラーンなどの魔獣たちは、人の言葉を理解してはいない。互いの表情や行動で意思を察することはあるが、正確な意思疎通をしようと思えばティークと触れ合う必要がある。


「話してる間に分かるようになったってことかしら?」


 勢い込んで訊ねるベネルフィ。魔獣の生態には謎が多く、その特徴や対策なども明確な学院の研究テーマになっているのだ。人類が大地を開発して、領域を取り戻すための最大の障害が魔獣である。学院長として、知識欲が刺激される。


「た、たぶん……それより、学院長とガゼジアさんってどういう関係なんですか?」


 とはいえ、ティークはそこまで真剣に魔獣のことを考えているわけでもない。このままでは質問攻めになると判断し、なんとか話題を逸らす。


「ガゼジア……ああ、筋肉ダルマのこと? ただの同級生よ。私たちは2人ともこの学院の卒業生なの。ちなみに成績は私がダントツで上だからね」


「そ、そうなんですか」


「私は魔法科で――って、科の話も説明してなかったわね」


 こほん、と喉の調子を整えたベネルフィは右手の指を2本伸ばす。


「学院では、最初の2年が基礎教養と体力を育てる期間になるわ。体育、歴史、算術、読み書き、魔法の基礎……などなど。そして、3年目からより専門的な知識を学ぶことになる。ちなみに2年で卒業する子たちもいるわ。家の仕事を継ぐ子たちとかね」


 ベネルフィの指が2本から3本になり、一度閉じられる。


「そして3年目から4年間、8つある学科のどこかに所属してその道を学び、研究することができるわ」


 開拓科。

 魔法科。

 護士科。

 魔獣科。

 商業科。

 農務科。

 魔術科。

 精霊科。


 以上、8つが学院を構成している学科になる。いずれも初代学院長、『魔女』ベネルフィが『天姫』ミリと相談の上で決定した人類存続のために必要となる学科に細分化されている。


「開拓科は、文字通り『人類の領域を広げる』ことが目的の学科よ。魔獣から土地を守る技術や、村作り、水源調査などを担うわ。そのうえで農務科が開墾や狩りなどを行い、商業科が物資を運び、護士科は治安の維持を受け持つ。これは魔獣も人も含まれるわ。魔法科、魔獣科、魔術科、精霊科はそれぞれ人数が少ないけど、研究四科と呼ばれてる」


 開拓科、農務科、商業科、護士科は『実働四科』と呼ばれ、魔法科、魔獣科、魔術科、精霊科は『研究四科』と呼ばれている。基本的には実働四科の方が人数が多く、研究四科の人数は少ない。


「ま、とは言っても研究四科の人たちもよく開拓村に行くけどね。魔法科、精霊科は戦力的にもいると助かるし。魔獣科の人たちはちょっとぶっ飛んでる人が多くて。実地訓練とか言って、魔獣に襲われてるのにスケッチとか描き始めるわよ。オススメしないわ」


 過去に何かあったのか、ベネルフィは無表情で遠くを見つめた。


「まあその辺の説明はおいおいしていくわ。講義中にも説明があるでしょうし……歩きながら話しましょうか」


 門からまっすぐ伸びる道は、石と木材を組み合わせて作られた巨大な建物に伸びていた。正面の建物ほどではないが、さらに左右に2つの建物がある。ベネルフィが向かって右の建物に歩き始めたので、ティークも慌ててついていく。


「正面の建物が講義棟。座学は全部あそこでやるわ。向かって右が男子寮。左が女子寮。女子寮への侵入は厳罰だから。ここからは見えないけど、奥は運動場を挟んで学科棟が並んでいるわ。3年生になったら、どこかの学科に所属することになるから、考えておいてね」


 整地された道を歩いていると、徐々に下草が増えてきた。微かに風が吹き、花の香りを運んでくる。どこか懐かしいその匂いをティークが吸い込むと、聞き覚えのない声が降ってきた。


「あら、新入生ですか? 学院長」

「この声は……エルフィ。降りてきなさい」

「はーい」


 上から聞こえる笑い声にティークが上を見上げると、ちょうどその人物が降りてくるところだった。ふわりと草を揺らしながら降り立った少女は、おっとりと笑ってみせた。周囲を風が吹き、どこからか花びらが舞う。


「え? 今、空から……?」


 混乱するティークをよそに、その少女が近づいてくる。


「貴方が噂の新入生さん? リーリル先生の教え子なんですって?」

「ど、どこでそれを!?」

「しかも魔獣とお話しできるんだとか。すごいわね?」

「――エルフィ。精霊たちは変わらずですか?」


 ベネルフィが少しきつめの声で問えば、エルフィと呼ばれた少女は風で乱れる金髪を抑えて微笑んだ。


「まあ、学院長。精霊たちは相変わらず……風の精霊たちは噂好きですし、大地の精霊たちは真面目にぼんやりしてますわ」


 その答えを聞き、ようやくティークにもエルフィという少女がどんな存在なのかを理解した。『精霊士』――精霊の声を聞き、力を借りる希少な存在。


「エルフィは精霊科のエースでね。精霊科の講師よりも才能がある4年生だ。普通の精霊士は精霊にお願いして頼みを聞いてもらうんだが、エルフィは精霊に『好かれすぎている』。だから……」


 ちらりとベネルフィがエルフィに視線を向けると、エルフィがおっとりと優しく微笑む。瞬間、急に吹いた風に花びらが巻き上げられてエルフィの周りを彩った。優しく揺らめく金髪に、碧色の瞳。顔立ちが整っていることもあり、まるで一枚の絵画のように美しい光景だった。


「……すごいでしょ? あれ、精霊たちが勝手にやってるのよ……? しかも噂好きな風の精霊たちがあることないこと吹き込むものだから隠し事もほとんどできないし、ね。言いふらすような性格じゃないことが救いかしら。ティークくんのことは内密にね、エルフィ」

「わかっていますわ、少し気になっただけですので。それでは、私は散歩に戻ります」


 髪とスカートのすそを抑えたエルフィの周囲で、突風が舞い上がる。風と空気でできた階段を上り、そのまま上空に歩いていった。その行く先を眺めていると、次々と足元の大地に生えている草や花が生き生きと活力を取り戻している様子が伝わってきた。


「……いきなりごめんなさいね。アレ、学院でも『特に変わり者』の部類だから、引かないでくれると助かるわ……」


 頭痛を堪えるように額を揉みこむベネルフィの姿を見て、ティークはとりあえず頷いておいた。

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