軌跡と選択
「さて。貴方は材料なのでもう少し留まってもらいます」
「あいよ」
白い空間であぐらをかく。
見るべき場所もない。
単なる待機場所。
「俺って心臓失ってどうやって生き延びる感じなわけ?」
「過去世界の貴方と照合すれば何とかなりますよ」
「なるほど。じゃあ安心だな」
会話が止まる。
聞こえるのは、魔法陣の作動音のようなものと、俺の鼓動だけ。
「……過去に転移、か。こりゃもう無敵だな」
「そうでもありません」
そうなのか?
何か欠点があるのだろうか。
「過去への転移の実行は、ある可能性を解放してしまいます。過去方向への可能性の発散です。それを防ぐために楔を打たなくてはならず、それはもう2度と抜くことができない。可能か不可能かで言えば可能ですが、抜いた瞬間に発散が始まる。ここは殻で閉じられた世界ですから、世界を生成するリソースにも限りがある……突然、世界が停止する可能性がある」
つまりは、なんだ。
この過去転移は一度切りって話か。
「もう失敗はできない、か」
「ええ。これは私のわがままのようなもの。そのために世界に一度だけの権利を切る」
お代官さんのために、か。
しかし、災害が無かった世界かぁ。
聖樹の国の魔物使いはどうなるんだろうな。
「どのぐらい前まで戻るんだ」
「さて……例のゲームが始まるより少し前、でしょうか」
ならジークの連絡先はあるな。
モータルは……ダメか。
どうやって会うかな。
「はぁ……」
暇だ。
退屈は、思考を加速させる。
俺は、これまでの事を思い返していた。
色々なことがあった。
魔王軍広報部。
魔人部隊に、アルザとの対決。
オークの国。
影との出会いと、討伐。
魔王との戦い。
ヤワタのことでも揉めたっけな。
モータルの狂狼病の治療も大変だったな。
他にも色々とある。
ただ、やっぱり1番キツかったのは魔女討伐だな。
仲間になったやつや、死んでいったやつ。
エリーさん。
出会いは数え切れない。
「なぁ、その過去の世界なら皆いるんだよな?」
「……」
砂漠の女王の表情が少し曇る。
「過去転移は、世界の履歴を辿る形で行います。ええ、いるでしょう……しかしあの災害以降に生まれた存在に関しては逆に消えてしまいます」
そうか。
そうなのか。
俺達が旅をする間にも、人々の営みは何だかんだ続いていて。
おめでたい話があったというのも、風の噂程度だが、聞いていた。
「どうにもならないのか?」
「こればかりは。ほとんどの人間は記憶も過去のものと擦り合わされ、この時間軸のものを忘却するでしょうから、混乱は避けられると思いますが……」
根本的な部分はどうにもならない、か。
必要な犠牲と割り切るべきなんだろうが、それでも考え込んでしまう。
もし思い出してしまったら——どれほどの絶望を抱くのか。
「やめておきますか?」
「……は?」
今、なんて言った?
「過去の転移は、まだ取り消せます。今は保留状態のようなものです」
思わず砂漠の女王の顔を凝視する。
表情を見るに……躊躇、か。珍しい。
「らしくねぇな。お代官さん第一だろ?」
「今のこの世界は、良いとは言えないでしょう。しかし、確実に前に進みつつある」
ふむ。
そいつはまぁ、そうだな。
「それは貴方達の歩みの結果。貴方達の矜持が、想いが……前に進ませた。失ったものはあるでしょう。しかし、得るものもあった。そんな軌跡のほぼ全てが消えてしまう。私一人の手によって」
軌跡が消える。
ま、部分的にはそうだな。
あの砂漠周りの街並みは好きだ。
聖樹の国だって……牛耳ってる奴らはともかく、街としては好きな部類に入る。
この巡り合わせだから仲間になれた魔族だっているし、人間もそうだ。
ああ、そうだ。
「砂漠の女王。お前だってその1人なんだよ」
「……?」
分からねぇかな。
俺はまだピンときてない様子の砂漠の女王に説明してやることにした。
「誰のおかげでここまで来れたか考えろよ。十傑だけでやれたか? 無理だね。じゃあ逆にあんただけなら? それもちと厳しい。一部の魔族の協力もあったな。捨て子の協力は? 聖樹教からだって戦力を派遣してもらったよな。てか聖女レオノラにもずいぶん世話になった……どころか最後で教皇相手に騙くらかすための鍵になってもらった。ちと癪だが影の野郎がいないと厳しかった部分も多いだろうな」
「……ですが」
「ですがも何もあるかよ。貴方達の歩み? 違うね、俺達だ。お前も含んだ俺達の歩みなんだよ。その俺達の内の1人が、考えて、教皇すらも出し抜いて掴み取った“皆を救う方法”がこの転移だ。もっと誇れよ! 俺達の歩みはこの場所に来るためだったんだってな! これはお前個人の横槍なんかじゃねぇんだよ! これも含めて軌跡だッ!」
失うものはあるさ。
それでも進んでくしかない。
いや、本当のところは俺だって分かってないのかもしれない。
今回失う命は、俺の近くにないものだから。
後悔する事になるかもしれない。
取り返しはつかない。
でも結局、そういう事の繰り返しなんだろう。
退屈で平和な日常であっても、世界まるごと時間跳躍だろうと。
選ぶしかないんだ。
「俺は選んだ。過去へ飛ぼう。お前はどうしたい?」
「……私は」
砂漠の女王が少しの間、目を瞑る。
やがて決意を込めた声音で、宣言した。
「転移しましょう。過去へ」
それで良い。
白い世界が回り始める。
気付けば俺の身体は半透明になり始めていた。
鼓動を感じない。
「不思議な感覚だな」
「次にその感覚を味わう時があるとすれば……敵に心臓部をくり抜かれて死んだ時、でしょうか」
2度と味わいたくねぇな。
俺がそんな事を考えている内に世界は回り、そして————、
ピピピ。ピピピ。
「……ぁー」
ぼんやりとした意識のまま目覚まし時計を止める。
「マジで眠い。つか身体だるっ」
簡易式のラジオ体操をしていると、だんだんと意識がハッキリとしてきた。
昨晩は……何だっけか。ジークと遅くまでゲームしてたんだったな。
新しい過疎ゲー発掘してぇだの何だの言ってたが、良いのが見つかるだろうか。
「やべ、スマホ充填してねぇや」
まぁいいか。
学校で魔力量の多い友達にやってもらおう。
歯を磨き、妹と両親と共に朝飯を食い、家を出る。
いつもと同じ。
退屈な日常だ。
「……」
ただ、今日はそれが妙に愛おしく思えた。
何でだろうな。
疑問を感じ、思わず立ち止まってしまう。
「おはようございます! いやぁ、爽やかな朝ですな!」
「うおっ」
びっくりした。
近所の洋館みてぇな場所に住む吸血鬼だ。
陰気な顔からは想像もできない口調と爽やかな挨拶をすることで有名になっている。
「えーと……おはざッス」
俺はとりあえず会釈と雑な挨拶で返した。
吸血鬼的には爽やかな朝ってどうなんだ?
太陽への高度な皮肉なんだろうか。
その後、俺はいつも通りの通学路を歩き学校に辿り着いた。
「着いた、な」
昨日だってここに来た。
それなのに、随分と遠かった。
そんな気分だった。




