教皇様の質問コーナー
「そう縮こまらなくてもいい。……とはいえ、いきなり自主的に質問は厳しいか。じゃあ、そこの君」
「わ、ワシか?」
「そう。魔女の捨て子の君だ」
スルーグさんが動揺で身体をうねらせている。
初めて見たなあの挙動。
「ああ、その、ワシらは……捨て子の扱いは、どうなる?」
「そうだね。基本的には、君らのように知性と良識を持った者達は異世界人と同様に扱おう」
「具体的には?」
「改宗を前提条件として、同盟国の国民として扱う。実際に何人かは砂漠へ移住する腹積もりなんじゃないのかい?」
あー、クソ、待て待て。
「前提条件に関する話をすっ飛ばしすぎてる。まずそこを擦り合わせないと話にならないだろうが! ……できないと、思うんですがどうでしょうか」
あっぶね。タメ口ききかけたぜ。
レオノラから凄まじく鋭い視線を飛ばされている。
分かってるって。動揺してたんだよ。
「そうか。ドラグから聞くのと、私から聞くのでは大きな違いだ。失念していたよ。申し訳ない」
俺の危うい言葉遣いを気にした素振りもなく、教皇が続ける。
「まず1点。君たちには改宗の機会を与える」
改宗ね。
俺らはともかく、荒れる場所はあるだろうな。
それに、より根本的な問題がある。
同じ懸念を抱いたのか、隣のほっぴーが口を開いた。
「魂の在り方が、既にそちらのいう異端になっている者がいます。そういった者達も改宗できるんですか?」
「世界が混じり、流転し、聖樹様もその枝で示す先を変えた。……刻んだ法則次第では寛容を示すだろう」
確か転移魔法は禁忌だったか。
砂漠の女王とかめちゃくちゃアウトじゃないか?
「改宗しない、できない者がいた場合は?」
「改宗をしろと言っているわけじゃない。私は機会を与えると言ったんだ。ほっぴー君」
しろと言ってるのと一緒だろう。
聖樹の国を相手に、魔王軍でさえジリ貧だったんだ。俺達じゃ敵うはずもない。
「君たちが神に祈った時。まるで理不尽な不幸を目の当たりにして、呆然とした時。神が何かをしてくれたことはあるかい?」
大声というわけでもないのに、よく通る声だ。
レオノラと言い、聖樹教の人間はボイトレでも義務化されてるのか?
「私はある。我々の神は、目に見える場所にいて、実際に救ってくれる」
そこだ。
聖樹教の圧倒的に強い部分。神とその恩寵の高い実在性。
「だけどね。聖樹様は全能を謳っているわけではないんだ。気付いた者にしか枝先を伸ばせない。だから、我々は祈り、ここに居ると聖樹様に伝える必要がある」
教皇が慈悲に満ちたような笑みを浮かべる。
手を広げる。
「君たちの世界に神はいたかい? ここにはいる。お願いだ、君たちを救わせてくれ。少し歩いた先にある木陰に、そっと身を寄せる。ただそれだけでいいんだ」
なるほど。
しかしそれはある種、残酷な面が無いだろうか。
どれだけ祈っても不幸から抜け出せないなら、聖樹はそいつの祈りに微塵も興味が湧かなかったという事になる。
「身内の、それもお気に入りしか救わない神ね」
「アルザ。聞き捨てならんのぅ。この世界で流通する食料やその調理法の多くは聖樹様から生まれた物じゃぞ。その時点で世界全体を救っちょるじゃろうが」
そうドラグから嗜められてもなお、眉根を寄せるアルザ。
そういえば、魔王軍はどういう信条の元争っていたんだろうか。
「だいたい、祈りはそんなクジ引きみたいなものじゃない。君たちのそれは、即物的すぎる」
アルザは何か、信じるものがあったのだろうか。
正直俺にはよく分からない感覚だ。
祈るだけでたまにSSRが湧いて出る、全くもって都合の良い話だとしか思えない。
まぁ、こういう考えのやつを救うのかと言われれば微妙な気はするが……それで聖樹の国と争わずに済むなら何でも良い。
「なるほど。即物的。そういう見方もあるだろう。しかし、祈る者を、信じる者を救う事は悪だろうか? 己を律するために祈るのだとしても、その在り様に祝福を与える神がいてはならないのだろうか? 即物的と言うが、実際に神が目に見える形で存在している以上そういった側面はどうしても生まれてしまうだろう。事象を部分的に切り取れば悪し様に見えるかもしれないが……もう少し、大きな視点でとらえて欲しいな」
「フン、だいたいあの木に」
瞬間、机を強く叩く音が室内に響いた。
「アルザ。それ以上は私とて黙っておれんぞ」
レオノラだ。
怒りの形相でアルザを睨みつけているが……大した演技だ。
お前、聖樹とかいう古木、最高の魔力触媒だよね! みたいな事言ってただろうが。
「……悪いね。言い過ぎるところだった」
「聖女レオノラ。君の気持ちも分かるが、そう怒鳴らないであげてくれ。理解を得るまで一度の対話では足りないことは分かっていた」
教皇がぐっと身を乗り出した。
「時間が無くなってきた。改宗の件について手短に話そう。神に誓って、改宗しなかった者をどうするだとかそういう事を言うつもりは無い。だだ、一点だけ……聖樹の国から、使者を出すことを許して欲しい」
「……」
使者かぁ。
「実際はね。もっと話は簡単なんだ。君たちを支援する理由が欲しい。異世界人だが、我々に歩み寄る姿勢を持っている。その事実を作れるだけで構わない。本音を言えば、皆に改宗して欲しいけれど……君たちにも君たちの事情というものがあるだろう?」
ほっぴーと顔を見合わせる。
どうするよ?
「改宗という強い言葉で警戒させてしまったかもしれないが……本当に、単純な事なんだ。我々には対話による相互理解が必要だと言うこと。そのための使者だ」
宗教的侵略という言葉が脳裏をチラつく。
まずい……のか?
別に俺らがトップじゃなくなろうがどうでも良くないか?
元々が復興する間までの仮管理者のつもりでやってるんだから。
「頼むよ」
「……俺らは今、砂漠の女王の領域を軸に暮らしてる。砂漠の女王が許可するかどうかによるとしか答えられない」
ほっぴーが渋々といった口調で答えた。
そうじゃん。砂漠の女王がトップだわ。
俺なんかほぼ鉄砲玉じゃんね。
「では、使者を受け入れるよう交渉はしてくれるんだね?」
「交渉はしましょう。ですが、あまり期待はできないと思います」
「その約束をしてくれただけでありがたいよ。使者の候補は複数用意する。聖樹の国へ着いたら、その中から選んで欲しい」
何か確信めいたものがあるようだ。
俺たちはあいつが使者を受け入れるようには思えないが……こうも自信満々に対応されると気圧されてしまう。
「そして2点目。タカ君、きみのその心臓はどうにかしよう。聖女レオノラの治療は戦場ではピカイチの性能だが、その他の症状には弱い。彼女では君を治せないだろう……しかし、うちには君のような状態を治す専門家のような人材もいる。ただいかんせん多忙でね……」
お前どこから聞いてたんだよ、と言いたくなるがぐっと堪える。
今日パッと見ただけで俺の惨状を把握したのかもしれないしな。
「予定を調整させて、君たちが聖樹の国に到着するまでには戻ってくるようにする。約束するよ」
「…………ありがとう、ございます」
まぁ、礼を言うべき事だろう。
そこでようやく俺は教皇の腕の輪郭が怪しくなりつつあることに気付いた。
「3点目だ」
立てた3本の指が溶けて1つになりかけている。
「魔女討伐の褒章として、望む物を1つ何でも用意しよう。……ああ、実現可能な範囲で頼むよ? 流石に国を寄越せと言われると少し困った事態になってしまう」
少しで済むのかよ。
というか。
「その約束は、俺の心臓の治療手段で帳消しかと思ってたんですが」
「我が国のために働いた兵士に治療を施すなんて当たり前のことだよ。他の兵士の負傷も同様さ。当然、報酬は別に用意する。何だっていい。1つという言い方をしたが、例えば……そうだな。天の石が大量に欲しい、だとかそういう願いでも構わない」
うお……マジ?
「うお……マジ?」
一瞬俺の心の声が漏れ出たのかと思った。
隣のほっぴーが慌てて手で口を押さえている。
「4点目。アルザ君達のことは、私が手を回しておくから――是非とも、討伐隊全員で聖樹の国へ来てほしい」
教皇が融けていく。
「せっかく歓迎の準備を進めているんだ。それを無駄にしたくない。頼んだよ」
パサリ。
残された衣服が床に落ちる乾いた音と共に、教皇が消えた。
クソッ、結局ほとんど質問させてくれなかったじゃねぇか。
あと色々と要求を飲まされた気がする。
言われたことを整理し、追加で話し合う必要が出てきた。
少し考え、俺は手始めに腕組みをしながら重々しく呟くことにした。
「天の石か……」
「マジでな」
ガチャなんてなんぼ引いても良いですからね。




