犬も食わない例のやつ
「そんでまぁ、正直オリヴィアさんにもエリーさんにも参加して欲しいわけですよ」
掲示板での会議があった数日後。
応接間にて、聖樹の国に帰還してきたオリヴィアと俺は向かい合っていた。
「目の敵にしているのはあちらですよね?」
テーブル越しに、オリヴィアの鋭い視線が投げかけられる。
「そういう言い方が……ですね……あんま良くないと言うか……」
あれから何度か考えたが、明らかに大狼討伐部隊は戦力が足りていない。
おそらくエリーさんを組み込む前提で、聖女から遠回しに「お前が説得しなきゃ死ぬぞ」と脅しをかけられているのだろう。
「私はいつだって冷静に、効率的に動きますけど。彼女は……どうでしょうね」
「いやー……まぁ〜……そうすね……」
まいったな。無策のまま話し合いを始めたせいで手も足も出ない。
「……」
オリヴィアをぼうっと眺めつつ思案する。
確かに、そもそもの原因はエリーさんの態度……いや、違うな?
「でも、オリヴィアさんが俺を兵器として購入だの何だの言いだしたのがキッカケじゃないですか」
「ああ。ですけど、仕方なくないですか?」
「言い方ってもんがあるでしょう」
オリヴィアが心底どうでもよさそうな顔で、テーブル上のお茶に口をつける。
「……エリーさんとは夫婦関係だそうですが、それはあくまで何かを誤魔化すための設定でしょう?」
そのはずなんだけどな。
何か勝手に違うことにされてんだよな。
言い淀む俺に、オリヴィアが片眉を微かに上げる。
「ふむ? ひょっとして設定“も”兼ねている……そういう事ですか?」
「あー……うーん……」
「なるほど。あの態度は――嫉妬ですか」
「まぁ……」
感情と事情が入り組み過ぎてて話しづらい。
ここは適当に返事して勝手に納得させておこう。
「はー、なるほど。確かに実験の過程や購入の打診は見方によっては求愛に見えますか」
つーかこの人思ってたよりデリカシーが壊滅してるな。
「ふむふむ。いえ、構いませんよ。夫婦ごと囲い込みで購入することを約束しましょう。交配が可能かは知りませんが、呪術兵器がどのような種を残すのか興味もありますし」
無限に失礼な事言うじゃん。
ノンデリラッシュかけてくるなよ。
「オリヴィアさん、マジでそれエリーさんの前で言うなよ」
「はいはい」
分かってますよ、みたいな顔をするな。
多分ダメな理由は何一つ理解できてねぇから。
「とりあえず、エリーさんの態度の理由は察しがついたんだろ? なら刺激しないように頼むぜ」
「ええ。私もそこまで野暮ではないので」
だいぶ野暮だろ。
……さて。こっちは話が一旦まとまった。
次はエリーさんの方だな。
俺は、出されていた茶を一気に飲み干し席を立った。
「夫婦喧嘩はほどほどに頼みますよ」
「やかましいなマジで」
応接間を出て、エリーさんのいる部屋へ向かう。
窓から差す西日に鬱陶しさを感じつつも、話す事を整理していく。
えぇと、まずエリーさんが不機嫌な主因は……嫉妬ではあるんだよな。
そうするとだな。
「タカさん。考え事ですか?」
「あ、はい」
唐突に眼前に現れたエリーさんの姿に心臓が止まりかける。
やべ、虚勢のバリアちょっと剥げた。
「部屋で少し話しましょうか?」
「そっ……すね」
殺されるか?
俺は横目で逃走経路を確認しながら頷いた。
「片付いている、というよりは物が少ないだけですが。どうぞ」
「どうも……」
今のエリーさんがどういう感情なのか計りかねている間に、部屋に着いてしまった。
警戒半分、諦め半分で促されるまま入室する。
「お茶でも出しますね」
「いや、さっき飲んだんで……あー、欲しいっすね」
圧に屈しつつ座布団の上にあぐらをかく。
部屋の中には、寝具とこの座布団と丸机以外にはほぼ何もない。
ミニキッチンのような区画にいくらか調理器具がある程度か。
「それで」
「はい」
「私のこと、大狼の討伐隊に組み込みたいんですよね?」
こくりと頷く。
「でも、オリヴィアさんと揉めてしまうから……タカさんが説得して回っている」
「ま、そうすね」
出されたお茶のカップを両手でそっと包む。……温かい。
氷を呪術に組み込んでから、妙に末端が冷えるようになったからな。
助かるぜ。
「その様子だと、オリヴィアさんの説得は終えたんですよね」
「一応は」
「私達の関係について話したんですか?」
私達の関係。
それは何を指しているんだろうか。
カップに手をつけたり放したりしながら、少しの思考。
「……夫婦関係ってことを伝えまして。呪術についてはバレてる節があったのでその辺は勝手に納得してもらう方向で」
「なるほど。魔女の討伐が終わったら……オリヴィアさんのところに厄介になるつもりなんでしたっけ」
「いや」
それは。
ムカデ女が生きたがった時の保険として約束は取り付けただけだ。
今のところ、ムカデ女は役割を全うすれば死ぬつもりだろうし、そうなったら。
「戦死してもらう方が良いですよね」
「……エリーさん」
「大丈夫ですよ。ここレオノラさんの防音結界付きの部屋ですから」
分かってる。
拳聖も、オリヴィアも、あの銀弾のおっさんも。
魔女討伐が済んだ後に、殺した方が都合が良い。
いや、レオノラは当然殺すつもりで計画を組んでる。
「ただでさえオリヴィアさんの探してる姉は……タカさん達が殺したんですから。一緒に居続けるのは難しいでしょう?」
「分かってますよ」
ずっとコップに向けていた視線を、そこでようやく上げる。
エリーさんの、深く、突き落とされるような瞳。
「だから、別にいいんです」
「オリヴィアさんが何を言ってこようが、無意味なのは分かっていますから」
俺は口の中がカラカラになっていくのを感じた。
慌ててお茶に口をつけるが、その感触は終わらない。
「タカさん。私はこれだけ確認できれば良いんです」
「あ、ああ」
「あの女とは違って、私は紛れもない、対等な、協力者。そうですよね?」
「そうだ」
「なら、コールト国から帰る時に言ったのと同じですよ。全部許します。全部。何もかも」
「は、はは。ありがとう、エリーさん」
冷えは、手の先程度では済みそうになかった。




