傲慢だけでなく
「タカ。少し目を覚ませ」
そんな声が耳に打ち付けられ、朧げながら視界が開けてくる。
「魔力伝導で、呪術をより深く刻み込むとはな。廃人になってもおかしくない暴挙だが……生き残る手段としては正しかった」
耳に入った音を言語として処理できない。
ひたすらに、凍える。
身を震わす事すらできない寒さ。
「いいか? 今から、お前が深く刻み込んだ箇所を弄る。そこで大事なのはお前の認識だ」
寒い。
「その氷は、誰の物だ?」
寒い。
「お前はゴブリンを氷漬けにしていたという。まぁ地面も凍らせてしまっていたようだが」
寒、い。
「お前も違和感を持たなかったか?」
……
「敵から受けた攻撃のカウンター……なんて域を超えているだろう。まるで氷がお前に応じたかのようじゃないか」
氷。
「ひょっとして、その氷を被弾していなければお前は死んでいたんじゃないか?」
ああ。
そうだ。
思い出した。
視界がハッキリとしてくる。
獰猛に笑うレオノラが見える。
「お、俺……は……」
皮肉なものだ。
あの時、最初に氷の杭を浴びていなければ俺は、蔦を切れず巨猿もいなせず死んでいたかもしれない。
「口がきけるようになったか。ではもう一度問おう——その氷は、誰の物だ?」
なるほど。そういう事か。
全くもって、傲慢が過ぎて笑えてくる。
何より自分自身が本当にそう思い始めているあたりが特に。
唇を舐め、俺はゆっくりと言った。
「俺の、物だ……!」
「よろしい。ではそのように処置する」
瞬間、激痛が走り——
意識が暗転した。
気付くと、見慣れない天井があった。
「あー、エリーさん?」
返事がない。
まさか敵地に誘拐されたか、と慌てて起き上がる。
「あ、ども。エリーさんはいないですよ。流石に精密作業だったので、情緒が安定してない人は……ねぇ?」
精密作業?
そうだ、俺の身体は。
「……治ってる」
「治ってるというか。回復魔法は、そりゃ使いましたけど微々たるもので、ほぼ呪術の効果ですよ」
呪術。
俺の記憶が正しいなら、両腕が取れかけな上に凍り付いていたはずだが。
「両腕の再生が微々たる物だって?」
「再生というか普通に繋がってはいたので」
「そうか。お前が手伝いを?」
「はい」
不本意だが、言うべき事は言わなければならない。
「ありがとな」
「アハハハハ、まぁ私はほぼ野次馬みたいなものだったんですけどね!」
そんな事だろうと思ったよ。
ベッドから起き上がり、軽く体を動かしてみる。
うん、良い調子だ。
「氷漬けだったとは思えんな」
「今も実質氷漬けみたいなものですよ?」
は?
ここでようやく俺は、メイドの顔をまじまじと見た。
目の下の隈が異常だ。
コイツ……野次馬だの何だの、嘘つきやがったな。
「あ、バレました? お嬢様、人遣いが荒いんですよねぇ」
「そのお嬢様は今どこで何してんだ」
「何って……魔女の作品狩りですよ。他の方々も」
そうか。
それだけ聞くと、俺は部屋を後にした。
誰もいないのか、廊下に俺の足音だけが響く。
本当に全員作品狩りに精を出してるらしい。
「お困りですか?」
背後から唐突に声をかけられる。
振り返れば、依然として隈が酷いままのメイド。
「心臓に悪いからやめろ」
「まぁまぁ。やることがなくて暇だったんじゃないですか?」
確かにそうだ。
「何か仕事を手伝えって言ってんじゃねぇだろうな」
「ご名答です。仕事といっても……作品狩りですけどね?」
作品か。
「誰とだ?」
「一人で、です。そろそろ思い出してませんか? 自身の呪術が、大幅に強化されてること」
大幅な強化。
ああ、そうだ。目覚めてすぐは夢か何かと思っていたが、おそらく俺はあの氷を自分の物にしたのだろう。
レッテル貼りという反動はでかいが確実に切り札級となる能力も得ている。
第一に、出力の具合が以前とまるで違う。
嘆きの母の強さと同レベルなのだとしたら、あの地獄を生き抜いた今の俺であれば。
「……お断りだ。何を急いでいるのか知らんが、作品相手にソロ攻略? リスキーが過ぎるぞ」
そんな仕事は受け入れられない。
冷静に分析するなら、勝率は五分もない。
そして1人で負けた場合、情報も持ち帰れず、そもそも味方に生死が伝わらない。
下手をすれば救助にきたやつが二次被害に遭うことも考えられる。
「おお。傲慢の法を刻んでいるとは思えない冷静さ」
「虚栄と傲慢の法だ。この傲慢が虚ろな事は理解してる」
実際、危なかった。
俺はあと少しで頷いていただろうし、頷いていれば戻れなかった。
精神が変容しかけている。先ほどの思考なんか傲慢の極みだ。
今ならば納得できる。魔族がたいていイカれてることも、聖樹教がこれを禁呪としていることも。
「うんうん。良いですね。ここで頷くようなら再調整でした」
「再調整か。具体的には」
「あー……多分めっちゃ弱体化しますし、下手すればコールドスリープですかね」
本当に危ないとこだったな。
俺が死ねばレオノラは死ぬ。だから絶対に死なせはしないはずだが……そこが逆に恐ろしい。
「じゃあ仕事は結局無いんだな?」
「いえ。普通に作品狩りに行ってもらいますよ?」
ふざけんな。
「一応怪我人だろうが。労われよ」
「まぁまぁ。ちゃんと助っ人がいますから」
助っ人?
「誰だ?」
「外部の方ですね。他の人はもう顔合わせしたんですけど」
下手に呪術を使うとバレそうで怖いな。
俺の考えを察したのか、メイドがニタリと笑って囁いてくる。
「元はただの氷魔法ですよ。呪術自体も基礎能力上昇の枠に収まってます。まずバレません」
なるほど。
そういうもんか。
「じゃあ行ってくるか。助っ人はどんなやつだ?」
「ギフト持ちの方ですね。駆除区分と研究区分で特級の資格を持っています」
「そうか」
じゃあ強いな。
俺が出る幕があるか不安なところだ。
「あと、補足情報なのですが」
「なんだ」
性格に難ありとかか?
「貴方がたが領域に引き込んで殺した破砕のギフト持ち……その、妹だそうですよ?」
「そいつは……」
あらゆる言葉が喉元まできては消え、ようやく言葉を吐き出す。
「……愉快な仕事になりそうだな」
「不愉快のお手本みたいな顔ですねー」
うるせぇ。
じゃあどんな顔をしろってんだよ。




