刻んだ法、修行の成果
「調子が良さそうだな、タカ」
早朝。
客間で入念にラジオ体操を行なっていると、カップ片手に歩くレオノラに話しかけられた。
「まぁな。この二日、戦闘を繰り返してやっと魔法が馴染んできた」
「そうか。そんなお前に良いニュースだ。申請が意外にスムーズにいってな……明日、出発できることになった」
「へぇ」
レオノラにつられて口の端が上がる。
やっと一時領域に帰還できるってわけだ。ありがてぇ。
「そろそろ領域が恋しかったとこだ」
「ははは! 私もだ。また色々とつまみ食いをしたい」
「住民からのお便り経由で報告あげとくからな」
レオノラの眉が下がる。
お、少し罪悪感をもったな? 俺に対し精神的優位を譲ったわけだ。
「……ほう」
「チッ、弾かれたか」
かけようとしたデバフが弾かれる感触。
魔法を行使してみたが、流石に製作者であるレオノラには通じなかったらしい。
「そんな応用的な使い方もできるようになったのか」
「まあな」
俺に刻まれた呪術は、俺を格上だと錯覚させる術と格下に対して撒けるデバフの二つ。
他にも細々としたものが幾つかあるが、基本はその二つが軸となっている。
「ちょっとぐらいならデバフ撒けると思ったんだけどな。流石にガードが堅かったか」
「ああ。それに私は、反省しているような表情を作っただけで悪いとは一切思っていないからな。そもそも不可能だ」
「なるほどなぁ」
そういうやつだったな。
コイツに優位をとるには別の角度から攻めなきゃならないわけだ。
「しかし、精神的な部分への作用をよく気付けたな。私ですら曖昧にしか把握していなかったというのに」
「おう。オークやらゴブリンを狩るにも、ただ単に威圧するより、役職があるらしい個体を人質にとったり、食糧貯めてるらしいとこの横で火を構えたり……色々検証を繰り返して、単純な力の差じゃなく、精神的優位に立つことで撒けるデバフがあるってことを発見したんだ」
「そ、そうか……」
大変だったぜ。
山賊か野盗の類いがいればここら辺の検証は楽だったんだがな。
とは言え、そう都合良く出会えるはずもなく、苦肉の策として社会性を持つ魔物に試すことになったんだ。
レオノラはしばらく苦虫を嚙み潰したような表情をしていたが、俺がデバフを投げてやろうと思い立ったあたりで口を開いた。
「名前は付けないのか?」
「名前?」
「そうだ。お前に刻んだ法に、名前をつける。効果が目に見えて出るようなものではないが、その後の発展に指向性が出せる。それに、これから死ぬまで付き纏う法だ。多少は仲良く付き合いたいだろう?」
発展に指向性。
俺が使う法に相応しい名前かぁ。
適当に椅子を引っ張ってきて、座る。
レオノラもそれに続いて、俺の前に椅子を持ってきて座った。
勢いで刻んだが、このまま一生付き合うものだからな。
適当に決めるわけにはいかない。
「そういうレオノラは自分の法に名前は?」
「ん? 不滅の実現だ」
「……論文のタイトルに近くねぇか?」
「はははは! 学者肌の呪術師は皆そんなものだぞ!」
名付けせずに、器用貧乏っぽくするのも手なんだろうが……俺はそんな余裕が作れるほど強くない。
指向性は定めるべきだ。なら名称はどうしよう。
法の軸となっているのは、俺を強く見せる事と、弱者相手に優位に立つ事。
客観的に見るとひっでぇ字面だな。
「虚栄と傲慢の法でどうだ」
「ほう? 自分を罪人だと思っているのかね?」
「罪人ではあるけど、んー……この名付け、負けフラグくせぇな。やめとくか」
「そうか? お前たちの創作物の中では……まぁ、傲慢は負けフラグだが、虚栄、見栄を張るなんてことはよく主人公格がやっているじゃないか」
主人公格が虚栄を張る?
そんなのあったっけな。
「明らかに敵わない相手に、倒してやると息巻くだろう。見栄……虚栄じゃないのか、アレは」
「たいがいその後、負けイベ挟む気がするんだけど」
「虚栄を通し切ることもあるだろう」
あるにはあるけどさぁ。
どうしたもんかな。
他に何か案があるかと問われれば、無いんだよな。
正面のレオノラの意味ありげな笑みが、どことなくむかつく。
しかし、俺にはお似合いの名前なのは確かだ。
「決定でいい。俺の法は、虚栄と傲慢だ」
「そうか」
自分で納得し、決定した瞬間、身体に妙な感覚が走る。
ほんの些細な、皮膚の一部がピリつくだとか、そんなレベルのものではあったが……確かに、何かが変わるのを感じた。
「レオノラ」
「なんだ」
「つまみ食いの件は、誰と一緒にやったんだ?」
レオノラの表情が僅かに変わる。
「はは、何、私が独断でやっただけだ。すまんね」
「紅羽か?」
バチッ。
デバフが弾かれる感覚。
投げたのは、一番通りやすいが効果も薄いデバフだったんだが……それでも無理か。
――だが、惜しかった。
「くくく、狂犬め」
「上方修正がかかったなら、元がどんなに弱くても一回は試したくなるのがゲーマーの性でな」
「はははははは! 愉快な男だ、本当に!」
心底楽しそうに笑うレオノラ。
よっぽど楽しかったのか、偽装している顔から牙が僅かに突き出る。
「……おいおい」
「おっと。これは失敬。鼻は毎晩削っているのだが、牙はたまに突き出してしまうのだよ」
「ボロが出る前に領域で休暇を取れそうで良かったな?」
「全くだ」
これ以上の揺さぶりは不可能と判断した俺は、椅子から立ち上がり、客間を後にしようとした。
扉に手をかけたあたりで、レオノラに呼び止められる。
「タカ」
「んだよ」
「ムカデ女に、狂っていると罵倒されたそうだな」
「……だから?」
さっき揺さぶった事への仕返しか?
「お前の中にいた私とは異なる意見でね」
「はあ」
レオノラがぴっと人差し指を立てる。
「お前の行動や心理は正常そのものだよ」
ムカデ女は違うと言っていたはずだが。
いや、そこは否定してなかったか?
「異常事態にその正常さは壊れてしまうのが普通だ、だがそうなっていない」
「何が言いたいんだよ」
「壊れない事を、異常事態への認識が狂っているせいだ、感覚が壊れているせいだとムカデ女は言っているわけだ。ただ、私は違うと思うぞ」
「どう違うんだ」
「私はこう思っている。お前の、いや、お前たちというコミュニティの強度が高いからだと。世界が魔の法に吞まれるという異常事態よりもな」
そこまで話すと、レオノラがしばし瞳を閉じる。
なんだよ。
「……だから。奇しくも結論は同じになってしまう。お前だけで判断するな、他の十傑を頼れ」
戒律全破壊イカレ聖女が良いこと言おうとしてんじゃねぇ。
……ただ、全くタメにならんわけではない。
「わかったよ」
「では、修行と検証に明け暮れ、サボっていたであろう定期連絡をしておくことだな」
あっ。
俺は慌てて自室へ戻り、掲示板魔法を起動した。
不在中に散々良いように言われていた事に気付き、キレるのはその少し後の事だ。




