酔っ払いの戯言
「おぉい」
視界の端にブーザーがうつる。
「どうした」
「いやぁ、流石にこれ全部は持って帰れねぇからどうしよかと思ってよぉ」
「……お前の例のバッグは」
「あぁ? アホか。明らかに俺の等級で使っていい容量超えてるっつーの。ギルド経由で異端審問官がすっ飛んでくるぞ」
ふむ。そうなのか。
「じゃあどうするんだよ」
「それを聞いてんじゃねぇかよぉ」
……。
「小出しで売ればいいんじゃないのか?」
「ある程度、種類がバラけてりゃいいけどよぉ、同一の素材をこの量だぜぇ? 小出ししても怪しまれるに決まってんだろうがよぉ」
確かに。
これは困ったことになったな。
ムカデの海となった周囲を眺めながら考える。
防具を作れる人材が領域に居りゃあなぁ。
そうすりゃ、運び屋辺りにいくつか拝借させるんだが。
「嘆きの母だけ持って帰るか?」
「……嘆きの母?」
しまった、この名称を知ってるのは俺だけだった。
誤魔化すような笑みを浮かべながら腰の短剣に左手を伸ばす。
「ちょっとしたあだ名だよ。このムカデどもの母。やたら嘆きの言葉を口にしてたじゃねぇか」
「ふ、ひゃは、ははははははッ!」
ブーザーが唐突に笑い出した。
短剣を掴む。
いつでも斬りかかれる。おそらく、背後のモータルも同じようにブーザーを殺す準備をしているだろう。
「何がおかしいんだ?」
「だってよぉ。随分と、魔物の名前に詳しいじゃねぇか。むかでって言うんだなぁ?」
クソ。
馬鹿か俺は。
動揺してボロを出しすぎだ。
「おぉ、心配すんな。今初めて口に出した単語じゃねぇよ。戦闘中だって、むかでおんな、だの何だの言ってたからなぁ」
唾をのむ。
迂闊すぎだろ俺。
いや、待て。まだ誤魔化せるかもしれない。
可能なら殺したくない。
「ギルドの資料室には通うことをオススメするぜ。有用な情報がいっぱいだ。魔物の名前とかな」
「ケッ、特徴を話しても何も言わなかったくせによぉ。随分冷てぇじゃねぇか」
クソ、もう無理そうだな。
ブーザーがその辺に転がっていた岩石に腰掛ける。
「違和感は常にあったんだよ」
「何のだ?」
「てめぇ、いや、てめぇらよぉ……ここの世界の住人じゃねぇだろ?」
短剣を一気に振り下ろそうとし――寸前で、思い留まる。
言葉に、何となく違和感があったからだ。
この世界。わざわざそんな言い方をしたのは何故だ。
今の文脈で行くなら、異端者だとか、その辺りの表現を使うはずだ。
「まぁ話は最後まで聞けや」
キンと金属音が鳴り、俺の短剣が押し返される。
レンチを構えてやがった。
流石に殺気が漏れてたか。
「異世界ってよぉ。大変だよなぁ。何が大変かって、アレだぁ。価値観の擦り合わせ」
そう言いながら、バッグから酒瓶を取り出す。
そして一気に呷った。
「ぷ、は……ひゃはは、酒はいいぜぇ。なぁに言っても、酔っ払いの戯言になる」
頬は一気に赤くなったが、相変わらず眼光だけは鋭く、こちらを射抜いてくる。
「てめぇらは……事故じゃねぇなぁ? 故意で来てやがんだろぉ?」
鋭いな。
だが、目的が見えない。
「お前は結局、何が言いたいんだ」
「……」
しばらく、ブーザーが酒を飲んでは、息を吐く音だけが洞窟内に響いた。
俺が短剣を右手に持ち換えたあたりで、ブーザーが口を開いた。
「俺を元の世界に戻せねぇか」
「は?」
いや……は?
「お前どっからどう見てもここ出身だろ」
「似たような世界ではあったけどよぉ。ちっとばかし、違ぇ。悪魔の定義がなぁ」
悪魔。
行きの時の質問はこれか。あの時から疑われてたんだな。
「こっちじゃ魔族の別の呼び方だったり、人型の魔物に適当につけてる名称らしいじゃねぇかよ」
「らしいな」
そう返すと、ブーザーがクックッと喉奥を鳴らすように笑った。
「らしいな、って。もう認めてんじゃねぇか」
「はぁ、ここまできて隠すのも馬鹿らしいしな。俺らは異世界人だよ。で?」
「ああ。俺の用件は一個だけだ。元の世界に帰らせてくれ」
元の世界、ね。
「正直分からん。俺はそういう分野用の人材じゃねぇからな」
「かぁーッ、下っ端ってワケかよ」
あぁ?
「非常に遺憾な事に主要メンバーだぞ。だからこうやって仕事をしてる」
「……へぇ。じゃあ」
ブーザーの言葉の続きは聞かずとも分かる。
「転移担当に掛け合うことぐらいは出来る。ただ、酷く気難しい奴だからな。首を刎ねられても責任は取れないが、それでも良いなら」
「上等だ。手がかりがねぇまんま寿命が尽きるよりずっと良い」
ブーザーがニッと笑った。
「んじゃあ、どうする? この素材、てめぇんとこで使うんなら運んでやってもいいぜぇ」
「防具やら武器を作れる人材がいねぇんだよ。無理だ」
その言葉に、ブーザーが考えるような素振りを見せる。
「そういう魔道具なら無くはねぇが」
そういう魔道具?
「どういう魔道具だよ」
「……素材と、あと金鉱石を入れりゃ、ちょっと質の悪い装備にして吐き出してくれる」
ふむ?
「めちゃくちゃ有能じゃねぇか」
「アホか。費用と効果が明らかに釣り合ってねぇだろ」
「それはお前基準だろ。俺らにとっちゃ最高の魔道具だ。よこせ」
金鉱石の調達がちょっと難しいが、何とかなるだろ。
「構わねぇが……そうだなぁ、代わりに、俺の交渉が上手くいくように手ぇ回してくれよぉ」
「任せろ。何があっても即殺はしないように言い聞かせとく」
「そんだけぇ……?」
そんだけですね。
そこまで話をつけた後、後ろを振り返り、モータルに声をかける。
「お前の方から言ってやってくれ」
「え? 殺さないように、って?」
「そうだ」
「分かった」
よし。
何故か知らんが、砂漠の女王はモータルに恩義を感じてるみたいだし、俺よりは効果があるだろう。
「良かったな。命の保証は……多分、できる。できるかなぁ……?」
「そこは断言して欲しいんだがなぁ!?」
しょうがねぇだろ。
砂漠の女王だぞ。
お代官さんっていう外付け良心があるだけでガチガチのラスボス思想だからな。