黄金と母の嘆き
12月3日発売の地域もあるらしいのでもうちっとだけ(連日更新)続くんじゃ
地面に叩きつけられた徳利から、金色の液体が流れ出る。
それは、やがて美しい金髪の少年の形をとった。
「本日はサミュエル特製、願いを叶える黄金のご利用、まことにありがとうございます」
少年が恭しく礼をする。
その動作には目もくれず、ブーザーが叫ぶ。
「異形どもを殲滅しろッ!」
「ご注文を承る前に、注意事項の確認から。まず、願い事を増やす、といったとんちを利かせたつもりの馬鹿な願いの代償は、貴方の魂です。また、この黄金にも魔力リソース的限界がありますのでそれを超過するような願いも承りかねます。あと、僕が何となく気が向かない願いも叶えません」
「前置きが長ぇッ! さっさとやれッ!」
「そして、人に物を頼む際の適切な態度を――」
「あああああああッ! 殺す! 今度会ったらぜってぇ殺す! 黄金越しに見てんだろクソ野郎ッ!」
集まってくる子百足を、レンチで潰し、殴り飛ばしながら怒号を飛ばすブーザー。
よく分からんが、俺もそろそろ子百足に飲まれかねないので早くして欲しい。
「前置きが長くなったね。ではブー君。君が僕の道具に頼る気になった経緯について聞こうか」
「ね・が・い・を・き・けッッッ!!!」
「あはは。異邦の者の殲滅だっけ?」
「異形、だ! 脚が二本より多い魔物ッ! 全部殺せッ!」
「全部では定義が曖昧なので――」
「この空間だッ!」
そう叫ぶ途中で、ブーザーが左肩に思い切り噛み付きを食らい、苦悶の表情を浮かべる。
「ぐッ!?」
「……願い、承りました」
俺の身体を、いやこの空間全域を、黄金の波が包んだ。
「君は、また違う世界からなんだね」
耳元で聞こえた声に、咄嗟に反応しようとするも身体が動かない。
何だ、何をされてる!?
「……はッ」
ようやく身体が動くようになる。
「違う、世界って、どういう――」
言いながら辺りを見回すも、あの少年は居ない。
元居た場所に、灰が積もっているだけだ。
「タカぁ! ぼーっとしてんじゃねぇッ! 行くぞ!」
ブーザーに言われ、慌てて短剣を握り直す。
そうだ。子百足達が、ピクリとも動いていない。
空間の中心に、身体を丸めた嘆きの母を残し、百足達が息絶えていた。
「気ぃつけろッ! アレをやり過ごせるって事ぁかなりの化け物だッ!」
「――我が子」
嘆きの母がゆっくりと身体を開く。
数多の百足で形成された花のような、一瞬可憐さを感じてしまうような、そんな姿を晒す。
「パッと見は無傷だがよぉ! 流石にアレを受けてそんなワケねぇよなぁ!?」
「然り――おぉ――子が、母を守り、死ぬ――これほど辛い事が、あるでしょうか――」
その発言からして、子百足がこいつを庇ったお陰で助かったのだろうか。
「心中お察しするがよぉ! それはそれとして破壊させてもらうぜぇ!」
ブーザーが跳躍。
体重を十分に乗せたレンチの一撃。
バリバリと、何かが破られる音と共に、魔女の胴体にぶち当たった。
「ぐ、うぅ――!?」
「死ねやぁ! ぎゃはははははッ!」
胴体にレンチをめり込ませたまま、ブーザーがこちらまで後退してくる。
「次ぃ!」
「は?」
俺あのタイプと近接戦闘やるの苦手なんだけど。
そう思いながらも、ブーザーと入れ替わりで攻撃に移る。
まず百足の花弁の一本が鞭のようにしなり、攻撃を仕掛けてくる。
狙いが甘い。
身体をそらす必要もなく、ただ駆け抜けて回避する。
その後、二本、三本と攻撃を重ねてくるが、やはり狙いが甘い。
「魔力切れか? よほどさっきの攻撃が堪えたらしいな」
そこ込みでブーザーは突貫したし、俺にも突貫させたのだろう。
ろくでもない奴だが、長い事やってるだけのことはあるってワケだ。
直前に叩きつけてきた花弁の一本に乗り、顔部分まで一気に走る。
「お、ぉ――」
「そのカツラ、剥ぎ取ってやるよッ!」
人間と百足の境をなぞるように、短剣を滑らせる。
ピッと、嘆きの母の顔に線が走り、緑色の血が噴き出した。
「あ、ぁあああああああ――ッ! あ、あァ――――」
嘆きの母が全身を震わせ、絶叫する。
花弁がのたうち回り、周囲の地面に亀裂が走る。
「苦しい――暗い――魔女、様――ッ」
ぷつり。
天に向け伸ばされた、花弁が、手が。
糸が切れたように、地面に横たわっていった。
「……ひゃははは、圧勝だったな!」
「どこが?」
明らかチート臭のするアイテム使ってやっとだったよな?
「てか金銭的に見たらめちゃくちゃ赤字だよな?」
「っせぇなぁ。俺ぁあんなくだらねぇもんさっさと使って捨てちまいたかったからよぉ。精神的にゃ黒字だ、黒字」
金銭的に赤字なのは言い返せないらしい。
「お前んとこのツレは?」
「あ、やっべぇな。おーい! モータルー!」
どこからか、くぐもった声が聞こえた。
よし、生きてるな。
「あのデカブツの下敷きになってんじゃねぇかぁ?」
「そうみたいだな。ちと救助行ってくる」
短剣を鞘にしまい、声が聞こえた方向に走る。
「おーい、モータル」
「ここだよー」
見れば、巨大百足の胴体から、モータルの顔だけがポコッと出てきていた。
一瞬、生首かと思って肝を冷やしたぜ。
「それより下の身体もちゃんとあるか?」
「うん」
そりゃ良かった。
「引っ張るか?」
「よろしく」
モータルの首を引っつかみ、思い切り引っ張る。
ゆっくり、ゆっくりとモータルの身体が出てくる。
上半身まで引っ張り上げたところで、一旦休憩する。
「はー、キッツ。重すぎだろ」
「もうこっから自力でいけるけど」
「じゃあ頼むわ……」
モータルの指が地面に食い込み、腕の筋肉が一気に膨張した。
「……ッ」
すぐに残りの下半身も脱出。
「パワフルすぎない?」
「タカも一応できる、はず」
軽く土を払ってから、モータルが立ち上がった。
服がボロボロだ。
「あれ? 剣は?」
「途中で折れたから適当に突き刺して放置してた。頭の近くだったと思う」
「そ、そうか……よく戦えたな」
「一応、人狼だから牙と爪が使えるし。不慣れだから、被弾数増えちゃったけど」
人間辞めた同士なのにこの、何と言うか……差が凄くない?