それは当然の理
「っしゃあ! ボーナスタイムだオラァ!」
杭をひたすらに打ち込み、時折ブーザーから投げられる魔法薬を一気飲みする。
ただそれだけの作業で、眼前の敵が素材に化ける。
「モータルの様子……は、大丈夫そうだな!」
なんというか、モータルが負ける光景が想像できない。
巨大百足は既に両方の触覚を断ち斬られ、平衡感覚を失ったのか、的外れな攻撃を繰り返している。
あそこまでいってしまえば、後はちくちく刺して終わりだ。
「……マジな話よぉ。アイツ、強すぎねぇか?」
そりゃ元々強かったのに、人狼と混じって更に強化されてるからな。……なんて事は言えるはずもなく。
「そうだな」
「お前もよぉ、もうちっと強くなれよぉ」
「っせーな。これでもかなり強くなった方だっての」
なんだその目は。
いや俺めっちゃ強くなったから。
めっちゃ速くなったし火力も上がったし、次は魔法も使えるようになった。
……なんで強くなれた実感が湧かないのかなぁ?
「もうちっと一極化した方が良いんだろうか……」
「やめとけ、やめとけぇ。色んな手段持ってた方が生存率上がっぞぉ」
そんな会話をしていた時。
一発の杭が、百足に到達するよりも先に弾かれた。
「!?」
「っとぉ!? んだよどうした!?」
次に、ブーザーの石礫の雨のほぼ全てが見えない壁に弾かれ、あらぬ方向へ飛んだ。
「おい、まずいぞッ!」
じりじりと百足の軍勢が近付く。
慌てて迎撃するも、その全てが弾かれる。
「チクショウめ!」
ブーザーが瞬時にバッグから小瓶を取り出しぶん投げた。
見えない壁にぶつかり、一拍おいて爆発する。
前列の百足のほとんどが吹き飛んだ。
「最初から使えッ!」
「馬鹿野郎。最初から使ってたら対策されてただろうがよぉ」
ブーザーが再び瓶を構えながら、じりじりと下がる。
クソ、まずいな。
百足の能力か? だがそれが可能なら最初から使うはずだ。
それに、こいつらの親である巨大百足も同じ術を使ってなきゃおかしい。
……親?
そういやそうだ。
コイツら、親は一匹だけか?
「猛烈に嫌な予感がする」
「奇遇だなぁ。俺もだぜぇ」
そして、百足の波の間から、何かが顔を出した瞬間。
俺は予感が的中したのを悟った。
「お――おォ――! 我が、子――よ――!」
百足の顔。その下部にくっ付いた人間の顔の下半分。
ミミズのようにうねる口内を露出させながら、ソレは叫んだ。
「苦しい――苦しい――なんと、悲しい――!」
『モデル:異世界から取り寄せた多脚の小型生物。名称:嘆きの母』
ッ!?
突如として脳内に流れたアナウンス。
モデルと、名称。そして俺に改造を施した人物。そこから推測するのは、そう難しい事ではなかった。
眼前で嘆き、叫ぶ異形は――。
「魔女の作品か……!」
「なるほどなぁ。身の毛がよだつワケだぜぇ……いいセンスしてやがる」
隣のブーザーがそう吐き捨てる。
「魔女、様――私の、生を――足掻きを――見て、いますか――!」
ウェディングドレスの如く百足を着込んだその女が、天に向け祈るような動作をする。
その女、いや嘆きの母の頭上に、光り輝く魔法陣が出現した。
「アレよぉ。止めねぇとまずい気がするんだが」
「俺も同意見だッ!」
ブーザーが思い切り瓶を投げる。
しかしそれは嘆きの母に達するよりも先に、庇うようにして跳躍した子百足達に阻まれた。
「チッ!」
「あと何発いける!?」
「奴ぁ知性がある! 悪ぃが迂闊に言うべきじゃねぇッ!」
ブーザーが次の瓶を投げながらそう言った。
その瓶も、飛び出してきた子百足に防がれる。
「我が、子よ――」
魔法陣の光があらゆる方向に拡散していく。
俺は、その見覚えがある魔法に、悲鳴に近い声音で叫んだ。
「回復魔法だッ! ヤツはヒーラーだッ! さっさと殺さないとマジでやべぇッッッ!!!」
恐るべきはその威力。
先ほどの爆弾で死んだと思われた、上半身しか残っていない子百足。
死んだとして放置していた、頭以外を撃ち抜かれ動かなくなっていた個体。
その全てが、息を吹き返していた。
「ブーザーぁああああああああッ!」
「わぁーってるよクソがぁ!」
ブーザーがめちゃくちゃに瓶を投げつつ、レンチを構え前進する。
俺もそれに続く。
百足の群れを何とか乗り越えて、まず嘆きの母を殺す必要がある。
それができなきゃ、負ける。
無論、それは俺達だけじゃない。
視界の隅にうつった、巨大百足の立派な触覚。それが全てを物語っている。
「モータルの援護は期待できねぇッ! 俺らで殺す、ぞ……邪魔だァ!」
百足を踏み殺しながら、正面の百足を斬り捨て、側面の百足を盾と杭で対処する。
「波乗りはやった事あるかぁ!? ひゃははははッ!」
ブーザーは百足をあえて踏み殺さず、器用に百足の海を渡り歩き始めた。
いいなソレ。俺もやろう。
「おォ――愚かな、種よ――争い、憎み――なんと、不毛な――――」
「はぁい! 百足女ァ! お前もその不毛の産物だって、知ってるゥ!?」
しかもお前の産みの親の理想、全生物によるバトルロワイヤルとかいう愚かの極みなんですよね!
魔女は愚か!
意気揚々と斬りかかった俺は、塊になって飛来した子百足にあっさり吹き飛ばされ、追い返された。
「うぼぁッ!?」
落ちながら回転斬りを放ち、なんとか落下地点の安全を確保。
百足がその穴を埋めるよりも速く百足サーフィンを再開させた。
「オラ復帰ィ!」
「身の程も、分からぬ――愚かで、悲しき生物よ――」
誰が愚かで悲しい生物だ。
俺だって好きで身の程に合わない相手と戦ってるんじゃねぇんだよ。
というかブーザーはどうした。
お、居た。
あっはっは。子百足の群れに飲み込まれていってますねぇ。
「ブーザーぁあああああああああッ!」
やっと強キャラ臭漂い始めてた頃だろッ!
あっさりやられてんじゃねぇッ!
「がァ!」
俺の祈りが通じたのか、百足の数匹が吹き飛び、隙間から血塗れのブーザーが飛び出してきた。
「大丈夫か!?」
「酒太りが原因かねぇ……!」
「ばーか!」
俺のシンプルな罵倒に目もくれず、ブーザーがバッグから徳利のような物を取り出す。
「切り札、切るしかねぇよなぁ」
「最初から切れアホッ!」
「一個限りなんだよチキショウッ!」
そう叫びながら、ブーザーは徳利を思い切りその場に叩きつけた。