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夜更け

書籍発売まで、あと11日


 さて、どうしたものか。

 もう一度エリーさんの部屋に入るわけにもいかず、かと言って他にやる事も無い。


「晩飯食うか」


 自室に戻り、小銭入れをひったくるように拾い上げる。

 せっかく異世界に来てるんだし、飯は上等なものを食いたいな。


 俺はそんな事を考えながら、研究棟を出た。


 

 ざわめきの質が変わり始めた街を歩く。

 

「……よく分からん」


 何となく飲み屋通りっぽいとこに来てみたが、どの店がいいのやら。

 

「やあやあ、そこのお兄さん。今日飲むとこは決まりましたか?」


「悪いが明日は仕事があるんで飲めない」


 時折声をかけてくる客引きを断って、通りの奥まで進む。


「うーん」


 素直に高級店に行けば良かったな。

 こういうのは地元民が居ないと厳しい。


「おぉ? 何やってんだお前」


「うわ……ブーザー」


 いや地元民だけど、コイツはあてにしちゃならんだろ。

 というかなんでもう酒くさいんだ。


「んだよ、飲みに行くのかぁ?」


「いや、明日は仕事だから飲まない」


「わはは、ははは! ……俺もなぁ、さっき飲み始める前まではそう思ってたんだけどよぉ」


 駄目人間すぎる。

 これでも魔物駆除の腕だけはあるから厄介だよなぁ。


「知ってっかぁ? 酔った時に、追加で酒を飲むとぉ……アルコールとアルコールがぶつかってノンアルコールになるんだぜぇ」


「そんなわけねぇだろ」


 いくら魔法が使える世界でもそれはあり得ないぞ。


「なんでも良いじゃねぇかよぉ」


「肩組んでくんな!」


「俺の、奢りだからよぉ……ついてきてくれよぉ……俺ぁ一人じゃ家に帰れねぇんだ……」


「それ自分で言ってて恥ずかしくないの?」


 奢りらしいから付いて行くけどよ。


 俺はブーザーと一緒に手前にあった飲み屋に入った。


「うげ、ブーザー……いらっしゃいませ。二名様来店でーす」


 本音漏れてるぞ。


「手前のカウンター席どうぞ」


「どうも。オラ、行くぞブーザー」


「酒、酒だけくれ。うあ、やっぱツマミもくれ」


 なんでもうこんなに出来上がってるの。


「こいつ酒瓶で殴って気絶させた方がはやくねぇか?」


「んふッ……お客様。注文をどうぞ」


「あぁ俺? えーと、メニューはそこか。焼き鳥五種セットを二個お願いします」


「かしこまりました」


 そう言うと、店員がそそくさと下がっていく。

 ブーザーの注文めちゃくちゃ雑だったんだけど、良いのか。


「おら、座るぞ」


「おぉ、悪ぃなぁ」


 ブーザーと共にカウンター席に腰掛ける。


 一瞬目を離した隙に、ブーザーはもう酒瓶を握っていた。


「早っ」


「んあ? そりゃ、持ってくるだけだから、なッ」


 ブーザーの手元が一瞬光り、酒の色が変わった。

 

「今のは?」


「あぁ? 魔込酒まごめざけつって、こうすっと強くなりすぎた奴でも酔えるようになるんだよ」


 それだけ言って一気に一瓶を飲み干す。


「ぐ、ぅあ……お前もよぉ、練習してた方が良いぜぇ」


「は? なんでだよ」


「お前、もう普通の酒で酔えるような存在じゃねぇ」


 背中に、ひやりとした何かが落とされたような。

 そんな心地がした。


「……そうなのか」


「痛覚も味覚も、何もかもが鈍くなってきてぇ……あぁ、なんか、ひどく退屈になんだよ……」


 そうか。


「でも強くならざるを得ないんだよ。繊細でいられるような世界じゃない」


「だから、酔っ払うことぐらいできねぇと……きついぜぇ? へへ」


「いずれ頼るかもしれんが、今はまだいい」


 そんな会話をしている内に、焼き鳥が運ばれてきた。


「……」


「どうしたぁ?」


「いや、何でもない」


 恐る恐る、焼き鳥を口にする。


 ――それは、昼間に食べたラーメンと同じ、薄味だった。


「……別に。普通に美味いし」


「ははははッ! まぁ個人差はあっからなぁ!」


「あんまビビらせんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ」


「悪ぃ、悪ぃ」


 そう言いながら、全く悪びれる様子もなく、酒を飲み干していくブーザー。

 

 俺はそれに呆れた目で返しつつ、焼き鳥の残りに手を伸ばした。







 二時間後。

 俺はブーザーの肩を支えてやりながら、ブーザー宅を目指して歩いていた。


「うッぷ……おぇ……」


「飲み過ぎんなつったよなぁ!?」


「そんぐらいで止まるようじゃあ、俺じゃねぇ……はッ、はッ……」


「吐いたら殺す」


「う……もうちょい、ゆっくり歩いてくれぇ」


 もう少しなんだから頑張れよ。


「そ、うだ……俺の、俺の武勇伝を」


「口先だけでサキュバスぶっ殺した話だろ? さっきの二時間で五回は聞いたぞ」


「じゃあ、おぇ、アレは」


「知らんけど多分聞いた。もう話すな」


 必死に運んでいると、ようやくブーザーのオンボロ邸が見えてきた。


「おい、もう着くぞ」


「おぉ、ありがと、よぉ……」


 ふらつくブーザーを押さえながら、何とか家の扉の前まで来させた。


「よしッ、鍵は?」


「かけてねぇ~」


「あほか」


 俺的には好都合だけどさぁ……。

 絶対治安悪いじゃんこの辺。部屋の中身なくなってんじゃねぇの。


「これも、武勇伝だけどよぉ……前に、空き巣、特定して、ぶっ殺してやった事があってなぁ……?」


「あーはいはい。そりゃすごいなー。さっさと家に入れ」


 扉を開け、その中に無理やりブーザーを押し込む。


「じゃあな。奢ってくれてありがとよ。この介護役の方が高くつきそうだけど」


「ひゃは、違ぇねぇなぁ……じゃあなぁ。また遊ぼうぜぇ」


 また、ね。

 あると良いけどな。


「今度は介護代も貰うぞ」


「……」


 返事が無い。

 死んだか? と思い、顔を覗き込む。


 酒くさっ。


 ……寝てるだけか。


「コイツほんと滅茶苦茶だな」


 呆れ笑いを漏らしつつ、俺は扉を一応閉めておいてやった。

 

「はあ、帰って寝るか」


 気分転換にはなった。

 このまま寝れば、良い睡眠がとれそうだ。


 そんな事を考えながら、俺は帰路についた。



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― 新着の感想 ―
[一言] これは将来的にタカはこいつ頼ることになりそうだな…
[良い点] 面白くて一気に読みました! [気になる点] これ十傑全員が同じ味覚も感じなくなる症状なんじゃ... 指摘されたら紅羽ちゃん病みそう
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