解錠ダニ
「一から順序立てて説明しろ」
そっちだけで勝手に納得してんじゃねぇ。
「ああ、すまん。そうだな。まずは街を守っている結界が施錠の術の応用であるところから話そうか」
「だいたい分かったわ」
結界をダニに開けられるって事か。
ならもっとこの現象に対して危機感を抱いて良いと思うが……まさか破られるとは思ってないって感じか?
「ふむ。領域の術を用いた結界ならこのような危機は無かったのだが……まぁそれをこの国力レベルの国に要求するのは酷か」
「どうすんだ、国王に伝えるか」
「伝えた場合、聖樹の国まで報告が飛び――ここが地図から消えるだろうな」
は?
「……ダニを外に出さない為、か?」
「その通り。策は一つだけ。大事になる前にダニを滅する。もっとも、お前達がこの街を守りたくないのであれば国王に報告して終わりなのだが」
そんなの。
「守りたいに決まってるだろ」
モータルの方を見る。
お前は、どうなんだ。
「消えるのはちょっと嫌かな」
「そうか……レオノラ」
「把握した。では救う方向で考えようか」
レオノラが腕を組む。
「お前達の世界の殺虫剤とやらを大量散布するか」
「何匹か生き残って耐性ダニが出現しそうだが」
「うーむ」
あれ? これひょっとして詰んでないか?
いやいや待て。よく考えろ。
「一応撒いてみる、か?」
「全滅の可能性はゼロではないし、そうならずとも時間稼ぎくらいは可能だな。問題はそんなものを街中に散布した場合、大事になってしまい確実に国王の耳にも入るということだが」
だよなぁ!
……まいったな。
だが諦めるわけにはいかない。
そうだな、一度情報を整理してみるか。
「レオノラ。さっき俺が遮らなかったら喋ってたであろう内容を言ってみてくれ」
「ふむ? というと?」
「今回の件を一から順序立てて説明してみてくれって事だ」
「分かった」
レオノラが一呼吸おいて、話し始めた。
「まず、この街の結界は施錠の術を応用したものになっている。シンプルで強力な術だが……元が元なだけに、必ず、外部から解除できる糸口――鍵が、存在している」
鍵か。
魔術音痴の俺にはいまいちピンとこない話だが、とりあえず頷く。
「このダニは、個体ごとに異なった鍵代わりの魔力回路を持っている。高速で行われる世代交代、増え続ける個体数……それらを駆使していつか、偶然鍵に一致する個体を出現させる。魔術の素人に対して簡単に説明するとなると、そんな感じだ」
「なるほど。つまりは、今こうして話してる間にも結界が解除される危険は高まり続けてるって事か?」
「あー……まぁ、うむ。そうだな」
「歯切れが悪いな」
「もう少し複雑なのだが、おそらくそこを語る事に意味はない。タカの言うことが間違っているわけではないしな」
「なるほど。じゃあ喋んなくていいや。次の説明頼む」
俺の言葉に、レオノラが頷き、続ける。
「私は、これを魔女の犯行と判断した」
「理由は?」
「子捨て場が近いというのが一点。あとは、犯行方法や、そこから推測される動機。全てにおいて魔女が最適解に近いことだ。奴の夢は、あらゆる生物が平等に殺し合えるようになる事だからな」
平等に殺し合える、か。
生態系もクソもねぇ。ただの地獄じゃねぇか。
「……次の、説明は」
「いや、これで終わりだ。結界が破壊され、侵入が容易になり、じきに飛行性の魔物、または捨て子が侵入。そこでまず惨劇が起き、それに便乗した魔物が門を破り……といったような具合でこの街は滅ぶ」
……。
なるほど。
情報を一旦自分の頭の中で整理する。
考えろ。
どうすればいい。
「魔女に、会いに行ってみる」
「自白ぐらいは容易にしてくれるかもしれんな」
そうだ。
だがそこからダニを全て撤退させろという要求を通せる気がしない。
「無理だ」
それを口にしてから、慌てて口を手で塞ぐ。
俺が諦めてどうする。
俺は、もっと根拠の無い自信に溢れていて、もっと猪突猛進で、何度だって無理やり物事を解決してきた人間だろ。
「無理じゃねぇ」
「ほう? 策はあるのか」
「ともかく魔女に会う。犯人が別のやつって可能性はかなり低いが、無視できるほどの低さじゃない。そこを潰せるだけでも重畳だ」
レオノラがニィと口の端を歪めた。
「では任せる。私は遅延に勤しむとしよう。運び屋に言ってそちらの世界の殺虫剤をかき集めるよう言ってくれるか」
「あいよ」
そこまで話してから、モータルに向き直る。
「モータル」
「何」
「魔女に会いに行く。護衛を頼む」
「誰の?」
俺の護衛とは思わないのか。妙なとこで鋭いな。
「例の捨て子どもだ」
「うーん。護衛いるかなぁ、アレ」
当たり前だろ。エリーさんとか特に不安だぞ。
「まぁタカが言うんならやるよ」
「よし。じゃあレオノラ。そういう事だから」
「待て待て待て。私達は一応、しばらく街から出るなと言われているのを忘れたのか?」
そうだった。めんどくせぇ。
「そこを何とかしてくれ」
「……まぁ私さえ残っていればいくらでも誤魔化せはするだろうが。ふーむ」
レオノラが腕組みをしながら唸る。
「捨て子に聞けば抜け道の一つや二つは教えてくれるかもしれん」
「確かに」
ただ、今はエリーさんには会う手段が乏しいんだよな。
あの店の場所も正直よく分かんな……あっ。
「モータル」
「何?」
「ここに俺がエリーさんに返しそびれた本があるんだが」
それだけで俺の意図を察したのか、モータルが本に鼻を近づけた。
「……なんか香辛料の匂いが強くて無理」
「マジか」
そりゃ飯屋に居たんだからそうなるか。
どうしよう。
……ん?
「もしかして、飯屋の位置ぐらいなら特定できるんじゃないのか」
「うーん」
「可能性ありそうか?」
「一応」
よし。
途中までなら道が分からんでもない。そっから辿ればいけるかも。
さっそく行くとしよう。
「じゃあレオノラ、そういうことだ。行ってくる……あ、そうだ、運び屋に殺虫剤だけじゃなく図鑑やら何やらも持ってくるように言っとけ」
「分かった。その辺の事はしっかりとやっておくから任せろ」
「頼んだぜ。モータル、行くぞ!」
「了解」
モータルを連れ、地下室を抜ける。
階段を急ぎ足で駆け上がり、レオノラの研究棟を一気に抜けた。
急げ。
この瞬間も危機は迫ってるんだ。