地獄の釜
「おい、開けろ酔っ払い」
今にも壊れそうなオンボロ扉を叩く。
あまり叩きすぎて本当に壊してしまっては面倒なので、数度で止め、暫く待つ。
「……お」
奥で棚でもひっくり返したような音が響く。
その後、ずりずりと何かを引き摺るような音が段々と近付き――扉に到達した。
ホラーゲームかな?
「おぉ、う……なんだてめぇらぁ。立ち退きならしねぇぞぉ」
酒臭っ。
「いや、今日は勝手に解錠現象の件で来た」
「勝手に魔力路改造したのは悪かったってぇ……」
「違う。鍵が、勝手に、開いてた、物が、あったんだろ?」
「玄関の鍵は、グレイゼルさんが壊したんじゃねぇかよぉ……」
知らねぇよ。
というか玄関の鍵が壊れてるってだいぶ問題じゃないか。
よく生活してられるな。
「壊れた、じゃなくて、勝手に、開・い・て・た。こっちの言葉きいてっか? 酔っ払い」
「あぁ、ソレか……」
やっと伝わったか。
ブーザーが顔をしかめ、部屋の奥に戻っていく。
アイツは何を解錠されたんだっけな。
ひとまずブーザーがブツを取ってくるまで玄関で待つことにする。
「つうか汚ねぇなぁほんと」
足の踏み場が無いってほどじゃないが、物が散乱している。
中には剣なんかの刃物もあって、割と危ない。
「タカー、見てこれ」
「あん?」
「これこれ」
モータルが俺にぐっと立てた親指を見せてきた。
「え? 何? 煽り?」
「違うよ、よく見て」
そう言われ、モータルの指をよく眺めてみる。
……白い粒?
うわ、動いた。
「え? ダニじゃん。普通に汚っ。捨てろそんなもん」
「分かった」
そんなやり取りをしている内に、ブーザーが戻ってきた。
手元には、妙に凝った装飾の小箱。
「これでいいかぁ?」
「お、どうも」
投げ渡されたソレをモータルに向ける。
「どうだ?」
「うーん? 分かんない」
分からんか。ならしゃーないな。
「じゃ、返すわ」
「んだよぉ、そんなもんでいいならいくらでもくれてやるってのぉ……じゃあな」
「いや、貰いに来たんじゃなくて調べに来ただけだから。返すって」
「あ? あー……おう」
絶対理解してない顔のブーザーに小箱を押し付け、扉を閉める。
「はー、空振りか。どうっすかなぁ」
「おぉい、これ貰いにきたんじゃねぇのかよぉ」
「しつこいな!!!! いらねぇよアホ!!!!」
扉から顔と手だけを出してくねくねと動くブーザーをしっしっと手で追い払う。
……いや、待てよ。研究棟に戻って改めて調べりゃ何か新しい事実が見つかるかもしれん。
「おい、ちょっと待て。やっぱ一応貰っとく」
「おーう」
ブーザーが再び投げてよこした小箱を腰のポーチにしまう。
よし。
「じゃあな。また鍵開けされたら言えよ」
「おぉーう」
絶対意味分かってないよコイツ。
俺達は酔っ払いに別れを告げ、レオノラの研究棟へ向かった。
道中、モータルの嗅覚を少し使って手がかりを掴もうともしてみたが、それも空振り。
結局例の小箱以外は何も得られないまま、研究棟の扉の前に到着した。
「ただいまーっと」
「ふむ。収穫はあったか?」
扉を開けるなり奥の椅子に座ったレオノラが声をかけてきた。
「現象の被害に遭った小箱を貰ってきた。見てみるか?」
「既に被害に遭った現物はいくつも見たし調べたんだがな……まぁ母数は多い方が良いか。こっちに渡せ」
腰のポーチから小箱を取り出し、レオノラに投げ渡す。
この小箱も散々だな。
「おお、無限の小箱じゃないか」
「……なんだそれ」
名前の響きからして、四次元ポケット的なやつか? だとしたらめちゃくちゃ使えるが……。
「お前達の世界でいう、マトリョーシカだな。……いや、箱一つ一つに鍵がかかっているから、知恵の輪に近いかもしれん」
知恵の輪、ね。
「知育玩具ってことか?」
「そのような物だ。これは……かなりの上物だな。最後の箱は私でも、少してこずるかもしれんぞ」
鍵開けを楽しむための玩具か。
勝手に開けられてたことに気付いたってことはブーザーは時折それに挑戦してたのかもしれない。
「それ、どの段階までクリアされてたんだ?」
「一段階目だな」
たったの一つ……というかそれが開いてるのは例の現象のせいだから、あの酔っ払い、一つも開けられてなかったのかよ。情けねぇな。
「自分がやる前に勝手に開いてたから萎えた、とかそんな感じで俺に押し付けたのかねぇ」
「押し付けられたのか。てっきりくすねたのかと」
「俺が盗みなんてやるわけねぇだろ」
「……」
さて、どうするかな。
エリーさんに会おうにも資料室にはあのおじいさんしか居ないだろうし。
……素直にスラムの方に聞き込み行くか。
「おい、レオノラ。俺はちょっとスラムに聞き込み行ってくるわ」
「いや、その必要はない」
レオノラが急に立ち上がった。
「素晴らしいぞタカ。お前は一発で証拠品を持ってきた」
え? 何?
「ひょっとしてブーザーが犯人なのか」
「そんなわけがあるか。あんな酔っ払いにはこんな高度な事はできん」
レオノラに認知されてるぐらい有名な酔っ払いなのか。
そんな妙な感心をしている隙に、レオノラが地下室の階段を下り始めた。
「え、それ俺らもついて行って大丈夫か?」
「構わん。来い」
そう言われ、慌ててついていく。
レオノラが金属製の扉を開け、地下室に入っていく。
それに続くようにして俺とモータルも部屋に入った。
「確かここだ」
中は全体的に白色を配した机や椅子、棚、台所っぽい場所やらが並んでいた。
時折、魔法陣らしき書き込みがされている。
「見せられる研究室の一つだ」
見せられない研究室の存在が気になりすぎるが、一旦スルーする。
レオノラが浮遊する水晶のような物を棚から取り出し、その辺の椅子に腰掛けた。
それと小箱を重ね、覗きこみ……口の端を歪める。
「やはり、か」
「一人で納得してねぇで俺にも教えろ」
「ああ。見るがいい」
レオノラの座っていた椅子に腰掛け、水晶を覗く。
そこで、俺が目にしたのは――。
「……ダニ?」
「そうだ」
これが何だってんだよ。
「タカよ。私はもう全てに察しがついた」
「悪いが俺はまだついてねぇ」
レオノラは興奮した様子で、俺の言葉はあまり耳に入っていないようだ。
その調子のまま、早口でまくしたてる。
「タカ。防ぐなら今すぐ手を打つしかあるまい。さもなくば――始まるぞ、地獄のような生存競争が」
手の甲の痣が、僅かに疼いた気がした。