調査開始
「スラム街のリーダーと繋がりがあるだろ? その筋を使って、使い魔を所持したグレーな人物を探してくれ」
なるほど。
探し方ミスったら多方面に喧嘩売っちゃいそうだけど……まぁ何とかなるか。
「了解。行ってくるわ」
「頼んだ」
「おうよ」
レオノラを残し研究棟を出る。
二度寝もキメたし体調はばっちりだ。
キプロス、というかソリュードくんのとこに話を聞きに行ってみるか。
……いや、待てよ。裏の情報網を探るなら、もっと適任なのが居るじゃないか。
「資料室……いや、あの店に行くか? でも流石に帰ってるだろうしなぁ」
エリーさん達だ。
これだけ見つかってないんだから犯人だって拠点にスルーグの回廊の術を張ってもらっている可能性が高い。
「一旦資料室だな」
俺はギルドへ向かうことにした。
歩くこと数分。
ギルドに着く。
朝とは打って変わって、それなりの喧騒に包まれている。
「資料室が混んでたら困るなぁ」
人ごみを避け、階段へと進む。
そんな中、せかせかとカウンターや依頼掲示板を行き来する人の波に、見知った顔を見かけた。
「アルドくぅーん! 久しぶりぃ!」
俺に気が付いたのか、アルドくんが瞬時に嫌そうな表情を浮かべた。
わはっはっは。目が合っちまったらもう誤魔化せねぇなぁ?
「……おーう。久しぶりだな」
「ここうるせぇし上の資料室で話さねぇ?」
「資料室を私物化しやがって……分かった分かった。行けばいいんだろ行けば」
アルドくんの腕を引っ張りずんずんと二階へ進む。
そして資料室へ入った。
……。
「エリーさん居ねぇな」
「今日のこの時間帯は別のギルド員が担当だったはず」
アルドくんにそう言われ資料室全体を見渡す。
あ、ほんとだ。端っこの方におじいちゃんが座ってる。
「なるほど。まぁいいや、座れよ」
「ほんとめちゃくちゃだよなお前……」
そうぼやきつつも、しっかり座ってくれる辺りチョロいぜ。
「で、最近どう?」
「お前がそれを聞くの? 急に失踪して急に英雄になったお前が???? こっちが聞きたいよ、どうなってんだよほんとに」
正論だ。
ぐうの音も出ないが、それでは癪なので反論しておく。
「どうも何も俺達の帰還の経緯はざっくり伝わってるし、推測も簡単だろ。俺は居なかった間の情報が一切無いんだからアルドくんの動向を知りたがるのは当然で――」
「はいはい分かった分かった。俺が悪かったから。話すから」
よし。
「俺は、まぁ、アレだ。戦闘が下手くそだし痛いのが嫌でさ。でも知識は人よりあったから、今は研究の助手をメインでやってる」
シンプルな回答だ。
「アルドくんそんなに弱いの?」
「中堅くらいにはなれそうだけど割に合わなそうというか、やっぱ肉体労働キツいし」
なるほどなぁ。
「やっとその段階か。俺はとっくに労働そのものがしんどいという真理に辿り着いたぞ」
「英雄とかいう労働の極地に立ってるくせに何言ってんだよ」
「真理に辿り着いたからといってそれに倣えるとは限らないんだよ。現実ってつらいね」
何言ってんだコイツみたいな顔をするな。
というかアレだな。アルドくんの理不尽耐性が上がってる気がする。昔ならもっと大騒ぎしてただろうに。
「アルドくんさ、メンタル的に強くなった?」
「え? あー……まぁ助手やってるとこがやってるとこだから」
「へぇ。てか研究区分の依頼こなしてんなら、魔力の痕跡やら何やら調べるの上手いんじゃねぇの? ちょっと手伝って欲しい事があるんだけど」
「悪いが俺はあくまで助手なんで無理だ。てか本気で調べたいなら俺よりフォウムの方に指名依頼してくれ」
フォウム?
「誰だそれ」
「俺が助手やってる研究者。オーク討伐で爆弾ぶん投げてた異常者だよ」
「ああ……」
アルドくんのメンタルが強化されてる理由が分かった気がする。
そこで会話が途切れ、無言の時間がおとずれる。
ふーむ。別の奴を頼っちまうとそっちにも報酬やんなきゃいけなくなるし、悪手だったかもしれん。
俺がそうして悩んでいると、アルドくんが立ち上がりながら言った。
「じゃあ俺は用事あるからそろそろ行くぞ」
「おう。呼び止めて悪かったな」
そういえば言う事がもう一つあったんだった。
去っていくアルドくんの背へ声をかける。
「エリーさんが今度皆で飯行こうぜつってたから予定空けとけよな!」
「あいよー」
アルドくんが適当に手をひらひらさせて、資料室から出て行った。
エリーさんとはちょくちょく会ってるみたいだったし、日程はそこ経由でやり取りすればいいだろう。
「どうすっかな」
普通にスラムの方に行ってソリュードくんに話をきいてみるか?
しかしなぁ、そろそろこっちの貸しが切れる気がするし、多用するのは怖いよなぁ。
……実際の事件現場でも行ってみるか。
しかし痕跡調査が可能な人材が――居るじゃねぇか。
「モータルを呼ぼう」
そうしよう。
チラリと横目でギルド員を確認する。
居眠りしてるな。
「よし」
掲示板魔法を起動し、モータルに資料室に来るよう指示を飛ばした。
これで後は待つだけ。
俺は席を立ち、時間を潰すための本を数冊見繕ってから、もう一度席に着いた。
――なるほど。繊維の供給源が植物以外に。この加工史の資料、なかなか面白いじゃないか。次の項目は……。
「タカ、来たよ」
「うお!?」
急に声をかけられたので、びっくりして本を落としそうになってしまった。
声かける前に肩を叩くとかそういう……いやそれでもびっくりするわ。
「何かあったの?」
「色々あったが、それは今はどうでもいい。なぁ、事件現場から犯人を辿る、みたいな事できる?」
俺の問いに、モータルは少し悩む素振りを見せたあと、答えた。
「分かんない。できる可能性はあると思うよ。やるの?」
「おう。さっそく現場に行こうと思うんだが、他に用事があったりするか?」
「無いよ」
よし。
モータルを連れ、資料室を出る。
向かうは、例の現象の被害に遭った家の内の一件――あの酔っ払い冒険者、ブーザーの家だ。