幕間:地を駆る者
「エリーちゃんさー! ひょっとして惚れた系?」
あの男が去った後、真っ先に口を開いたのはティークだった。
いきなりの質問にエリーが口をパクパクさせている。
仕方ない。
「さっきも言ったがの、踏み込むべき領域とそうでない領域というものは誰しもあるものじゃぞ」
「……えー、でも気になるし」
得体の知れない男。
ワシの中での奴の評価はそれだ。
隠し事は腐るほど持っているのだろう。
――だが、魔女を殺す。その気持ちだけは真なる物であった。
そう確信できるだけの熱が言葉の裏にはあった。ならばワシらは共犯者になれる。
「いや、その、私は」
「鱗が出ておるぞ。もっと心を鎮める鍛錬をせよと何度も言っているじゃろうが」
「ご、ごめんなさい」
意外なのが、レドゥーがあっさりあの男を信じた事だろうか。
「レドゥー。あの男を信じたのは何故じゃ」
「殺意が本物だったからです」
「……まぁ、そうだな」
「救う者は同時に殺す者であるのは道理でしょう。私の祈りは無駄ではなかったんですよ」
「うぅむ。そうかもしれぬが」
「本当に素晴らしいな、祈り虫。エリーが表の世界で危険を冒して働いてまでして、ようやく手に入れた物を……自分の手柄扱いとは。いやはや、とてもとても素敵な事だな」
「いちいち表現が過剰な方ですね。美味しいと言う度に頬を切り落としてさしあげましょうか」
何故こやつらはすぐに口論を始めるのだ。
ワシが不在の間の二人の様子がどのようなものか想像するだけで恐ろしいぞ。
餓死するまで口を動かし続けるんじゃなかろうか。
「ネイク、レドゥー。いい加減にしろ」
ワシの一声で場がしんと静まる。
まったく。聞き分けが良いのか悪いのか。
「てかさー、スルーグもさ、エリーちゃんが惚れちゃってるかどうかしっかり確認した方が予定立ちやすくない?」
隙を突くようにしてティークが同じ話題を別の角度から切り込んできた。
……ふむ。今度は一理ある意見だ。
裏に下世話な野次馬心があったとて、一考に値する。
この食事会において、エリーは一度本気で不機嫌になっていた。
それもあの男と聖女レオノラが男女の仲ではないか、という話題を振った瞬間。
これは、そういう事である可能性が高い。
……しかし、久々にエリーの本気の殺気を浴びた。
ドラゴンに睨まれてもあそこまではならぬ。
「ワシは、やめよと言ったのじゃぞ」
結果、やめておくことにした。
ワシとて逆鱗に触れかねんことはしたくない。
「いやちょっと待ってください。隠すつもりもない事を言わせないまま進める必要はあるのですか? 横の常時全身麻酔のような男のためにも言わせた方が良いのでは?」
「麻酔なぞ効かん」
「ほら」
あー、うぅむ。
確かにそうかもしれぬ。
「やはり言っておけ、エリー」
ワシはその言葉を口にした事を、すぐに後悔する事となった。
まず、当然のごとく机が割れた。
次に床。
「……エリー? 心を鎮めよ。ここ数年は完璧じゃったはず。あぁ待て待てワシが悪かっ」
その次にワシじゃ。
「ごひゅ」
店を貫き、バラバラになる。
意識が群に切り換わる。早く、はやクあつまレ。
ゼリー状の物質になったワシ達が集まり、ワシになる。
「はぁ。何年振りかの、この暴走は」
エリーは他の捨て子とは、魔女の気合いの入れようが違った。
そこから考えるに、ワシらは試作品。エリーこそが本命じゃったのじゃろう。
彼女は……地を潜る王、いや女王と呼ぶべき存在じゃ。魔女は、空の王たるドラゴンに対を成す生物を作りたかったのかもしれぬ。にしては色々と欠陥構造なところが目立つがの。
「てめぇらぁあああああああッ! ここは俺の店だぞッ!」
店主の叫び声と共に、でくの坊達……ゴーレムがエリーに飛びかかるのが見える。
「てめぇら、ではない。エリーじゃ。ワシらは特に何もしとらん」
「クソがッ、何年も無かったから油断しちまってたッ!」
店主がその辺の瓦礫を引っつかみあっという間に即席ゴーレムを作っていく。
それらが、せかせかと動き回り、他の客の避難誘導を始めた。
油断していたと言いつつ凄まじい手際じゃな。
「すまんの」
「クソが! 今回はなごやかな雰囲気だっただろうがッ!」
「押さえられそうか」
「お前ら三人もしっかり働いてくれたらなッ!」
なら頑張らねばなるまい。
ワシなら暴走時のエリーの攻撃を受けても死なずに済む。
これだけ滅茶苦茶にしても、おそらく明日には営業を再開しているというところがあの店主の凄いところじゃな。
「エリー。あの男についてじゃがなぁ! 実はレオノラと男女n」
雑な挑発じゃったが効果はてきめんだったらしく、ワシは次の瞬間バラバラにされた。
フむ。わシもにブったかノ?
「スルゥウウウウグッッ!! てめぇがそのていたらくじゃ死人が出るぞッ!」
「あぁ、すまん」
地鳴りがする。
エリーが地中を駆る音。
そろそろ成功せねばまずいな。
「聖女レオノ……ぬぐッ!?」
よし、受け流した。
地中から姿を現し、ワシをギロリと睨むエリー。
堅牢な鱗と地を裂き進む巨大な爪。
呼吸はなるべく抑える。
今の形態の彼女は、普段より視力が低下している。音を減らし、少しでも位置を誤魔化し、技量をもって攻撃を受け流す。
ワシにできるのはそれぐらいかの。
レドゥー、ティーク、ネイクがいつもの陣形についているのを確認し、ワシは始めた。
「本当に惚れt」
口の機能だけ残したワシの一部があっという間に裂かれ、ついでに二体ほどゴーレムが破壊された。
「あのゴーレムもタダじゃねぇんだけどなぁ!?」
「……金は出す」
「当たり前だろうがッッッ!!!」
おっと、先ほどから煽っている声の種類をもう特定したらしいエリーがワシの元に突進してくる。
それを受け流し、その反動でポーンと空に飛んだ。
彼女に空戦能力はない。跳躍し無理やり敵を堕とすのは可能じゃがな。
「恨むぞ、タカよ」
ワシの言葉に反応し、エリーが跳躍してくる。
ふむ。やはり直線は受け流しやすい。
ワシを残し、空高く身を投げ出されたエリーを見ながら、ワシは心の中でぼやいた。
今回の暴走が沈静化されるまで、この工程を何度繰り返すのじゃろうなぁ。