自己紹介
乾杯も終え、さっそく異世界のラーメンに手をつけてみる。
……当然の如く箸がついてきた事についてはもう突っ込まない。
「……」
薄味な以外は普通か。
「あ、ひょっとして口に合わなかったですか? 私のと換えます?」
「いや、いいです」
というかエリーさんも全く同じラーメンでしょ。
換える意味ないよそれ。
呆れつつもラーメンをすする。
そこまで腹が減ってるわけじゃなかったし、薄味で助かったかもな。
「タカよ。少し遠方の部落出身というのは本当か?」
ん?
あー、そういう設定垂れ流したっけな。
「まぁな」
「もう一人の方も?」
「そうだ」
食ってて分かったが、麺が程よくかたくて良い感じだ。
こんな立地とあんな外観じゃなきゃ通うんだがなぁ。
「……表向きは隠している事が多数あるのは分かっているが、一番気になるのは聖女レオノラとの関係じゃ。可能な限り教えてくれ」
レオノラとの関係ね。
さてどこまで話したもんか。
「聖女が死ねば俺は死ぬし、俺が死ねば聖女は死ぬ。そんな関係です」
瞬間、全身に悪寒が走った。
あまりに唐突で、箸を落っことしてしまう。
その後もビリビリと肌を突き刺すような殺意の圧が続き……数秒の後、スルーグが口を開いた。
「それは、男女の関係という事かの?」
「い、いや、そういう事ではないです」
殺意が去る。
あー、めちゃくちゃビビった。
箸を拾いあげ、余っていたフォークを掴み、食事を再開する。
「つまり、どういう関係なんですか? ひょっとして血縁者……?」
エリーさんがそう質問してくる。
「どういう関係も何も、そのままの意味です。今俺が心臓を貫かれて死んだなら、どれだけ離れていようとレオノラも死にます。逆も然りです」
「え、何それこわっ」
ティークさんがドン引きしている。
なんて正常な判断能力なんだ。分かるよ、俺もアイツの言動にはドン引きしっぱなしだから。
「不完全な蘇生魔術の行使の結果ですね。見た目だけなら成功ですが、現在俺とレオノラは一つの命を共有してるようなもんです」
「蘇生、魔術……!? なんと、聖女が異端の術を」
異端か。まぁ異端だろうなぁ。
「ヒールの研究マニアである事は我も認知していたが、禁忌に踏みいる程の業の者とは思わなんだ」
ざわつくスルーグ達を眺めながらラーメンをすする。
フォークでも意外といけるもんだな。
「タカさん、疑ってごめんなさい」
「え? あぁ、はい」
疑うって何?
仮に俺とレオノラがそうだったとしても、少なくとも今はまだエリーさんに責められる理由なくない?
「エリー。親しくなるのはいいが、踏み込んでいい領域を弁えろ」
「……そうですね。分かりました」
ナイスだ、スルーグさん。
そうそう、共犯者辺りのレベルで親密度を固定してくれ。それ以上は俺がパンクする。
「さて、本題に戻ろう。聖女が協力者であると信頼するには、もう少し要素が欲しいところだ。具体的には、心情面。そこはどうだ?」
「心情面とは少し違いますが、レオノラは既に人間じゃないですよ。モータルに近い」
「……あぁ、なるほど。それはこれ以上無い要素じゃな」
スルーグは納得したのか、そのまま食事を再開した。
俺もこれ以上言う事はないので食事を再開する。
次があるならモータルも連れてくるか。
モータル本人は郷愁の念が希薄なので、そこまで喜びはしないだろう。だが俺の方は、ありえたかもしれない未来というか、日常感というか、そういうのが味わえて楽しくなれる。
「タカさん」
「はい」
「今度、モータルさんと私とタカさんと、あとアルド君を連れて食事に行きませんか」
アルド?
……あー、アイツか。オーク討伐の時に俺がだる絡みしたイケメン剣士くんだ。
「あいつって今何してるんですかね?」
「駆除区分の昇級を諦めて、今は研究区分の依頼をこなしてるみたいですよ」
剣士から研究者にジョブチェンジかよ。
そりゃまた大胆な事を。
「ひょっとしてアルド君って育ちが良かったり?」
「ああ。どこぞの貴族のえぇと、五男坊? でしたっけ。そんなことを酔った時に言ってました」
道理で顔が良いと思った。
でも五男か。冒険者やってるくらいだし、その貴族とやらの力もたかがしれてるな。
「タカさんの事、心配してましたよ。一度会ってあげた方が良いです」
「うーん、そうですねぇ」
研究区分……レオノラに助手が欲しいかきいてみるか。
「考えておきます」
「はい。楽しみにしてます」
会話の合い間に食い進めていたら、あっという間に麺が無くなった。
替え玉やらスープで雑炊やらするほど俺は食いしん坊ではないのでここらでフィニッシュだ。
見れば、他の面々もほぼ食べ終わっている。
「今日はこれでお開きですか?」
「うむ。あとはエリーを通じてやり取りし合おう」
「分かりました」
そう言って席を立つ。
やべ。財布忘れた。
「タカさん」
エリーさんに声をかけられ振り返る。
小さな手に握られた、小銭。
「……えぇと」
「財布、持ってませんよね」
「す、すいません。後日返します」
「いえいえ。いいですよ、奢りで」
「いや絶対に返します」
借りを作りたくなさすぎる。
エリーさんの小銭を受け取りつつ、チラリと他の様子をうかがう。
席を立つ気配がない。
「あの、帰らないんですか?」
「む? ああ、ワシらはこのまま定期報告会じゃ。タカは……まぁ、居ても良いが退屈じゃぞ?」
「そういう事でしたら、お先に失礼します」
「うむ。またの」
スルーグ達に別れを告げ、部屋から出る。
扉が閉まるその直前。
「エリーちゃんさー!」
ティークさんの少し高めの声。
ああ、うん。
多分恋バナ的な何かだな。
「……」
薄暗い廊下を、一人歩く。
彼ら彼女らは、おそらく迫害という言葉では足りないほど他者から軽んじられてきたのだろう。
普通っぽい会話をできるのが嬉しいのかもしれない。
……なるべくその気持ちに寄り添ってやりたいが、あまり寄り添いすぎると共倒れしかねない。気を張らなきゃな。
「おっと、お客さん。お帰りで?」
カウンターでは、店主らしき髭面の男がニヤつきながら待っていた。
「ああ」
「色男にゃ見えないがねぇ。どっちかっつーとチンピラだぁな」
「支払いはてめぇのどてっ腹にぶちこめばいいんだっけか?」
「わははははは! そりゃ勘弁だね! ……あいよ、料金ぴったし。お客さーん、捨て子にゃたいそう親切だったじゃねぇかよぉ。俺なんか善意でここを経営してやってんだぜ? もっとこう、さぁ」
軽薄な態度の男にビシッと中指を立てると、俺は店の外に向かった。
去り際に。
「ラーメンはそこそこ美味かった」
このくらいの言葉はくれてやったが。