食事会
「皆の者。落ち着け。ワシも降りる気はないが、もう少し共有したい情報はある」
スルーグの言葉で、俺への野次が一斉に止む。
「ええ、確かにそうですね。何から話しましょうか」
「待て待て。こんな所ではなんだ。どうだ、腹も減っているだろう。良い飯屋があるからそこで話さないか?」
飯屋ぁ?
まだサンドウィッチを一個食っただけだからまだいけると言えばいけるが……。
「そこ、セキュリティ的に大丈夫ですか?」
「ああ、そのテの者の為の店だ。安心しろ」
なるほど。
「じゃあお願いします」
「うむ」
スルーグが歩き始めたので、慌ててそれについていく。
結構な早足だ。
「タカさん」
「ん、どうしました」
エリーさんが俺の隣にぴったりくっ付いてきた。
「好きな食べ物とかはありますか」
え? 急に何?
そうだなぁ、普通にからあげとか――待てよ?
そういやこの世界の料理の名前、全然知らねぇな。
危ねぇ、無知晒して怪しまれるとこだった。
「やっぱ肉ですかねー。何してもおいしいですから」
「おお、そうなんですね。私も好きですよ。トリテンとか」
あっ、なるほど。
からあげも普通にあるパターンだこれ。
俺とエリーさんがそんな会話をしていると、前方のスルーグが急に立ち止まった。
危うくぶつかりそうになった。ちゃんと予備動作をしてほしい。
「ここじゃ」
なんか油汚れが表まで出てきてる汚い店だが大丈夫だろうか。
今度はセキュリティーじゃなく衛生的な意味で。
「六人。個室で頼む」
「アイヨー」
店内に入るなり、頭にタオルを巻いた巨漢に奥へ進むよう促される。
誘導されるまま廊下を突き進むと、いくつも扉が並んだ場所に着いた。
「ソコ、アイテルヨ」
巨漢の指す部屋にスルーグが躊躇なく入っていく。
それに続いて俺達も入室した。
バタン。
俺達全員が入ったのを確認してか、巨漢が扉を閉めた。
中は、外観とは打って変わって清掃が行き届いている様子だった。
部屋の中心に配された円状のテーブルの一席に座る。
俺の隣にエリーさん、その隣にネイクとレドゥー、そして最後にスルーグとティークの順だ。
「すまんが育ちが悪いので、食事でマナー違反をやらかすかもしれん。その都度、指摘してくれ」
「あははははっ! 魔女の捨て子の前でマナーを気にする人なんかいないっしょ」
「然り。我は眼前で卓上に立ち素手で食事を始めたとて咎めぬ」
流石にそこまでめちゃくちゃされたらキレていいと思うけど……。
「いえ、マナーは大切ですよ。何事にも礼節というものは必要です。勿論、祈りにも」
「黙れ祈り虫め。不寛容に不寛容で返す愚かさが何故分からん」
「はぁ? そんな事言ってますけど、私に対してはやけに不寛容ですよねぇ?」
あの二人はよっぽど相性が悪いらしい。
暫く、何をするでもなくその二人の口論を眺めていたが、突如、パンと音が響いた。
「やめんか二人とも。聞き苦しい」
しんと部屋が静まり返る。
すげぇ統率力だな。そうでもなきゃ身を隠し続けるなんてできないことの証左かもしれないが。
「何はともあれ、料理を頼もう。何が良い」
「カレー」
「チャーハン」
「ギョーザ」
頭が痛くなってきた。
ほんとに異世界か? ここ。
「私はラーメンでいいです」
「……じゃあ俺もエリーさんと同じやつで」
朝から食う物とは思えんが。
まぁ俺の胃はとっくに人間離れしてるだろうし大丈夫だ。
「ふむ。じゃあワシもそれにするか……レドゥーはまだ決まらんのか?」
一斉にレドゥーに視線が集まる。
「申し訳ありませんが、私は聖樹教の教会を祈りの場として借りているだけで、聖樹を信仰の対象としているわけではないので。聖樹の啓示由来の料理は……有事の際以外は、あまり、受け付けかねます」
「その理屈は耳が腐るほど聞いた。訳が分からん。このような女を平然と出入りさせている教会はよほど無能なのだな」
「はッ、寛容がきいて呆れる。信仰にケチをつける事の意味を理解しているのですか?」
「だからッッッ!!! やめんかッッッッ!!!!」
スルーグが一喝し、再び二人が黙る。
なんか既視感あるなぁと思ったらアレだ。チャットで話脱線させる俺らとお代官さんの関係だ。
「はぁ。分かった。じゃあレドゥーは、魔肉のスープで構わんか?」
「お願いします」
魔肉……?
魔物の肉って事か?
俺がそんな事を考えている間に、テーブルが一瞬淡く光った。
「今のは?」
「注文を伝えた。じき届く」
さいですか。
店員が来るまでは大した話はできない。
椅子に深く腰掛け、ゆったりと待つ。
「タカさん」
「ん?」
「本、読みましたか?」
「ああ。読みましたよ。なかなか興味をそそられる本でした」
俺だって小学校低学年までは網持って駆けてたクチだ。
生物図鑑となりゃそれなりに楽しく読める。
「私には、どうですか」
「……えぇと?」
「私の生態、興味をそそられませんか?」
そそられはしませんが、恐れならあります。
「随分親しいな」
スルーグが意外そうな声音で言う。
「あはは。彼女とは、接した時間が長いですから。いずれ皆さんともこういう風にうちとけたいと思ってます」
俺が爽やかな笑みを浮かべそう言ってやると、レドゥーがひしっと自分の肩を抱きこちらを睨んできた。
「……けだもの」
「いや、そういう意味ではなくてですね」
「カカカカカッ!」
一瞬、何の音かと思った。
見れば、スルーグの表情が崩れ、笑みっぽい何かを浮かべている。
「あぁすまん、ツボじゃった」
「スルーグって意外と下ネタ好きだよねー」
「根拠の無い誹謗中傷はやめてくれんか」
そんな、弛緩した雰囲気が流れ始めた辺りで、扉が開いた。
「はい、まずはラーメン三丁と……おぉい、おいおい。今日はえらく陽気だな。いつもは地獄の釜ひっくり返したみたいな雰囲気のくせに」
顎鬚を生やした中肉中背の男がニヤッと笑う。
「黙れ。そういう雰囲気になるような日にここを利用しているだけで、普段はそのような険悪な空気はない。さっさと料理を置いて去れ」
「いやいや、店主としてはこのレア空間にもうちょっとでいいから居たくってな?」
「人寄せの術を貴様の家の前に施術してやろうか。あっという間に観光名所じゃ」
「そりゃたまらん。じゃあな! ごゆっくり!」
素早い手際で料理とお冷を並べると、一瞬にして店主らしき男は部屋を出て行った。
一度やられたか、やられた誰かの末路でも見た事があるのだろうか。
「……さて。揃った事だし、始めようか」
「ええ。共犯者として仲良くやっていきましょう」
全員でグラスを掲げる。
入っているのは単なる水なのが微妙に格好つかないが、まぁいいだろう。
「乾杯」
カチンという音と共に、食事会が始まった。