捨て子達
「いやいや、そんな簡単に逃がすわけないし」
横からした声に、半ば反射で短剣を振るう。
「おらァ!」
「あっぶな!?」
俺の攻撃を避けた反動か、フードがはだけ、相手の顔が露出する。
これは……。
「ウェアキャットってやつか?」
相手のその顔は、猫に、申し訳程度に人間要素を足したような見た目だった。
「はあ? 何それ」
「いやだってその成りはそうとしか」
会話に応じてしまったせいで速度が緩む。
その隙をつかれたのか、足元がふわりと浮いた。
「う、お……ッ!?」
次の瞬間、見えたのは地面。
回避する余裕などなく、俺は地面に思い切り激突した。
「ぶはッ」
慌てて周囲を確認する。
モータルには老いた口調の男が杖を、俺にはウェアキャットが自前の鍵爪を。
首元に当てられていた。
「まったく。油断も隙もあったものではないな。……さてここまで追い詰められてもなお、軽口を叩けるのなら叩いてみるがいい」
「それってフリですか?」
「そういうのを!!!! やめろと言っている!!!!!!」
ごめんなさい。
「……貴様らは、いったい何なのだ」
はぐらかせる雰囲気じゃないな。
「はぁ、じゃあ白状してやる。やる、が……言うなら先にお前らからじゃないのか?」
「そういう話し合いの段階はとうに過ぎた。語れ、ワシの杖がうなる前にな」
チッ、そうかよ。
遅れて駆け寄ってきたエリーさんと他二人を一瞥した後、俺は語り始めた。
「この手の痣はマーキングだ。魔女のな」
俺の言葉に、場がしんと静まり返った。
しまった。何かまずい事を言ったか。
そんな事を考えた矢先。エリーさんが口を開いた。
「まさか、タカさんも、モータルさんのようにされるんですか?」
その言葉には何故か喜色が混じっていた。
……なるほど。
俺は、エリーさん含むこの五人の正体に察しがついた。
「さぁな。魔女のみぞ知るところだ」
一旦言葉を濁す。
まぁ俺も人間を辞めさせられる確率がないわけではないが。
「それは、志願しての事ですか」
さて、どう言ったものか。
俺の見立てではこの五人は――魔女の人体実験の被害者だ。
イチから作った可能性もゼロではないが、流石に素体ぐらいは用意しただろう。
道理でモータルの時、異様に手際が良いと思った。既に手を出していた分野だったんだ。
「人質を助ける為、という動機を志願と呼ぶのであれば、答えはイェスだ」
悩んだ結果、少し同情を誘う表現にしてみた。
どうだ?
「……じゃあ何、聖女レオノラは魔女の手先ってワケ?」
おっと。
そうだな。俺達はつい先日までレオノラと行動を共にしていた設定だ。
そうなってしまう。
「いや、俺達が魔女と関わったのは、モータルが死にかけたからだ。そこで魔女と取引をした」
こんな感じでどうだ?
「取引の内容は?」
「悪いが俺が言えるのはここまでだ。次はお前らの番じゃないのか?」
「……」
ウェアキャットが困ったような顔で他の四人を見る。
やがて老いた口調の男がため息と共に口を開いた。
「ワシ達は、所謂……魔女の捨て子と同列の存在。人にも魔族にも煙たがられる存在よ」
やっぱりな。
「で、俺を捕らえた理由は?」
「それは……人に成るための鍵を貴様が握っているかもしれぬと。そう、思ったからじゃ」
「悪いが俺じゃ無理だ」
「だろうな」
老いた口調の男が鼻を鳴らす。
まぁそう落ち込むなよ。手はあるぜ。
「俺じゃ無理と言っただけだ。だが、魔女なら?」
「魔女と交渉できる札なぞ無い」
「俺はあるぜ」
異世界の書物っていう札がな。
俺の言葉に、ウェアキャットがぐっと顔を近づけてきた。
「それ、ほんと?」
「交渉が可能かもしれない札ってだけで確実では無いが。賭けてみるか?」
エリーさんにはなんだかんだ世話になった。
一人も五人も魔女にとっちゃ変わらないだろうし、交渉ぐらいならしてあげてもいい。
「……スルーグちゃん。どすんの」
「名を呼ぶな。はぁ、ワシとしては……貴様の意図が見えず、不安だ。何を考えている?」
「はぁ? エリーさんに世話になったからに決まってんだろ。ほんとはエリーさん一人のとこを出血大サービスでお前らも交渉テーブルに乗せてやるって言ってんだよ」
「……!」
エリーさんがそわそわしだした。
そういやエリーさん、普段は人間の見た目だったけど、どういうタイプの人外なんだろうか。
「フン。ワシが散々やめろと言っていたギルド員稼業で釣った魚というワケか」
「スルーグちゃんだっさー」
「クソダサ大魔神~」
「貴様まで一緒になって煽ってくるなッ!」
すんません、つい反射で……。
「はぁ。他の二人は。どうする?」
「我としても、その交渉というのは魅力的だが。しかし、その交渉の札とやら。如何程のものか」
「あっはっは。気軽に口にできる物なわけねぇだろ?」
「……具体性は無く、しかし、説得力はある言葉」
妙な喋り口の男が顔を俯かせ、何やら考え込み始める。
「おい、祈り虫。お前は」
「私ですか? ……不要です。せいぜいその悪魔の甘言に乗り痛い目を見ればいい」
「誰が悪魔だ。ぶっとばすぞ」
「そのような人相でよく言えたものですね」
「はぁ~? じゃああんたの人相はさぞかし天使のようなんでしょうなぁ~?」
俺の顔を歪ませながらの挑発。
だが祈り虫とやらはそれを無視し……ハッ、鳩貴族さん!?
しまった。馬鹿な事を考えている隙に祈り虫さんが帰っていってしまった。
「……じゃあこの四人でいいのか?」
「いや、待て。我はまだ決めあぐねている。少し時間をくれないか」
「構わんが、どちらにせよ一旦帰してくれないか。怪しまれかねない」
既に怪しまれているだろうが、とにかく一旦帰って別の人の意見をききたい。
「スルーグ」
「はあ。分かった。じゃあ明日、エリーに案内させる……逃げるなよ」
「逃げねぇよ。俺を誰だと思ってんだ」
「異常者じゃろ?」
「愛と勇気に生きる男、タカだ。約束は破らねぇ」
「嘘くさいのぅ。まぁいい。さっさと行け」
首元に当てられていた杖、鉤爪が離れる。
「エリーさん。明日も資料室にいますか?」
「はい、います」
「じゃあそこで会いましょう。行くぞモータル」
「うん」
俺は、俺が喋ってる間余計な事を言わないでくれたモータルの背中をぽんと叩いてやると、出口らしき道へ歩いた。